アンペルのアトリエ ~ホグワーツの錬金術師~ 作:志生野柱
11月になると、外套なしでは外を歩けないほどだった。
アンペルはクロークではなく、王都に居た頃に錬金術で作ったコート『シャレドールマント』を着込んでいるし、リラもアンペルが昔に贈った赤と青のイヤリング『焔雪の耳飾り』を着けて冷気対策をしていた。
依然として右腕の使えないアンペルは、校長から休講と療養を許可されていて暇。助手として側にいるリラも必然的に暇だった。何をするでもなく、そして幸運なことに何が起こるでもなく、二人でダイアゴン横丁に来ていた。菓子店を覗いたり、雑貨屋を冷かしたり──魔法を付与しただけの品は大概が錬金術で生み出したものに劣る──ノクターン横丁に足を伸ばしたり、特筆すべきこともなく過ごしていた。
ランチを終えたころ、座っていたカフェテラスでふとアンペルが眉根を寄せたのに、リラが目敏く気付いて首を傾げた。
「尾けられている、か?」
「・・・今更か? 少なくともフローリアン・フォーテスキューのアイスクリーム屋を出た時には居たぞ。」
「なんで言わない・・・」
アンペルがこめかみを押さえながら言うと、リラが苦笑した。
「最近のお前はどうも疲れて見えるからな。直接的な危険はなさそうだったから放っておいたんだ。」
「素人ということか?」
リラは頷いて肯定した。
「身のこなしも、気配の消し方も甘すぎる。トロール並だな。」
「問答無用で落第、か。・・・害意は?」
「あるな。だが───野生動物を追いつめた時のような、恐怖から来る敵意だ。」
アンペルはとても嫌そうに顔を顰めた。
「何をするか分からない、ということか?」
「・・・そうだな。」
「・・・排除するか?」
アンペルはコートの内ポケットに手を入れ、紫色の粉が入った小瓶を取り出した。
『ゆらぎの毒煙』という錬金術のアイテムで、強度の致死性猛毒を持つ煙幕を張ることができる。
「・・・馬鹿、殺気を出し過ぎだ。気付かれ・・・た、か。“姿くらまし”したようだ。」
「すまん・・・どうも最近気が立っていてな。小心になっているのは自覚しているんだが。」
「旅をしていた頃に戻ったと思えばいい。私はお前の護衛を辞めた覚えはないぞ?」
リラが諭すように言うと、アンペルは少し面食らったようだった。
「それもそうだ。思えば道中の戦闘はお前任せだったな。・・・なるほど、戻っただけ、か。」
くつくつと笑い、カップに入っていたコーヒーを一息に飲み干したアンペルが立ち上がる。
「次は何処に行く?」
「そうだな・・・折角だし、ライザたちに送る土産でも探すか?」
「魔法の品を錬金術師に贈るのか?」
質だけを見れば、錬金術の品は魔法の品の完全上位互換だ。だが、魔法と錬金術では出来ることの幅が違う。そして錬金術では出来ないことを可能とする魔法の品は、アンペルたち錬金術師にとってよいインスピレーションの源だった。だからこそアンペルは首を縦に振った。
リラはそれに、ふと思い付いたように付け加えた。
「・・・そうだ。折角だし、1時間ほど別行動しないか? 私はレントとクラウディアに贈る品を探すから、お前はライザとタオに贈るものを探して───」
「それを見せ合う、と。センスを競おう、というわけだな?」
リラは頷いた。アンペルはリラの気遣いに内心で感謝しつつ、気づかないふりをして踵を返した。
「じゃあ1時間後に、もう一度ここに集合だ。相手と店がかち合った場合、先に入店していた方が買い終えるまでは入店禁止、これでいいか?」
「あぁ、じゃあ、スタートだ。」
◇
アンペルは35分ほどで予定通り二人分のプレゼントを買い終えた。
ライザには魔法で成形された精巧な、けれどそれ自体には魔法のかかっていないブレスレットを買った。タオには付けているだけで本に幾つかの保護呪文をかける、刻印型魔法の付与されたブックカバーを買った。
余った時間でぷらぷらと色んな店を見回っていると、ふと目に付くものがあった。その商品が展示されているショーケースに近づき、手書きらしい雑な紹介文を読む。
