アンペルのアトリエ ~ホグワーツの錬金術師~   作:志生野柱

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閑話 エジプトにて

 そこは暗く、ひんやりして、カビ臭く、狭苦しい場所だった。

 暗順応し始めた視界に映る、ヒエログリフの刻まれた石柱。

 呼吸を一回するたびに、息苦しくなるのが感じられた。

 

 「おい、本当にここなのか?」

 「間違いない。この通路の先に───」

 「その“通路”はいったいいつ終わるんだ? もう1時間は歩いているぞ。」

 

 2メートルほどしか照らさない光を杖先に掲げて先導する男。その後ろに続き不満と不信を漏らす、モノクルを掛けた男はアンペル・フォルマーだ。後ろにはいつも通り、リラもいる。

 

 「だからそろそろ・・・っと、ここだぜ、先生。」

 「・・・行き止まりじゃないか?」

 

 やがて行き着いたのは、壁画の書かれた小部屋だ。中央には石棺が置かれている。

 

 「そうとも。ここは死体置き場、行き止まり(dead end)だ! アバダ───」

 

 杖を振り上げた男の顔面にリラの膝がめり込み、歯の折れる音が連鎖する。

 前歯全部だろうなと思いつつ、アンペルは面倒そうに魔術を撃ち込み、男の両腕を焼き切った。

 

 「!!!???」

 

 激痛にのたうつ男の鳩尾に、アンペルの踵が突き刺さる。

 

 「()()墓荒らしか。お前で6人目だぞ。リラを殺して私を脅そうとしたのだろう? 墓荒らしの片棒を担がせるつもりで。それとも私を殺してリラを脅すつもりだったか?」

 

 男は答えない。

 いや、喋れないのだ。前歯どころか顎の骨が砕けている。

 

 「過去の五人がどうなったか教えてやろうか?」

 

 滂沱の涙で苦痛を示し、男は首を横に振る。知りたくないのか、命乞いの意か。

 アンペルは深々と嘆息した。リラはもはや見慣れつつある光景に興味を失い、壁画を眺めている。

 

 「そうか。まぁどうせ知ることにはなるんだが。」

 

 

 ◇

 

 

 アンペルが日の光を浴びたのは、また一時間かけてきた道を戻った後のことだった。

 もはや沈みつつある太陽を眺めながら大きく伸びをするリラ。アンペルも関節を鳴らしながら、大きな欠伸をした。

 

 「これで9つ。ピラミッドというものは、どうしてこうも閉鎖的なんだ。」

 「墓が開放的と言うのも違和感のある話だがな。さて、宿に戻ろう。」

 

 エジプトに多数存在するピラミッドは、一般的には王の墓だとされている。別説では天体観測施設や儀式場、倉庫というのもある。

 その組成は例外なく石。うず高く積まれた分厚い石造りの建造物なのである。二人にとって、とても嫌な予感のする話だった。

 そしていざ訪れてみれば、案の定、『門』の気配がある。

 

 「この辺りから反応がある以上、まだ探索していないピラミッドは・・・あと2つか。」

 「そのくらいなら、もうガイドを雇う必要もないんじゃないか?」

 「まぁ、ガイドより墓荒らしの確率の方が高いしな。そちらの方がむしろ安全か。」

 

 真っ当なガイドだとしても、幻視ルーペを使い未採掘の財宝やミイラを発見するアンペルに同行していれば、道中で手に入れた財宝を殺して奪おうという気になるのも致し方ないところではある。相手の実力を読めない時点で、待ち受けるのはデッドエンドなのだが。

 長い旅生活で襲われることにも返り討ちにすることにも慣れているし、そもそも魔法は錬金術製の服を着ている二人には殆ど効果を発揮しない。古代の王と共に骨を埋める栄誉を得られるだけ、過去の夜盗よりマシな結末といえるだろうか。

 

 「明日はこっちを午前中に踏破したいな。そうすれば明後日はエジプト観光ができる。」

 

 アンペルがそう言うと、リラが申し訳なさそうな顔になった。

 

 「すまない。せっかくの休暇を『門』探しに使わせて・・・前にも言ったが、お前だけでクーケン島に行っても良かったんだぞ?」

 「前にも言ったが、休暇なのはお前も同じことだ。謝ることは無い。」

 

 宿への道を歩きながら、アンペルは3度目になる言葉を口にした。

 しかし、三度目ともなれば、いつもはここで黙っていたリラが言い募るのも無理はない。

 

 「しかし、お前はいろいろと仕事を押し付けられていただろう。その上まだ───」

 「リラ。」

 

 アンペルは立ち止まり、振り返ってリラの目を真っすぐに見据えた。

 

 「私は仕事だから『門』を探しているわけじゃない。これはけじめだと、何度も言っているだろう。」

 「しかし───」

 「それに、だ。リラ。私は別に世界を救いたいわけでも、異界の環境を守りたいわけでもないんだ。・・・いや、その気持ちが全くない訳ではないが、一番のモチベーションではない。」

 

 それは長らく共にいたリラにとっても、初めて耳にする告解だった。

 リラが何か口にする前に、アンペルはごく自然に手を差し伸べる。

 

 「私は、リラの役に立ちたいんだよ。」

 

 リラが一瞬だけ目を瞠り瞬かせ、すぐにその表情は柔和な微笑みに変わった。

 道行く魔法使いが見惚れるような笑顔で、リラはアンペルに手を伸ばし────

 

 「おい、返せよフレッド! 僕のバーガーだぞ!」

 「おっと。これはケバブで、ついでに俺はジョージだ。」

 「二人とも前を見て・・・あぁ、言わんこっちゃない。」

 

 背後から子供二人に衝突され、アンペルはたたらを踏んだ。

 すぐに父親らしき男性が駆け寄ってきて頭を下げる。

 

 「私の息子が失礼しました。ほら、お前たちも───」

 「相棒が失礼を。お詫びにこのケバブを・・・って、フォルマー先生!」

 「ヒュー! これが奇遇ってやつですね!」

 

 いち早く気付いたのは、片割れから素早くケバブを奪ったフレッドだった。ジョージも続き、ロンは父親に説明しようと振り返った。

 

 「パパ、この人だよ! 『錬金術』の先生! ジニーを助けてくれた人!」

 「なんだって? それは本当に失礼なことをした。あなたは私の恩人だ!」

 

 怒涛の勢いに押されたアンペルがのけぞるのを、リラは面白そうに見ているだけだった。

 一片の害意も見えなかったからだろう。すぐそばのケバブ専門店から母親に連れられたパーシーとジニーも姿を見せ、アンペルが囲まれても彼女はどこか嬉しそうだった。

 

 


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