『琴葉茜』とマイクラ世界   作:糸内豆

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第9話 『琴葉茜』の2週間後

 ――このマインクラフトによく似た世界で目覚めてから2週間が経った。

 何故かVOICEROIDの琴葉茜の姿になっていたりマインクラフトの仕様と現実の法則が入り乱れたこの世界に振り回されたりもしたが、俺は何とか生活基盤を整えつつあった。

 

「こんなところか」

 

 目標の数の鉄鉱石が集まったところで、俺は今日の採掘を切り上げることにした。

 ここは地下採掘場だ。2日目にクリーパーに爆破されたところから階段状に地面を掘り進め、地上から5マス、実際の高さにして5メートルくらいの深さがある。前にも説明したブランチマイニングで、地下に碁盤のような通路を掘っている。

 本来のブランチマイニングは、マインクラフトの世界の底に広がる岩盤から11メートルの高さで行なうものだ。これはMODを入れないマインクラフトでは最高の素材であるダイヤモンド、色んなアイテムの作成に用いられる金、信号を送ることで自動で動作する仕組みを作るのに必須のレッドストーン、染色やバージョン1.8からはエンチャントに必要となったラピスラズリなどをまとめて見つけやすい高さだからである。

 何故そうしなかったのか。まだそこまで良い装備は必要ないから、複雑な装置を作っても使い道が無いから、エンチャント出来ないから等々。あれこれと理由をつけることは出来るが、一番の理由は至って簡単である。

 そこまで掘ってられない、これに尽きる。

 一括破壊があるとはいえ疲れるものは疲れるのだ。一見ただ道具を振るっているだけのブロックの破壊だが、実はかなり負担がかかっていることにこの2週間で気がついた。どう考えても道具を振り回す以上に疲れが溜まるからな。本来それだけの面積を掘ったり伐ったりするのに使う分の体力を消耗するといったところだろうか。身体能力の向上や実際の運動量が減っているだけ軽くなってはいるようだが、ゲームほどの無茶が利かないのは確かだ。

 あと、底から11メートルというのが実際に掘るとなるとかなり深いのもある。地上はゲーム通りならだいたい高さ60メートルくらいのはずだから、50メートル程を掘り進めなければいけないことになる。しかも行き来や安全を確保するために階段や明かりを確保しながらだ。他にも色々とやることがある以上、それにかかりきりになるわけにもいかない。

 そこでさしあたって必要な石炭や鉄の確保を優先して、この高さにしたのである。それに5メートルでもそれなりの深さではあるし。鉄や石炭があまり高さに関係なく生成される仕様で良かった。おかげで鉄製の装備や物品はいくつか揃ったし、燃料も足りている。まだ気兼ね無しに使える程ではないから、防具はともかく剣や道具はいつも石装備を使っているが。

 ひとまず一定量が採れるかある程度の時間が経ったら切り上げるようにしている。ずっと地下で活動するのも精神衛生上よくないし。

 

「畑は、まあこんなものか」

 

 採掘を切り上げた後に俺が向かったのは畑だった。黄金の穂を垂れた小麦が規則正しく並んでいる。いつも通りに収穫した後、小麦と一緒に取れる種を改めて植え直していく。

 畑の方はあれから拡張を行なった。前に作ったような間隔を空けて植えるものと、成長は遅くなるが一気にまとまった数の取れる密集させた畑を作った。新しい作物が入ったら後者も交互に植えることにしよう。現実と違っていちいち作物に合わせた土作りが必要ないから出来る真似だ。

 そうそう。小麦は植えてから3日後には無事収穫出来た。パンの味は、まあパンだった。特別な風味があるわけでも味がするわけでもなかったが、それでも主食の類いなだけあって食事をしたという感じが出る。。やっぱりお米や野菜も恋しくなるが、この世界にはたして導入されているだろうか。おそらく農業系の要素を追加するMODは入っていると思うのだが、いくら草刈りをしても小麦以外の種が出てこないからな。ゲームだったら出てきたと思うんだけど、植生の法則なんかが適用されてたらもう分からない。そこまで徹底的に現実の要素が混じっている感じはしないのだが。

 あと他にはサトウキビの育成も始めた。サトウキビ畑とは言うが、沖縄のあの青々と広がる感じとは全く違う。マインクラフトのサトウキビは水辺の隣でないと植えられないので水路を作ってその隣に植えていく形となる。それに見た目が竹そっくりだから、傍から見ると竹林だ。サトウキビは砂糖や紙の素材として使うからな。どっちもこの世界で生活していくには必要だ。砂糖は言うに及ばず、紙は村との交易で通貨代わりのエメラルドに交換してもらえるからだ。あと、日常生活でも使う。場面は、いろいろだが。

 畑はこんなところだ。次は飼育小屋に向かう。

 そう、飼育小屋だ。あれから考えた結果、柵で囲ったスペースに隣接して雨の日や夜間に待避出来る小屋を作ったのだ。外見はお馴染みの豆腐建築だが、自宅よりも大きく複数の種類の動物を入れられるようにしている。現在はニワトリとヒツジ、それからウシを飼育している。