「ドラゴンの革・・・?」
ドラゴンの革や鱗は、他の動物素材の追随を許さない最高峰の物理耐性を誇る。勿論ドラゴンの種類やランクによってピンキリだが、アンペルの目に留まったそれは、布として最高ランクの『エルドロコード』や最高ランクの合成皮革『マスターレザー』には劣るものの、中位素材の布である『ビーストエア』程度のクオリティで、さらに400程度の品質はあるように見えた。
「すまない、店主、これは・・・」
アンペルが立ち止まったのは、大人が4人も入ればパンクするような小さな服屋だった。ダイアゴン横丁でも奥まった、人気のない場所にぽつりとあったその店に、アンペルと年老いた店主以外の人影は無かった。
「んん? お客さん、そいつの価値が分かるのかい?」
「無論だとも! 幾らだ?」
アンペルは残っていた25分を店主の老翁との語らいに費やし、
◇
集合場所に戻ってきたアンペルを、先に戻っていたらしく、テラスに掛けてカップを傾けていたリラが手を振って迎えた。
四人掛けのテーブルのうち一つはリラが座り、隣にはいくつかの包みが入った紙袋が置かれていた。
アンペルの持った、最後に買った少し大きめの包みを見て、リラが目を丸くした。
「随分と大きいものを買ったんだな? ライザに服でも買ったか? それともタオに珍しい道具でも買ったか?」
「お前の方こそ、随分と高そうな包みがあるじゃないか。・・・まぁ、クラウディアにはある程度高いものじゃないと駄目な気がするよな。本人は全然気にしないと分かってるんだが・・・それで、どっちが先に見せる?」
リラが何も言わなかったので、アンペルは自分から見せることにした。
「ライザにはブレスレット、タオにはブックカバーだ。」
「・・・まぁ、堅実だな。そっちの大きいのは?」
「これはお前の分だ。」
アンペルがさらりとそう言うと、リラは小首を傾げた。
「誕生日はまだ先だぞ?」
「いや、別にそういう訳じゃないが・・・強いて言うなら、日頃の感謝を込めて、という奴だな。」
これまでも、アンペルがリラに何かを贈るということはあった。錬金術で作り出した装飾品や宝石・装備なんかを誕生日やクリスマスに贈ったこともあるし、逆に贈られたこともある。だがこうして、何もないタイミングで、というのは、言われてみれば初めてだった。
「・・・開けてもいいか?」
「勿論だ。」
少し大きめの包みを解くと、中には先ほどアンペルが買った『掘り出しもの』───ドラゴン革のブーツが入っている。
「ブーツ、か。暖かそうだな。」
マットブラックの外観と反するように、ブーツの内側には白いファーが張られていた。
「外皮はレベル20相当のドラゴン革、ファーは加工したホワイトアルミラージの毛皮だな。」
どちらの魔法生物も、その素材も、特異な性質を持っている訳ではない。だが断熱性や耐久性は、普通の動物素材の比ではない。
「サイズが合わなかったら言え。サイズの調整くらいなら今の私でもできる。」
「ありがとう、アンペル。大事にする。・・・さて、次は私の番だな。」
リラは珍しく満面に笑みを浮かべた。そしてブーツを袋に入れ直し、大事そうに抱えたまま選んだ品を紹介した。レントには普通の砥石の三倍の強度があるという革砥を。クラウディアには自動で調律してくれるという魔法のチューナーを買っていた。
「・・・その高そうなのは?」
革砥もチューナーも、リラの腕ほどもあるその包みからは出てこなかった。
アンペルが心底不思議そうに聞く。リラはもともと物欲がある方ではないし、高級志向でもない。包みを見ただけで分かるような高級品に手を出すとは思えなかったからだ。
だが、リラはそのアンペルの疑問こそが不思議なようで、逆に首を傾げた。
「お前の分だが? ・・・私だって、普段からお前に世話になっているとは思ってるからな。」
少し不機嫌そうに言って──照れ隠しだろうか──リラは顔を背けた。
そんな少し子供っぽい振る舞いに苦笑して、アンペルは心から礼を言って包みを受け取った。