「ここが村長の家だ。話を通してくるから少し待っていてくれ」
ある家に辿り着いたところで門番はそう言い、両開きの扉から中へ入っていった。
なかなか立派な家だった。他の家がゲーム通りの豆腐建築にやや似た石積みだったり木造だったりするのに対し、ここだけはレンガ造りで屋根もしっかりしていてお洒落な感じだ。それに2階建てで一回り大きいから、一目で他の平屋とは格が違うというのが伝わってくる。まさしく権力者が住んでいますという感じだ。
ちなみにさっきの門番の質問には知らんと答えておいた。門番はそうか、とほっとしたような少し残念そうな様子を見せていたが、こちらとしては一体過去のクラフターが何をしでかしたのかと冷や汗物である。ゲームでは良さげな取引をしてくれる村人を厳選する手法はあったが、まさかこの世界でしたのか。でもあれをそのままやったら悪行として残りそうなものなのだが。
というか残念そうにするな門番。照れたような素振り見せられてどうしろというんだ。色々と気になるが、正直恐ろしくて聞けない。一旦さっきのことは忘れて村長との対面に意識を傾けることにしよう。俺の心の平穏のためにも。
「待たせたな、入ってくれ」
やがて門番が戻ってきた。
言葉に従い、玄関へと足を踏み入れる。
「お邪魔します」
中は直接居間になっていた。壁には棚が掛けてあり、その上には日用品と思しき小物や花瓶が置いてある。足下にはカーペットが敷かれていて、また奥には上への階段や他の部屋に続いているのであろう扉があった。天井からは原理はよく分からないが光を放つランプが吊り下げられている。もしかしてグロウストーンか? この世界だとあんな風に加工出来るのか。
居間の中央には大きなテーブルと肘掛け付きの椅子がいくつか置かれている。そしてこちらから反対側、その真ん中の席に村長は座っていた。見た目はやっぱり村人という感じだが、門番よりも幾分か老けていて服装も村内で見かけた他の村人達より上等な物だ。
「初めまして、クラフターの琴葉茜殿。儂がこの村の村長じゃ。どうぞおかけくだされ」
「琴葉茜です。それでは言葉に甘えて」
挨拶を返して、席に着く。
門番は村の入り口へと見張りをしに戻っていき、この場には俺と村長だけになった。
村長が口を開く。
「早速じゃが、茜殿は野菜の種を求めているとか?」
「せや。最近、ご飯がパンやお肉ばかりで。ウチの持ってる何かと交換出来たらと思っとります」
率直に用件を伝える。この世界について云々も気になるし重要だが、最初の目的はこっちだ。いきなり聞くようなことでも無いだろうし。
村長はふむ、と頷いた。
「なるほど、それなら大丈夫じゃ。種ぐらいならお譲りしますぞ」
「ほんまか!」
「植えれば植えるだけ増えますからの。むしろ保管しきれなくていつも処分しているくらいですわい。好きに持っていってくだされ」
あっさりと許可が出て思わず声が出る。拍子抜けするぐらい簡単に話が進んだが、とりあえずこれからは食卓が豊かになりそうだ。
それは良いのだが、この話しぶりだと多分野菜の種が余ってることぐらいこの村の住人なら知っているよな。それだけのことを伝えるためだけに、わざわざ村長に会ってくれなんて言わないだろう。
となれば、これはあくまで前置きか。案の定、本題があるようだった。
「さて、話は変わるのじゃが。茜殿はクラフターについてどの程度ご存じかな?」
村長が探るような視線を向けてくる。
さすが為政者といった感じだ。でも政治的な駆け引きしたくて村に来たわけじゃないし、そもそも出来ないし。もっと言えば村見つけたのも偶然だしな。
ここは正直にいこう。
「色々と物を置いたり作ったり壊したり出来るっちゅうくらいやな。クラフターになったのもついこの間やし、自分がクラフターかもっていうのも何でか知らんけどそう分かってただけやねん」
おかしいな。正直に喋っているはずなのに、どうにも詐欺師というか法螺話っぽいぞ。
だが村長は怪しむ様子もなく、むしろ得心した様子だ。
「そうじゃったか。道理でこんな村に来てくれたはずじゃ。クラフターはこの世界では伝説の存在じゃからな。大きな町に行って下にも置かぬもてなしを受けていてもおかしくないですからの」
おっと聞き逃せない情報が出てきたな。あるいはそういう風に誘導してるんだろうけど、乗っておこうか。
「村長、クラフターがこの世界の外からやってきたということを知っとるんか?」
「もちろんじゃ。もっとも、そういう風に言い伝えられているというだけじゃがの」
「そのことについて教えてもらってもええか」
村長は鷹揚に頷き、クラフターの伝説について語り始めた。
――昔々、この世界は平原が広がるばかりであった。
それを寂しく思った神様は色々な物を生み出した。
地形であったり海であったり、人間であったりした。
だが所詮自然は自然でしかなく、生み出されたばかりの人々は
悩みも無ければ望みも無く、ただ頭や腕を振って跳ね回るだけ。
神様は気がついた。
自分が本当に欲しかったのは、創造の楽しみを分かち合える誰かであると。
そこで神様はこの世界の外の住人達を招いて、創造の力を分け与え、
一緒に楽しもうと考えた。
この招かれた人々こそがクラフターである。
クラフター達の自由の発想や願望、そして何よりも創造への果てなき欲求は
世界に幾度もの変化をもたらし、新たな物を生み出していった。
