アンペルのアトリエ ~ホグワーツの錬金術師~   作:志生野柱

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18 秘密の部屋 終

 「ぬかったな、フォルマー! その生徒を干乾びたミイラにされたくなければ、賢者の石を寄越せ!」

 

 その恫喝に誰より怯えたのは、クロークの中でジニーを抱き締めるロンだった。

 フォルマー先生ならジニーを救ってくれる。そう信じる一方で、目蓋の裏にはロックハートの死体を見ても眉一つ動かさなかった冷徹な一面がこびりついている。

 確かにロックハートは教師としてクソだったし、人間としてもクズだった。自分の記憶を吹き飛ばそうとした相手だ、残念とも思わない。しかし、ああまで冷たくなれるのだろうか。

 もしかしたら、ジニーのことも足手纏いとして切り捨てるかもしれない。そんな懸念を拭えずにいた。

 

 「フォルマー先生!」

 

 背後からの叫びに、アンペルはリドルから視線を切って振り返った。

 リドルはとても不快そうだったが、無効化されると分かっている魔法を無駄撃ちするだけの余裕はなかった。

 

 「ジニーを助けて!」

 

 切実な祈りが届いた、というわけではないが、アンペルは頷いた。

 バシリスクの素材集めはいわばプライベート。副校長からの依頼───仕事は、生徒の奪還だ。しなびたミイラを持ち帰っては成功とは言えないだろう。

 

 「これを飲ませろ。最悪、頭からかけてもいい。」

 

 アンペルは手のひら大の小瓶をロンに投げる。当然それを見逃すリドルではないが、『呼び寄せ呪文』は精緻な装飾の小瓶に弾かれた。

 

 「クソ、なんだそれは!」

 「君の求めてやまない死者蘇生の薬だ。・・・まぁ、レシピの着想は私ではなく、君より年下の少女だが。」

 

 自嘲の笑みは、リドルへの挑発と受け取られた。

 しかし、リドルは青筋を浮かべながらも口角を釣り上げた。

 

 「ハッ、その小娘が息を吹き返したところで、私に供給される魔力が・・・」

 「倍増すると? そう思うか?」

 

 ジニーが飲んだ薬『エリキシル薬剤』は、錬金術師の大目標である死者蘇生の薬だ。その効果は蘇生と完全回復。完全とはいっても、アンペルの腕のような特異な例もあるわけだが、今回は問題なく完全に作用した。

 体を蝕む寄生虫を、エリキシル薬剤の修復効果は身体から完全に消滅させる。

 

 「馬鹿な、何故・・・」

 

 リドルが後ずさる。その表情には驚愕と恐怖が色濃く浮かんでいたが、アンペルの興味は最早途切れていた。

 

 「リラ、どうだ?」

 「漸く終わったか? 長話すぎだ。」

 

 バシリスクは頭部から1メートルほど、つまり毒腺を残した状態で切断され、顎が閉じないように石柱を差し込まれた状態で死んでいた。

 素材サーバーとまではいかないが、サンプルの採取には困らないだろう。いい仕事だと称賛の意味を込めて頷くと、リラはこのくらい何でもないと手を振った。

 

 「では、ミスター・リドル。最後の授業だ。今の君の状態は宿主を失った寄生虫そのものだ。緩やかに死を待つだけの存在な訳だが、君に残された最後の抵抗手段とは何だと思う?」

 

 寄生虫と言う言葉に、リドルが歯を剥いて怒る。

 アンペルは感心したように眉を上げた。

 

 「正解だ。」

 「なに?」

 

 アンペルがポケットから先ほどとは違う小瓶を取り出す。

 

 駄目だ、と、誰かが言った。

 その小瓶から微かに漂う光を知らない者は居ない。

 月光だ。小瓶の周囲だけが不自然に、しかし自然の夜闇に覆われている。

 三人分の温度が籠っているはずのクロークに包まれた三人をさえ、冷水のような悪寒が襲った。

 

 「な、んだ。それは・・・!!」

 

 ルナーランプ。内包する力は『死』だ。

 アンペル風に言うのなら、大威力の無属性ダメージと高確率の即死効果。

 そして月光は言うまでもなく、光だ。その速度は当然、光速。

 

