遠目ではあったが、それでも村の様子がゲームの時よりもずっと立派なものであることはすぐに見て取れた。
まず目についたのは柵で囲われていることだ。細長い木の杭がずらりと並び、村全体を囲んでいる。高さは大体2メートルくらいか? 順当に考えて外敵、この世界ならモンスターから身を守るために立てているのだろう。他の村と戦争するかはMOD次第だな。
次に印象的なのは櫓だ。民家と思しき他の建物群よりずっと高く建てられており、柱や梯子で構成されている。これも見張り用、防衛施設の1つだろう。村人らしき影が上部の構造物に見える。第一村人発見だ。ゾンビ村じゃなくて良かった。
……うん、これゲームみたいにただ鳴き声を発しては盛ってる感じじゃなさそうだな。例えるならゲームだと縄文時代だったのが、弥生時代くらいには文明が進歩している。さすがに吉野ヶ里遺跡ほど大規模ではないが。
「ゲームみたいな略奪なんか出来っこないな」
この世界の村人が外敵を警戒し、それに備えるだけの知能や思考を持っているのは明白だ。ただ家に閉じこもって夜が明けるのを待ち、襲われても逃げ回るだけだったゲームとは違う。もしも横暴な振る舞いをしたのなら、それ相応の報いが待っていることだろう。
これ、近づいていっても大丈夫か。余所者ということで警戒されるくらいならまだしも、近づく奴は皆敵みたいなことにならないよな。ともかく行ってみないと分からないか。
意を決して俺は村へ向かうことにした。ここから眺めているだけじゃこれ以上のことは分からない。古人曰く、虎穴に入らずんば虎児を得ず、だ。別に空き巣をするつもりなんて無いが。
近づくにつれて村の様子がはっきりしてくる。柵の隙間から村内で人影が動いているのが見えるし、柵の一部は簡素な門になっているようで門番らしき村人もいる。門の柱によりかかり、村の方を眺めているようだ。ひとまずはあの人に声をかけてみるか。言葉が通じればいいのだが。フンフン言うだけじゃありませんように。
草むらをかきわけていくうちに道に出たので、そこから村へと近づいていく。気配がしたのか、やがて村人はこちらに気がつき振り返った。
村人の容姿は、まあその、バニラの村人をリアルにしたらこんな感じだろうなというものだった。禿げた頭部に大きい鼻。ただゲームと違って鎖帷子、クラフターが自身では作れないアイテムであるチェーン装備を着込み、剣を佩いている。そもそも門番なんてものがゲームだといないが。
しかし、それにしても某文豪の小説にもなった昔話に出てくる鼻の長いお坊さんというか、あるいは漫画の神様の作品でよく居る大きい鼻の持ち主というか。なまじ現実の人間に似てるだけに余計に気になる。別にグロくはないのだが、いや奇妙って意味合いなら間違ってはいないが。
そんなことを考えているうちに門番はこちらに話しかけてきた。男特有のおっさんらしい低い声だった。
「やあ、初めて会うメイドさん。この村に何用かな」
よし、言葉は通じる。この世界初の会話はジェスチャー頼みにならずに済みそうだ。日本語として聞こえるのは奇妙なことだが、ゲームでも各言語に対応してたし仕様ということで流そう。後、どうやらこの世界にはリトルメイドがいるみたいだな。そして村に立ち寄ることもあると。
さて、俺はメイドさんとして認識されているようだ。バニラ通りなら村人は傍目には服装以外は変わらないオッサンしかいないしな。それ以外でモンスターでも無さそうな存在と言ったらメイドになるか。まあ、ちゃんと誤解は解いておこう。別に正体を隠さなきゃいけない理由なんて無いだろうし。
おっと、でも今の俺は一応女の子なんだし、ちゃんとそれっぽく振る舞ってはおくか。見た目のことも考えたら、茜ちゃんを演じればいいかな。二次創作で色んなタイプの琴葉茜がいるけど、とりあえず俺の思う標準的な茜ちゃんでいこう。もっとも関西弁なんて使ったこと無いから聞く人が聞いたらすぐ偽物って分かるだろう。まあこの世界に関西弁の区別がつく人はいまい。
「あーえっとなぁ、野菜の種を何かと交換してくれへんかなぁ思て来たんよ。あと、ぉ、ウチはメイドさんじゃないで」
いかん、喋りにくい。声自体は独り言をよく喋ってたから出るけど、誰かと会話するのは久しぶりだし、演じながらなんてしたことないから余計にきついぞ。直前で変なこと考えたの誰だ。俺だ。
「む、メイドさんじゃないのか。それじゃあ一体何だって言うんだ?」
幸いにも噛みそうになっているのは気づかなかったようだ。それよりもメイドではないということの方が気になるようである。不審に思っているのではなく、純粋に不思議なだけみたいだが。この様子なら知らない存在だからっていきなり襲ってくることは無さそうだな。
「実際のところはよう分からんけど、ウチはクラフターって考えとるで。クラフターの琴葉茜や」
「クラフター?」
さて、どう出る。
俺が名乗ると門番は一瞬ぽかんとした様子を見せ――やがて豪快に笑った。
どういうことだ?
