アンペルのアトリエ ~ホグワーツの錬金術師~   作:志生野柱

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8 代わりの義手は

 アンペルの右腕は、過去に負った傷の影響で機能を大幅に損なっている。

 力が入らない。精密な作業ができない。魔力の通りも悪い。そんな状態で無理をすれば、一定以上の難易度の錬金術は失敗するか、大惨事になる。

 

 そして錬金術のような精緻な動作を可能とする義手は、例外なく「一定以上の難易度の錬金術」で作り出すしかない。魔法で作り出したものだと、アンペル自身ですら予期せぬ反応を起こす可能性があるからだ。

 義手が無いから、義手を作らなければならない。

 だが、義手が無いから義手が作れない。

 半ば詰みであった。

 

 「ライザにまた頼むというのはどうだ? 今のあいつなら、前以上の力作を仕上げてくれると思うが。」

 「いや・・・」

 

 アンペルは自室のデスクに掛け、砂糖を大量に投入した紅茶をかき混ぜながら、リラの言葉を曖昧に否定した。

 校長が気を利かせ「専門家二人の方がいい案も浮かぶじゃろう」と二人を退室させてから一時間。ここまでに出た案は三つ。

 

 一つ目は、代わりに別の人間が錬成するという案。これは技量不足を理由に没となった。ホグワーツでアンペルに並ぶ錬金術師などいないし、世界最高とされるニコラス・フラメルも『賢者の石』の出来栄えを見るに期待できそうにない。

 

 二つ目は、今のアンペルが出来る最高レベルの義手を作り、それを高レベルの錬金術に対応できるまで徐々にアップグレードしていき、最終的に前回の物と同等の物にするという案。素人目には可能に見えるが、実践は不可能とされて没になった。というのも、現存する物質の強化であろうと、物質同士の錬成であろうと、要求される錬金術の技能は同じ・・・むしろ、完成品を弄る方が難易度やコストが高いからだ。

 

 三つめは、余りあるアンペル作の『賢者の石』を用いて()()()()()()()()()という案。盤を返すような考えだが、人体の錬成は『賢者の石』があれば可能だ。その難易度と、禁忌とされる術法であることを鑑みれば、没になるのも当然だが。

 

 たったいま四つ目が否定されたが、リラがそれに首を傾げた。

 アンペルとリラは、今でもクーケン島を救った『なんてことない』少女、ライザリン・シュタウトとは連絡を取り合っている。賢者の石を中間素材から着想した、いわゆる不世出の天才。アンペルが今まで使っていた補助義手も彼女の作品だ。アンペルは錬金術を取り戻してからも使い続け、先日はケルベロスの一撃に耐えてみせた。それを弱冠15歳にして造り上げたセンスは凄まじいの一言に尽きる。

 

 「いまクーケン島は乾季前で忙しい時期のはずだ。淡水化装置を復旧させたとはいえ、そもそも作物の刈り入れ時だからな。」

 

 アンペルが義手を失ったと聞けば、仲間思いのライザは手伝いなんぞ放り出してアトリエに篭るだろう。そしてより上位の補助義手を作ると意気込んで・・・両親に怒られるのだ。ライザなら間違いなくそうするし、そうなる。それが分かるだけにリラも「あぁ・・・」という顔をした。

 

 「それもそうか。・・・なら、二月ほど待つしかないか。」

 「そうだな・・・ところで、クィレルのことだが。」

 

 クィレルはいま医務室に居る。全身に有刺鉄線で縛めを受けたような裂傷と刺傷を負い、そのうえ未知の毒物を全身に浴びて、ひどく衰弱して倒れているところを発見されたらしい。「トロールの騒ぎに乗じて例の部屋に侵入しようとする者がいないか見張っていたら何者かの攻撃を受けた」と本人は言っている。

 

 「命に別状は無かったらしいが・・・『精神を抜き取る』効果を持った『イバラの抱擁』を喰らっておいて、そんなことが有り得るのか? 少なくとも三日は昏睡しているレベルのはずだろう。」

 

 リラが不思議そうに言う。アンペルは顎に手を当てて考え込む姿勢を取った。

 

 「・・・本人の傷を見たが、『イバラの抱擁』は間違いなく作動していた。いまクィレルの体には、良くて本来の25%くらいしか魂が残っていないはずだ。倒れる寸前の記憶どころか、自分の名前を思い出せたら幸運なレベルだぞ?」

 「気になる、な。」

 「あぁ。・・・だがまぁ、あれでも『闇の魔術に対する防衛術』の教師だ。精神防護の策ぐらいあるだろう。」

 

 アンペルは自分を納得させるように呟くが、リラは・・・いや、アンペル自身も、魔法というモノをそこまで信じていなかった。

 

 「本当に、そう思うか?」

 「いや・・・正直、魂を二人分持っていると言われた方が納得できる。だが、そんなことは不可能だ。体と自我が崩壊する。」

 

 アンペルがかつて宮廷錬金術師だったころ、一個の肉体に複数の魂を入れるという禁忌の実験をした同僚が居た。当然のようにその同僚は封印措置を喰らったが、実験結果だけはデータベースとして宮廷の禁書庫に収まっている。それによれば───肉体は魂の入れ物としては脆弱で、一個に付き一人分しか入らない。しかし、ある方法で魂を細断することが出来れば、その限りではないとされた。

 

 「まさか、な・・・」

 

 アンペルは錬金術でも秘奥、そして禁忌とされる術法をクィレルが知るはずがないと考え、苦笑した。考えすぎ、怯えすぎだ。

 

 (やはり、義手が無いと・・・いざというときに戦えないとなると小心になるな。我ながら情けない。)

 

 アンペルは自嘲気味に苦笑を浮かべ、首を振った。

 

 「まぁ、また不穏な動きをしたときに考えればいいだろう。今はとにかく、義手をどうするかだ。」

 

 11月に入れば、クィディッチの寮対抗戦の時期だ。アンペル自身もリラも熱心なわけではないが、ホグワーツじゅうが沸き上がる。間抜けも増えるし、馬鹿をやる生徒も出てくる。アンペルはオーバーヒート気味のこめかみを押さえつつ、寝室へ向かった。

 

 「寝るのか?」

 「あぁ。おやすみ、リラ。」

 「・・・おやすみ、アンペル。」

 

 久方ぶりの戦闘で(完治しているとはいえ)重傷を負ったアンペルが寝室へ消える。

 トロールを一瞬で切り刻んだリラはまだ起きているつもりなのか、アンペルがさっきまで座っていたデスクに掛けた。羊皮紙を取り上げ、ペンを回しながらアンペルの寝室に続くドアを一瞥する。

 

 「無駄な見栄を張るところは、会ったころから変わらないな。」

 

 リラが呆れたように言うが、その口角は上がっていた。

 

 

 


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