『琴葉茜』とマイクラ世界   作:糸内豆

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プロローグ 半年くらい経ったある日のこと

「お、生ってる生ってる」

 

 家の裏手にはこの間収穫したはずのリンゴが再び実っていた。

 四角い幹から広がる枝にたくさんぶら下がっていて、これならすぐに使い切ることはないだろう。

 前の分は村人との交易で使い切ってしまったからな。他にも食料はあるとはいえ、リンゴは使いやすいしそこそこ長持ちするから便利だ。

 試しに1つをもいでみる。リンゴはやはり日光に当てたりとか袋を被せたりとかいった世話なんてしてないのに鮮やかな赤色をしている。

 そのまま囓ると小気味よい音が鳴って、口の中に僅かな酸味を含んだ瑞々しい甘さが広がっていき、芳醇な香りが鼻腔を通り抜けていく。

 こんな出来の良いのがろくに手間をかけず短期間で収穫出来るなんて、本職のリンゴ農家が見たら商売上がったりだと思うだろうか。それともこんなのあり得ないと仰天するか。

 

「ちょっと、お姉ちゃん! またそのまま食べてる!」

 

 そんなことを思いながらリンゴを頬張っていたら、後ろから声が飛んできた。

 振り返ると葵が家の裏口から出てくるところだった。手には木の籠を持っている。どうやら収穫の手伝いに来てくれたようだった。

 

「まあまあ、そん……そないに衛生なんて気にせんでも平気やろ。農薬も使てへんのやし」

 

 しかめっ面をした葵にそう言ってみるが、彼女の眉間の皺は消えることはない。

 

「そんなこと言って、この前ジビエとか言って生の鶏肉に中ってたよね?」

「あ、あれはたまたまやし」

 

 痛いところを突かれ、声が上擦る。

 この間野宿した時のことだ。安全地帯を確保し、さあ夕食を食べてさっさと寝ようというところでふと生の鶏肉はどんな味かと気になったのだった。

 もちろん食中毒の可能性があることは分かっていた。それでもゲームの頃は食中毒になる確率は30%だったし、いざとなれば牛乳飲めば解毒出来るだろうということで試してみたのだが……。

 その結果は、お察しの通りである。命の危険がない程度に腹痛に悶え苦しんだのであった。

 

「そ、それにリンゴなら大丈夫やろ。リンゴで食中毒なんて聞いたことないで」

「それは日本だとあまりないだけで、大腸菌に感染した例はあるんだよ? ただでさえここは元の世界と環境が違うんだから用心するに越したことはないよね」

 

 ぐうの音も出ないとはまさにこのことか。

 全くの正論に何も言い返すことが出来ず、こうなったら葵は殊の外頑固だ。

 早々に降参することにした。

 

「分かった分かった、これからは気ぃつけるから」

 

 とは言いつつもそのまま負けを認めるのは何だか癪だ。

 さりげない動作で最後の一欠片を口に放り込む。案の定、葵は憤慨した様子を見せた。

 

「言った傍からまた!」

「油断大敵や。こういうのは食べたモン勝ちやで葵」

「むっ!」

 

 してやられたといった葵の様子にちょっと優越感がこみ上げてくる。

 そして、よせばいいのに分かりきった死亡フラグを立ててしまった。

 

「それとも実は葵も食べてみたかっただ、け――」

 

 調子に乗って続けようとした言葉を最後まで言い切ることなく、脱兎のごとく逃げ出す。

 何故かと言えば、憤怒の形相を浮かべた葵が籠を放ってこちらに全力疾走してきたからだ。

 

「逃げないでお姉ちゃん!」

「逃げるに決まっとるやろ!」

 

 やばい、あれはやばい。エンダーマンと目が合った時の戦慄感によく似ている。お前しばくぞ、ってかしばくと雰囲気が物語っている。さすがに物理的に半殺しにされることはないだろうが、捕まったら説教地獄は免れまい。

 自業自得とはいえ、もちろんそんなのは御免だ。こうなったら葵の気が落ち着くまで逃げ回るしかない。

 何、これでも日頃からモンスター相手に切った張ったしているのだ。後方支援がメインの葵相手に早々遅れは取らな――

 

「あ゛っ」

 

 気がついた時には草に足を取られ、思いっきり地面に倒れ込んでいた。

 咄嗟に手をついて頭をぶつけるのは回避したが、体のところどころをぶつけてしまい衝撃が走る。

 でもこの程度のダメージに構っている余裕はない。

 

「ええい、何やってるんやウチ! 早く起き上がらないと後ろから恐ろしい青鬼が――」

「大丈夫、お姉ちゃん?」

 

 ポンと肩に手を置かれる。

 それだけで自分の体は硬直し、ピクリとも動かなく――いや、動けなくなってしまった。

 さながら蛇に睨まれた蛙のようだった。

 

「あ、葵」

 

 辛うじて絞り出した自分の声が実に情けなくか細い。

 さっきの様子が嘘のような優しい声色。なのに。

 