 アンペルはルナーランプを起動し、秘密の部屋───陽光も月光も届かぬ地下空間に夜闇が満ち、月光が切り裂いた。

 

 

 ◇

 

 

 「・・・さて、どう書こうか。」

 

 アンペルはティーカップを片手に、羽ペンにインクを付けた。

 机に広げられた羊皮紙には、アンペルが望んだ“休暇申請”───ではなく、“秘密の部屋に関する次第報告書”となっている。

 つまり、お仕事である。

 

 「ふーむ・・・」

 

 死人ゼロならばともかく、ロックハートという犠牲が出たことで、理事会は──ダンブルドアを罷免するまで死人が出なかったこともあり──事態を重く受け止め、こうして事態の把握に乗り出した。

 副校長ではなくアンペルに鉢が回ってきたのは、単に現場にいたからだろう。

 

 「事の発端は年度初め、何者かがジニー・ウィーズリーにトム・リドルの日記を模した分霊保管容器を、それと知らさずに与えたことにある。依存は心に隙を与え、分霊による寄生を容易にした。トム・リドルの分霊は以降、秘密の部屋の解放とマグル生まれの排斥を目的として・・・」

 

 書き記す内容を口の中で呟きながら、推敲と筆記を同時進行するアンペル。

 十数分ほど書き連ねていると、ドアが開き、リラが顔を見せた。

 

 「アンペル。バシリスク毒をライザに送ってくる。何かあるか?」

 「・・・秘密の部屋はアンペル・フォルマーが完全に凍結し、物理的・魔法的手段による解凍にはかなりの時間を要するため、以降の懸念は払拭される、と。────よし。ついでにこれも頼む。理事会宛だ。」

 

 たったいま書き終えた羊皮紙を振って乾かしながら、アンペルは立ち上がった。

 

 「お疲れ、アンペル。もう準備は終わったのか?」

 「いや、まだだ。そっちはどうだ?」

 「私は終わったぞ。と言っても、そもそも持っていくものが少ないだけなんだが。」

 

 アンペルは仕事机ではなくローテーブルに置かれた羊皮紙、受理印の捺された休暇届を一瞥した。

 

 「来学期が始まるギリギリまで、か。いい妥協点が見つかって良かった。」

 「よく言う。ダンブルドアが帰ってきた途端に杖を構えて交渉したのはどこの誰だった?」

 

 リラが呆れ交じりに微笑し、報告書を持って出て行った。

 ティーカップを空け、アンペルは保管棚の戸を開けた。取り出したのは500ml大の三角フラスコだ。

 中身はただの灰に見えるし、組成上もただの灰、紙の燃えかすだ。

 

 「自らの分霊を補完するには脆すぎる。まだ、何か見落としがあるはずなんだが・・・」

 

 何度精査しても、ルナーランプの直撃を受けた分霊は消滅し、保管器であった日記帳もこの通り灰になった。これではバシリスクの毒程度でも霊体ごと破壊できてしまう。

 防護が甘すぎる、と、アンペルとリラの意見はその点では一致している。しかしリラは「その程度の相手なんだろう。実力もそんなものだったし、考えすぎだ。」と言うが、アンペルは納得していなかった。

 

 「これは・・・これもライザに見せてみるか。」

 

 自分以上の閃きを見せるあの友人ならば。

 アンペルはそう考えながら、旅支度に入るのだった。

 

 




 秘密の部屋編、これにて終となります。
 以下は完全な蛇足と言うか、私情ですのでご注意をば。

 秘密の部屋編を書きながら思ったことが二点。まず、ハリーたちとの絡みの少なさですね。以前から何度か指摘されてはいたのですが、教師陣といち生徒である以上、このくらいが自然な範囲なのではないかと。
 アズカバンの囚人編はともかく炎のゴブレット編、死の秘宝編(まで続くとすれば)もっと少ないでしょうし。
 ここまでが言い訳。以下は不満です。

 アンリラ成分が少なすぎるッピ! もっと欲しいッピ! でも匂わせ楽しい。特大の感情を少しの動きや表情の描写で隠すの楽しい(変態)

 以上です。お目汚し失礼しました。アズカバンの囚人編はもっとアンリラ成分とアトリエ成分を増やすんだ・・・(願望)

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