アンペルのアトリエ ~ホグワーツの錬金術師~   作:志生野柱

6 / 44
6 地下室のトロール

 アンペルは既に見えなくなっていた生徒を追い、階段を下っていた。しばらく地下室を進んでいると、薄いドア越しにすすり泣く声が耳に入る。

 アンペルはドアの前で立ち止まり、とびきり苦い顔をした。

 

 「女子トイレ・・・」

 

 さすがに入るわけにはいかない。かといって、ここまで来て放置というのもどうかと思う。まさかトイレの前で待つわけにもいかないしどうするか、と思案し───鼻を突く饐えた臭いに咳き込んだ。

 

 「なんだ、この匂い・・・」

 

 トイレから、ではない。むしろアンペルが来た方から、どんどん臭気が漂ってきている。

 どんどん臭いは酷く、濃くなっていく。加えて───大きな足音まで聞こえてきた。

 

 「肉食の魔獣か何かか、それとも腐肉漁りの類か?」

 

 臭いの元を暫定的に危険な敵対存在と定めて警戒していると、曲がり角を曲がってくる影が見えた。

 

 「トロール、か・・・」

 

 体長は4メートルほどだが、足が短く、腕が長い。胴体は岩のようで、肌は石のような灰色だ。動きが遅く、視界に入っているはずのアンペルに対して何のアクションも起こさない。

 アンペルはいつでも動けるように構えたまま、クロークの内側に手を入れる。前回の失敗を鑑み、手持ちは低級の攻撃アイテムが多い。

 

 「おい、止まれ!」

 

 アンペルが叫ぶが、トロールは無視して二歩ほど進み───驚いたようにアンペルの方を見た。

 唸り声を上げ、手にした棍棒を振り上げた。アンペルと同じぐらいの大きさの丸太といった風情のそれは、おそらく当たれば腕の一、二本は吹き飛ぶだろう。だが───攻撃は重いが、鈍重だ。

 アンペルはバックステップで棍棒の範囲から逃れると、クロークから取り出した小型の爆弾を投げつけた。女子トイレの扉を背後に庇っていては、流石に不利過ぎる。

 『クラフト』という名前のそれは、炸裂と共に棘をまき散らす破片(フラグ)型の爆弾だ。

 

 真っすぐにトロールの胸元に飛んだクラフトが爆発し、設計通りに無数の棘を撒き散らす。その射程からも跳躍して逃れ、アンペルは追撃のための爆弾を取り出した。

 トロールの外皮は固い。低位のアイテムで破れるかどうかは不明だが、備えあれば憂いなしだ。

 

 「・・・やっぱりか。ケチると碌なことにならんな。」

 

 トロールの胸元に直撃したはずのクラフトは、その胴体から僅かに血を垂らすだけに留まった。

 痛みは殆どないだろうが、『出血している』ということは見れば分かる。トロールは傷を負わされたことに怒り狂い、咆哮した。

 

 「なら、次は・・・」

 

 少し威力を上げようかと思案し、今度はクロークから水色の剣のミニチュアを取り出す。氷の刃を作り出し、相手に殺到させる攻撃用アイテム『ノルデンブランド』だ。物理的な攻撃と冷気という非物理的な攻撃を兼ね備えた、トロールを相手にするにはちょうど良い効果と言える。下級のアイテムゆえ単純火力という点では上位の氷属性アイテム『クライトレヘルン』や『バニッジシーゲル』には劣るが、これらは竜でも殺せる代物だ。トロール風情には勿体ないというか、過剰火力だ。

 

 「血濡れの凍剣の威力を教えてやろ───」

 

 ノルデンブランドを使用し、無数の氷刃を出現させる。

 突っ込んでくるトロールの運動エネルギーも合わせればトロールを貫通するであろう鋭さの氷が煌めく。

 

 「フォルマー先生だ、トロールと戦ってる!」

 「今のうちにハーマイオニーを助け出そう!」

 

 ────最悪だ、と、アンペルは舌打ちした。

 トロールの背後から、ロンとハリーが駆けてくるのが見えた。口走っている内容を考えると、アンペルとトロールの間くらいの位置にある女子トイレにハーマイオニーが居ることは知っているらしい。

 それはいい。助けに来たというのも、些か蛮勇過ぎるがまぁ、いい。だが、位置が悪すぎる。

 鈍いトロールが背後の二人に気付くとは思えないが、その位置ではトロールを貫いた氷刃がそのまま二人を切り刻むだろう。

 

 「クソ・・・ッ!」

 

 アンペルは咄嗟にアイテムの発動をキャンセルすると、振り抜かれた棍棒を掻い潜って二人の元まで走った。右手でハリーを、左手でロンを掴んでトロールから離れるように跳躍する。

 

 「先生、ハーマイオニーが!」

 「分かっている、大丈夫だ、任せろ。」

 

 女子トイレからも遠ざかるように移動したアンペルにハリーが言う。

 氷刃を出現させ、撃ち出して攻撃するノルデンブランドを選んでよかった。そのタイムラグがなければ、おそらく死体が三つ並んでいた。アンペルは冷や汗を拭いつつ、険しい声でハリーを黙らせる。

 

 三度、トロールが咆哮し、突進する。

 再度、ノルデンブランドを起動し────カチャ、と、控えめな音を立てて、女子トイレの扉が開いた。ハーマイオニーがおずおずと周囲を見回し、トロールを見て硬直した。爆発音やトロールの咆哮が聞こえれば確認もしたくなるだろうが・・・タイミングが悪すぎる。

 

 「何!?」

 「ハーマイオニー、ダメだ!!」

 

 アンペルが瞠目し、ロンが絶叫する。

 既に振りかぶられたトロールの棍棒は、壁を削りながらスイングされた。ブラッジャーをかっ飛ばすビーターのように、ハーマイオニーの首をその軌道上に据えて。

 

 「ウィンガーディアム レヴィオーサ!!」

 

 ロンが『浮遊呪文』を唱えるが、焦っているのか発音が違うし、杖の振りも滅茶苦茶だ。

 ハリーが駆け出し、それを追い抜いてアンペルが疾走する。

 

 「ッ!!」

 

 ハーマイオニーを抱え、跳躍する。だが、いくらトロールの一撃が遅いとはいえ、一連の動作よりは早い。

 

 ちょうど跳躍した瞬間に棍棒が到達し、咄嗟に掲げたアンペルの右腕を捉える。

 補助義手が軋む。耐えようと動力源である『共振の玉石』が唸りを上げ────砕けた。

 

 「しまっ───」

 

 みしり、と、アンペルの右腕が軋んだ。

 跳躍の勢いに棍棒の威力を乗せて、アンペルは壁に激突した。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。