 

「狭っ、もっと拡張しないと駄目か?」

 

 扉を開けた俺は、中でひしめくように動き回っているニワトリ達の喧噪を浴びることとなった。さほどの食料を必要とせず、卵からも産まれるニワトリは他の動物と比べて繁殖力が高く、間引いてもあっという間に増える。おかげで卵や鶏肉には困っていない。

 一方でヒツジやウシはそこまで簡単ではなかった。もちろん現実のそれと比べれば遙かに楽ではあるのだが、食料として小麦が必要というのが大きい。直接与えるのは大変なので小麦9個からなる干草の俵ブロックをクラフトして設置しているが、すぐに無くなってしまう。小麦をもっと大量に作れるようになればともかく、今の段階ではウシもヒツジも牛乳や羊毛を得るために何頭かを試験的に飼っているような状況だった。とても屠殺なんてしていられない。あんまり長く飼っていると情が移りそうで嫌なんだけどな。

 あ、牛肉自体は一回食べた。外を探索していた時に見つけ、連れ帰らなかったウシの何頭かを狩ったのだ。生の牛肉をかまどで焼いて出来上がるステーキはおいしかった。おいしかったのだが……。

 

「あんまり入らなかったな」

 

 どうやらこの茜ちゃんボディは元の俺よりもずっと小食なようだ。一応まだまだ学生くらいの年頃だとは思うのだが、それでも結構胃にもたれるというか残る感じだった。鶏肉といい、この世界の食べ物が見た目よりボリュームがあるのも一因だとは思うが。つくづく本当に女の子の体なんだなと感じる。

 そういう訳もあり今は牛肉よりも牛乳の方が重要で、それがウシをゲーム程多数飼わない理由の1つにもなっている。まあゲームでも食料としてステーキの効率が良いからウシを飼っているだけだしな。実際に食事するとしたらステーキばかりじゃ飽きるし栄養も偏るに決まってるし。『The Spice of Life』というMODが入っている状況に似ているかもしれない。食事に飽きる要素を追加するMODで、同じ物ばかり食べていると空腹度の回復量が低下するというものだった。別にこの世界では同じものを食べていてもお腹自体は膨れるのだが。

 さて、動物への餌やりと軽い掃除をした後、俺は家に戻る。家も初めと比べてずいぶん変わった。

 桃色のチューリップとヒスイランの植木鉢、桃色と空色の市松模様に配置したカーペット、適当に試してみたら出来たおそらく家具系MOD産のブラインドや机に椅子、さらに鉄装備をかけた防具立てや飲み水を蓄えた大釜等々、家の中がずいぶんと賑やかになったと感じる。最初と比べてだいぶ人の住んでいる雰囲気が出た代わりに若干手狭になってしまったのはご愛敬だ。ちなみに花やカーペットの色は琴葉姉妹をイメージした。いるのは茜ちゃんだけで、しかも中身は俺だけど。

 それと三角屋根をつけたりちょっと出っ張りをつけたり、柱を原木に変えたりしてみたことで豆腐建築ではなくなった! いや、そこまでする必要は無かったのだが何となく外見を良くしたい気分になったのだ。息抜きにはなったし、この世界の娯楽の1つと言えるかもしれない。作業が全部終わったら、ほんと暇だ。時間に追われる必要も無いから、そういう時は何もしないで過ごすことを楽しんではいるが。元の世界ではなかなか出来ないことかもしれない。時間が出来ても、それを埋めるように娯楽に耽る人の方が多いだろうから。

 

「さぁて、そろそろ遠出を試してみようかな」

 

 椅子に腰掛けて3時のおやつに作ったパンプキンパイを食べながら、俺は次の計画を考える。あ、カボチャも見つけたんだった。複数集まっていたので栽培用、被る用、食料用、光源になるジャック・オ・ランタン用でそれぞれ確保した。

 拠点もまだ初期段階とはいえそれなりに充実してきた今、俺がすべきなのは探索して行動範囲を広げることだと思う。まだまだ安定しないとはいえさしあたって必要な物資の生産は整ってきたし、生きていくだけならそれなりに出来る気はする。

 しかし、やはり欲しい素材やアイテムはまだまだあるし、何より退屈だ。この土地でじっとしてなんていられない。冒険心を持つこともまたクラフターの嗜みの1つである。もちろん可能な限り、装備を調えて安全性を高めることは忘れない。

 

「森の方面はそこそこ奥まで行っても抜けられなくて、川の向こう側は丘や山が続いている感じだったな。反対の方にも行ってみないと」

 

 1日数時間という関係上、警戒しながら進んでいることもあって周囲の探索はほとんど進んでいない。時折夜中に出てきてまだ残ってるモンスターがいることもあれば、見つけた洞窟の浅いところを軽く探索してモンスターの湧き防止も兼ねて封鎖ということもある。

 何とか2週間かけて今まで行った方向がおおよそどうなってるかは分かったので、今度は反対側に行ってみようと思う。

 はたして何が待っているのだろう。少し楽しみにする自分がいた。


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