アンペルのアトリエ ~ホグワーツの錬金術師~   作:志生野柱

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7 地下室のトロール2

 石の壁に強かに背中をぶつけ、砕けた破片と一緒にずり落ちる。

 肺からすべての空気が抜けて力が入らない。

 衝撃で脳が揺れたか、視界が回転して定まらない。辛うじてハーマイオニーだけは守ったようだ、と不明瞭な意識の片隅で確認すると、腕の中で竦んでいたハーマイオニーを駆け寄ってきたハリーとロンに渡した。

 

 最悪だ、と、アンペルは自らの不注意を呪う。

 最上位の防具・・・とまでは言わずとも、中級の『氷霧の鎧』や『シャレドールマント』辺りを着ていれば、あの程度の攻撃にここまで手傷を負うことはなかっただろう。

 

 「あぁ・・・クソ。」

 

 右腕が捻じれ折れ、ひねるように切れた皮膚からだくだくと血を漏らしている。

 力が入らないどころか、持ち上がらない。アイテムを出すこともままならない。

 なんとか肺を動かして息を吸うと、痙攣するように咳き込んで吐血した。

 

 「思ったより痛いな、これは・・・」

 

 アンペルは左手を動かし、クロークから金色の酒杯を取り出した。

 取り出した時には空だったそれに、みるみるうちに透明な液体が満ちていく。

 

 「・・・何をしている、逃げろ・・・」

 

 満身創痍のアンペルを見て竦んだか、或いは庇おうとしてか、三人のグリフィンドール生はその場に残っていた。

 アンペル自身の声が遠く聞こえる。薄い呼吸音に交じり、トロールの唸り声もする。

 だが流石に、トロールが距離を詰めるよりは、アンペルが盃の中身を浴びる方が速い。

 

 そしてそれ以上に───

 

 「───どけッ!!」

 

 疾走してきたリラのオーレンヘルディン、その爪がトロールの首を刈り取る方が速い。

 煌めく爪が光の軌跡を残して閃き、トロールの巨躯に何十もの斬線を刻む。

 

 ばしゃり、と、トロールの残骸が湿った音を立てて落ち、アンペルが盃の中身を浴びた。

 

 「無事か、アンペル。怪我は・・・」

 「大丈夫だ、いま治している。」

 

 ほぼ最上位の回復アイテム『女神の飲みさし』。出血も毒も、部位欠損であろうと癒す聖水だ。ただどういう理屈なのか、古傷までは治してくれない。一説によると古傷は魂そのものに傷の情報が刻まれているから治せないとされているが、立証はまだだ。少なくともアンペルが知る限り、だが。

 メキメキと嫌な音を立てて元の形に戻っていく右腕。当然のように襲い来る激痛にアンペルが唸りながら耐えていると、その光景を見ていたハーマイオニーとロンがトイレに駆け込んだ。ハリーも顔を蒼白にしている。

 

 「・・・そういう問題じゃない。それに義手も・・・」

 

 リラが怒っているのか、それとも心配しているのか、付き合いの長いアンペルにも分からない表情をしていた。

 バタバタと多数の足音が聞こえてきて漸く、アンペルの腕が癒えた。二度、三度と開閉して調子を確かめ、落ちていた補助義手の残骸を拾い上げた。

 

 「あぁ。・・・ライザの力作だったんだが、残念だ。」

 「素材はあるんだ、作り直せばいいさ。」

 

 リラが慰めるように言って、右腕に触れた。

 

 「痛むか?」

 「・・・いや、古傷の疼きはあるが、さっきの傷は治っている。」

 「あ、あの、フォルマー先生。ありがとうございました、助けてくれて・・・ハーマイオニーと僕たちを助けてくれて。」

 

 ハリーが言うと、アンペルは苦笑を向けた。

 

 「トロールを斃したのはリラだ、お礼ならこいつに言え。私は・・・盾ぐらいにしかなっていないからな。」

 「・・・・・・そういえば、あの程度の相手に後れを取ったのか?」

 

 リラが怪訝そうに・・・ではなく、怒りを湛えた目で見てくる。アンペルが盾になるに至る展開に察しがついたのだろう。

 

 「・・・まぁ、その辺りは後で、校長や他の先生方も交えて話すとしよう。」

 

 ようやく姿を見せた教師陣は、バラバラになったトロールと血まみれだが()()無傷の──高位の回復アイテムは傷を治し血も補充するが、流れ出した血が戻るわけではない──アンペルを見て、何が何だか分からないと言った顔をした。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 「そんなことが───いや、フォルマー先生、よくぞ・・・よくぞ、生徒を庇い、守ってくれた。ありがとう。」

 

 校長室で顛末を聞いたダンブルドアは、目に涙を溜めて声を震わせた。

 

 「いえ、私は───それより校長、お願いしたいことがあるのですが。」

 「生徒の恩人はわしの恩人じゃ、フォルマー先生。何なりと。」

 「報酬を貰おうという訳ではありませんよ。ただ・・・『錬金術』は実技科目です。私がこの調子では、授業に差し障りが。」

 

 アンペルが右手を示してそう言うと、今まで校長室の入り口付近で他の教師たちと立っていたマクゴナガルが不思議そうに声を上げた。

 

 「『修復呪文』は試されたのですか? 見たところ、効果が出ないほど酷く壊れてはいないようですが。」

 「いえ・・・これも錬金術で生み出されたものなので。」

 

 錬金術と魔法は相性が悪い。より正確に言えば、魔法が錬金術に対して相性が悪い、というべきか。

 世界の『理』の範疇でそれを変容させ、強化し、利用するのが錬金術。

 世界の『理』を書き換えるのが魔法だ。

 『理』を理解する必要のある錬金術の方が難易度とコストが高く、『理』による補正がある分効果が高い。

 対する魔法は『書き換える術』さえ学べば効果は発揮する。錬金術で作られた物に対して効果が薄かったり、効果やクオリティで錬金術に劣るものの、万人向けの技術であり、普遍性も高い。

 

 そしてアンペルの補助義手は戦闘も考慮された耐衝撃・耐魔力仕様品だ。ケルベロスの一撃をいなすことが出来たと言えば、その性能の証明になるだろう。

 

 「レパロ 直れ・・・なるほど、これは。」

 

 手応えのなさから、義手がどの程度の魔法抵抗力を持っているのかを察したのだろうか。マクゴナガルが呆れたように首を振った。

 

 「そういうことなら、義手を作り直すまでの期間は休講にすればよかろうて。・・・フォルマー先生、どのくらいかかりそうかの?」

 「・・・」

 「どうしたアンペル。素材なら・・・ッ!」

 

 言い表しようのない顔で沈黙したアンペル。怪訝そうに口を開いたリラがすぐにその理由に気付き、息を呑んだ。

 

 「私は義手なしでは高度な錬金術を扱えません。当然、錬金術や魔法に対応した義手の錬成は“高度”の範疇です。」

 

 

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