「ほら、起き上がれる? 家で手当しよ?」

「せ、せやな……」

 

 恐る恐る、油の切れた機械のようにぎこちなく後ろを振り返ってみる。

 

 

 

「つ か ま え た」

「ひっ」

 

 葵は、それはそれは実に『いい笑顔』を浮かべていた。

 

 

 

 

 お姉ちゃんはいつも向こう見ずなんだから、物を整理しないでどこにしまったか忘れるし、改築だって寸法間違えてた、誰がブルーベリー色をした全裸の巨人だ、いやそこまで言ってないやろ等々。

 あれから治療をしつつあれやこれやと説教されたりリンゴの収穫を再開したりするうちにすっかり夜になった。今は夕食を終えて、そのまま食堂で葵が風呂から上がるのを待っているところである。

 今頃、外ではモンスターが宛てもなくウロウロしていることだろう。暇とはいえ戦う必要も素材を集める必要もないのに出て行く気も無いが。

 ぼんやりとお茶を飲みながら視線を動かしていたら天井の電灯が目に入った。あれ、電灯のくせに電気要らずなんだよな。つくづく動力がどうなっているのか謎だ。

 

「ふぅ……」

 

 コップから口を離し、人心地つく。

 この世界に来て、もう半年程だろうか。

 初めの頃がもうずいぶん昔のことのように感じられる。

 色んなことに驚いて、出会いがあって、作って、冒険して……今ではすっかり落ち着いた日々を送ることが出来ている。

 もちろんまだまだやること、やりたいことはあるけれど、それでも明日がどうなるか分からないという状況は脱した。幸いなことにこの世界には尋常じゃない強さのモンスターがいるとか滅亡しかねない現象が起きるとかは無さそうだし。その気になれば定住して生きていくことは出来るだろう。下手に元の世界に戻るより、ずっと生きやすいかもしれない。

 

「でも」

 

 思わず声が零れた。

 そう、でもそれじゃ駄目だ。

 結局この世界は異郷でしかないから。

 どうしようもないくらい嫌というわけではないが、それでも骨を埋めると決断するには早すぎる。

 何より――葵はあの時『帰りたい』と言ってたから。

 

「さしあたってはこれを見つけなきゃな」

 

 机の上に置いていた、村を訪れた行商人から貰った本を捲ってみる。

 遠くの町で仕入れたという、観光誌のような、文化誌のような、素人のお手製といった感が強い本。だが、これに書かれている情報は決して無視出来るものではなかった。

 ――世界を渡る力を秘めた『時代の書』。

 この半年の経験や得た情報からして、おそらくMystCraftで追加されるものそのままではあるまい。希望的観測ではあるが、原作のMYSTに近い能力である可能性もある。レシピブックには載っていなかったが、世界を渡るのに『時代の書』という名前が出てくる辺り、少なくとも過去にこの世界に存在したのは間違いないだろう。

 今も未使用の『時代の書』が残っているかは分からないが、これに関しては調べてみる以外無いだろう。この本を見つけたという町は幸いにも十分辿り着ける距離のようで、ヘリを使えば長引いても一月程度で帰ってこれるだろう。留守の間メイドさんが用意した食事をつまみ食いした挙げ句、ストライキを起こさないかはちょっと心配だが、まあそこはさすがに自制してくれると思いたい。

 まあ、元の世界に帰るというのはいい。確実ではないが、それでも筋道はありそうだから。希望の芽があるのだ。

 だから問題は――

 

「――どうやって茜ちゃんに体を返すかだな」

 

 問題は、『琴葉茜』こと俺はどうすれば本当の琴葉茜に体を返すことが出来るのかということだった。こちらは全く目途が立たない。他人と肉体が入れ替わるような要素を追加するMODなんて知らないし、たぶん存在しないだろう。おそらく俺が琴葉茜の体に入っているのはMOD含めたマインクラフトの法則とはまた別の要因によるものなのではないだろうか。

 それに元の世界に帰るのとは違って、葵に知られて余計な不安や心配をかけるわけにもいかない。たまにボロを出してしまってはいるが、それでも一応本物の茜として振る舞っているのだ。

 時折、今の生活が続けばいいと思ってしまうことはある。しかし、やはり葵には本当の姉を返さなければならない。図々しく姉妹の絆に割り込んで本人面なんて、そんなのは到底許されることではないのだ。何より、俺自身がそれを認められない。

 俺は、成し遂げねばならない。

 琴葉姉妹を、元の世界に返すという目的を。

 

「お姉ちゃん、お風呂空いたよ」

 

 パジャマ姿になった葵が少し火照った様子でやってきた。

 俺は直前までの意識を『茜』に切り替える。

 

「――ああ、分かったで葵」

 

 茜の体を勝手に使ってしまっている罪悪感やそれを詫びてしまいたい気持ち。

 打ち明けられないのは自分が臆病なだけなのではないかという自嘲。

 諸々を胸のうちにしまい込みながら、俺はいつものように返事をするのだった。




2022/07/24 後の展開と矛盾する部分を修正
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