「ウチ、何かおかしいこと言ったか?」
「はっはっは、クラフターと言えば昔話に出てくる伝説の種族じゃないか。メイドさんも面白い冗談を言うな」
なるほど、クラフターは過去にもこの世界にいた。種族ってことは1人じゃないんだろう。しかし、もはや伝説扱いされるくらいの出来事で今はいないと。
何となく寂しさを感じるが、同時に安堵する。マインクラフトで一番予測がつかない存在がいるとしたら、それは同じクラフターだからな。
それにしても昔話になるとは。どうやら過去にいたクラフター達は何かそれだけのことをしたようだ。それが善行なのか悪行なのかは知らないが、前者であることを祈ろう。
「うーん、本当にクラフターなんやけどなぁ。どうしたら信じてくれる?」
「それだったら何か物を置いてみてくれよ。クラフターってのは土や木の塊をぽんぽん置いては建物をどんどん建ててたらしいからな」
やっぱりブロックの設置や撤去はクラフター特有の能力か。村人やメイドさんには出来ないらしい。バニラじゃエンダーマンがブロック持ち運ぶくらいだしな。
ま、いいか。ちょうど手持ちに移動用に持ってきてた土や砂ブロックあるし、道の脇に置いてみるとしよう。クラフターとしては簡単な内容で良かった。
「もしも本当だったら何か1つ頼みを聞いても」
「えい」
「いい、ぜ――」
陽気な笑みを浮かべたまま言葉を続けていた門番が止まった。
見事なまでにピクリと固まり、目の前にいきなり出現した土の塊を凝視している。
理解が目の前の出来事に全く追いついていないようだ。
「そりゃ」
重ねて土ブロックを置いてみる。門番の視線が2段目に向いた。
ちょっと面白くなったので足場代わりに砂ブロックを置きながら、どんどん積み重ねてみる。
3段、4段、5段と門番の視線を上へと向いていき――あっ、見上げすぎて後ろに倒れた。
「ちょ、アンタ大丈夫か!?」
慌ててブロックを撤去し、地上に降りる。
そのまま声をかけて起こそうとしたところで、門番は勢いよく体を起こした。
それはもうガバッと。ぶつかりそうになり、慌てて身を引く。
「ほっ、本当にクラフターなのか」
起き上がった門番は痛みを見せる素振りもなく、あるいはそれどころではないのか。震える声で問いかけてきた。
……ううむ、クラフターの伝説ってどんなものなんだ? こうも怯えるような反応をされると不安になる。これはメイドだと思われたままの方が良かったか?
誤魔化すべきかとも一瞬思ったが、既にクラフターとしての能力を見せた後だ。今更だと考え、肯定することにした。
「だから言うたやん」
俺がそう返すと門番は押し黙り、何かを考えているようだった。
暫し時間が過ぎて、やっとの様子で門番は口を開いた。
「すまんが、俺ではどうしたらいいか分からん。村長に会ってくれないか」
最初の一言で入村を拒否されたかと思ったが、どうもそうではないようだ。
何だかRPGの勇者みたいなイベントが起こっている気がするが、そんなにクラフターの存在はこの世界にとって重大なのか? のんびりとした生活は幕を閉じて、ここから実は使命が云々とか始まるのか?
ただ野菜の種が欲しかっただけなのに、どうしてこうなるのか。
「ええで」
「ありがとよ。それじゃ、ついてきてくれ」
だが、それでもこの世界に関する情報を得る絶好の機会であることは確かだ。
俺が今分かっていることは、この世界がマインクラフトと現実の法則とが入り交じった世界であるということだけ。この2週間で分かったことも、結局はゲーム知識を参考にした法則の摺り合わせや類推に過ぎない。
この世界の歴史や文化については一切知らないが、俺のまだ気がついていないMODの要素やゲームからの変化点に関する情報だってあるかもしれない。今後どのように生きていくのだとしても、この世界についての知識は必要だ。
村の中を門番の後ろについて歩いていく。村にどんな施設があるのか、村人がどのような活動をしているのか等を通りすがりに眺める。
「1つ、聞きたいことがある」
ふと、門番が立ち止まり問いかけてきた。俺も合わせて足を止める。
「何や?」
「クラフターが――」
こちらを振り返らないまま、門番は言いにくそうに口を閉ざした。
が、そんなことされると余計に気になるのが人の性。
「クラフターが、何やて?」
俺が尋ね返すと門番は躊躇したようだった。
しかし、それも束の間。決心したようにこちらを振り返る。
そして――
「クラフターが、俺達の子作りを眺めるのが趣味ってのは本当なのか?」
「――は?」
門番はデカ鼻顔を赤らめて、そう言った。