アンペルのアトリエ ~ホグワーツの錬金術師~   作:志生野柱

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5 ハロウィン

 あれ以来、アンペルは部屋の前に『イバラの抱擁』という、相手を拘束する錬金術のアイテムを設置していた。当然、作動すれば炸裂音がするような仕掛けも施して、だ。

 幸いにして、引っ掛かる間抜けには遭遇しないまま数日が過ぎた。

 

 自室を満たす安穏とした午後の空気に浸りながら、アンペルは紅茶と甘味を満喫していた。

 つい目を閉じて浸っていると、扉の開く音が随分と大きく聞こえた。アンペルはリラの寝室に目を向け───硬直した。

 

 「何を見ている? ほら、菓子を寄越せ。」

 「・・・どういう冗談だ?」

 「冗談なものか。ほら、菓子を寄越せ。トリックオアトリートだ。」

 

 アンペルにとって、菓子は衣食住に勝ると言っても過言ではない重要な物資だ。それを、寄越せと。いくら相手がリラでも聞き返すのは普通だろう。だがアンペルが冗談かと言ったのはそこではない。

 その服装だ。

 普段のリラの服装は、白兵戦を主とするリラが動きやすいようにと布面積を削った、ボディラインの浮かび上がる煽情的とすら言えるもの。強敵に挑む時には、アンペルが作った最高級の鎧『魔殻シュタルクケルン』を着ることもあるが・・・今のリラは、そのどちらでもない、長らく一緒に旅をしてきたアンペルにとっても初見のものだった。

 体を覆う、黒い甲殻。胸元には赤い輝きを宿す宝石が嵌り、甲殻に血管のように線が伸びている。背中には蝶のような形の翅が生え、両手には両刃の剣が握られていた。

 

 影の女王。

 アンペルがかつて戦った中でも最上位に位置する強敵・・・の、コスプレだろうか。

 

 「ハロウィンか!」

 「あぁ。ちなみにおまえの分は───これだ。」

 

 アンペルはリラが取り出したビニールシート状の物を一瞥し、苦笑を浮かべた。

 

 「ぷにの着ぐるみ? おい、それこそ冗談だろう?」

 「冗談で済むかは、お前の行動次第だな。・・・トリック・オア・トリート?」

 

 リラは左右色違いの瞳に快活な輝きを浮かべて、見惚れるほど明るく笑った。

 アンペルはとっておきのカクテルレープを差し出した。

 

 

 ◇

 

 

 

 「・・・それにしても、いつの間にあんなものを用意したんだ?」

 

 なんとか水色の巨大風船に詰め込まれることだけは回避したアンペルは、いつもの服装に着替えたリラと並んで大広間に向かっていた。

 

 「秘密だ。本当は作るのが楽そうな大精霊にしようと思ったんだが・・・知り合いの服飾屋に止められてな。」

 「楽そう、か・・・?」

 

 大精霊といえば、浮遊する巨大で精巧な玉座に掛けた少女をしている。確かにその服だけなら影の女王よりもかなり簡単だ。

 だが本体・・・ではないが、大精霊を象徴する玉座無しでは「なんか違う」感じは拭えないだろう。加えてその服飾屋には、リラのスタイルで大精霊の着ているぴったりとした衣装を着たらどうなるか、という懸念もあったに違いない。

 

 「まぁ、衣装だけなら・・・おっと、すまん。」

 

 アンペルが大広間へ続く曲がり角を曲がったとき、ちょうど反対から来た生徒とぶつかった。双方ともにそこまでの速度ではなかったから転びはしなかったが、低学年らしいその生徒とアンペルでは体格が違う。生徒がよろめき、アンペルは腕を掴んで支えた。

 

 「いえ、こちらこそすみません。それじゃ。」

 

 そそくさと立ち去っていくその生徒に、アンペルは見覚えがあった。

 

 「大広間は逆だが・・・リラ。」

 「あぁ、泣いていたな。どうする、アンペル?」

 「どうするも何も、喧嘩かそこらだろう? ホグワーツで起こる喧嘩にいちいち首を突っ込んでいては、首がいくつあっても足りん。」

 

 アンペルは冷たく言うが、そのアンペルを見るリラの視線はとても穏やかな、我が子を見つめるが如きものだった。

 

 「・・・っと、すまん、リラ。マクゴナガル教授に呼ばれていたのを失念していた。寄っていくから、先に大広間に行っててくれ。」

 「そうか? 分かった。また後でな。」

 「あぁ。また後で。」

 

 

 

 リラが大広間に行くと、既にほとんどの教員と生徒がテーブルに付いていた。マクゴナガル教授の姿もある。が、リラはその姿を一瞥すると、話しかけることもなく席に着いた。

 

 「こんばんは、ミセス・ディザイアス。フォルマー先生はご一緒ではなかったのですか?」

 「こんばんは、マクゴナガル教授。・・・()()()用事があったなら伝えておくが?」

 「本当に、という言葉の意味が分かりかねますが・・・普段から並んで居るところをお見掛けしていたので、少し不思議な感じがしただけですよ。」

 「そうか。・・・それと、私はまだ独り身だ。」

 

 何度も言っているのだろう。いい加減にうんざりした様子でリラが慣れた訂正をした。

 

 「あら、これは失礼。そうは見えなかったもので。」

 

 マクゴナガルは悪戯が成功した子供のように笑った。

 リラは肩を竦め、デザートを二皿に盛りつけた。

 

 「・・・」

 「・・・なんだ?」

 

 それをニマニマと見つめるマクゴナガルに、リラが不機嫌そうに言う。

 マクゴナガルが口を開いた瞬間、大広間の扉を大きく開け放ち、駆け込んでくる人影があった。

 

 「トロールが! 地下室に、トロールが出ました!」

 

 顔面を蒼白にし、ターバンもローブも着崩れたクィレルが息も絶え絶えに叫ぶ。大広間の中ほどまで駆けると、ゆっくりと倒れ伏した。

 

 「お知らせ・・・しなくては・・・と・・・」

 

 大広間は恐慌状態に陥った。


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