「もっと色々と細かく、様々な逸話も他にあるんですがの。ひとまずクラフターという存在が元来はこの世界の外からやってきたというのは、このように伝説の冒頭で語られていることなんじゃ」
「せやったんか」
村長の言葉に相槌を打ちながら俺は考える。
ところどころ違っていたり抜けていたりしそうなところはあるが、今の話って開発版時代のことだよな。Cavegameという仮タイトルがつけられていた頃のことだ。そう時間が経たないうちにネット上でプレイ可能なクラシック版がリリースされて、1年足らずでベータ版、さらに1年で製品版になるんだからほんとすごい開発ペースだ。
しかし、神様ねぇ。ゲームの話だったらマインクラフト生みの親であるNotch氏ってことになるんだろうが、まさか氏が本当にこの世界を作ったってわけじゃなかろうし。それに途中からは他の開発スタッフだっているんだ。
「その神様ってのはそれからどうしたんや?」
「この世界に何か大きな変化が起きた時は神の御業によるものと言われておるがの。伝説ではとんと姿を見せなくなってしまうのじゃ」
ああ、日本神話の別天津神みたいな存在なのか。ほとんど名前だけで、実際の役割は登場人物というよりはもっと概念的なものというか。諸説あるけど今の説明だとあまり気にしなくて良さそうだ。本当に存在するというよりは天変地異の理由として使われる舞台装置のような扱いか。
「じゃがクラフターが過去にいたというのは事実じゃ。この世界の人々が持たない発想、物を作り出す力で多くの恵みを齎し、地獄のような世界を旅したり終焉を招く竜を封印したりしたとされておるよ。人々にとってはクラフターの方が神様のような存在かもしれないの」
そう言って村長は冗談めかすように微笑んだ。
「ありがとうな村長。クラフターがこの世界でどんな存在っちゅうのかは大体分かった。それで――村長はどうしたいんや?」
「儂はな、茜殿とこの村とが仲の良い友人になれればいいと思っておるよ。野菜の種だけでなく色んな物のやりとりも出来るじゃろうて」
村長に嘘をついている風は無かった。
でもやっぱり何となく含みがある気はするな。まあいくらクラフターが恵みを齎す神様のような存在とは言っても、結局は千差万別だろう。詳しい話は知らないしあまり知りたくないが門番の例の話も残っているわけで。
「分かった。それならこれからはウチらは友達やな」
俺がそう言うと村長はほっとしたようだった。
どうやら友好関係を築けそうだ。
「とは言っても、色々と物を交換出来るようになるんはもっと後のことやと思うけど。ウチ、まだ全然素材も集められてないねん」
もっとも、大した交易が出来そうにないというのが目下の問題か。
だが俺の言葉に村長は意外そうな顔をした。
「ふむ、それなら心配無いと思いますぞ?」
「おおっ」
「これがクラフターの力か」
「伝説は本当だったんだなぁ」
俺は最後のブロックを設置し終えると一息ついた。村人達の感嘆の声が聞こえる。
長年の風雨により傷んでいた家々の屋根、でこぼことして歩きにくくなっていた道や坂、すっかり崩れてしまっていた畑の囲いその他諸々の問題。村中を直すには時間も人手も必要で、されど日頃の仕事もあり対処が後回しになってしまっていた。
それらもクラフターにかかればこの通り。全部終わるのに何日かかるか分からない修復作業がたったの半日で……無理に決まっている。とりあえず作業には区切りをつけたが、全体の10分の1も終わっていない。
常々感じていることではあるが、この世界におけるブロックの設置や解体などは移動も含めてゲーム時代よりずっと体力も時間も使う。村程度の規模とはいえ、こぢんまりとした小屋みたいな家を建てるのとは訳が違う。というよりこの世界に来た初日の豆腐建築でさえ十分な休みが必要な程に疲れたのだ。終わるはずもない。
とはいえ遅いというのはゲーム時代と比べたらの話であって、現実で、しかも個人でと考えたら到底人間業ではない。それに半日で10分の1足らずなだけであって、全部終わるまでの期間は全く見通しが立たない程、遠くでもない。なるほど、クラフターが歓迎されるわけだ。しかもクラフターの能力は建設や解体だけじゃないしな。いわば最強の便利屋だ。
さて、俺は村長の提案を受けて、村人達から様々な物をもらう代わりにクラフターの能力を活かせる依頼を引き受けることにした。考えてみれば物々交換も金銭によるやりとりも、要は両者がそれだけの価値があると認める物を引き換えにしているに過ぎないからな。
俺としても素材を集めて交換するよりはこちらの方がお手軽だし、村人も手元のちょっとしたものを渡す代わりに面倒な仕事が減る。Win-Winの関係になれたんじゃないだろうか。
まだまだ続きは残っている。そういうわけで今後しばらくは時々村を訪れては修復を行ない、その対価に色々と貰うという話に落ち着いた。大体こんなものが欲しいと言って、村にあれば貰うという感じだ。
さしあたっては今日の分を受け取るのだが、いったい何を貰えるのだろうか。これからは村での寝泊まりに使っていいと言われた空き家で俺は村人が来るのを待っていた。日も暮れて、時刻はすっかり夜になっていた。
「茜殿、お待たせした。こんなものはいかがだろうか?」
やがて扉をノックされたので開けると、そこには白い服を着た村人、司書がいた。後ろには台車があって、色々と載っている。
「へぇ、ぎょうさんあるなぁ。この中から選ぶっちゅうことか」
「いいえ、これが今日お渡しする全部ですぞ?」
どれを受け取ろうかと考え始めた矢先にそう言われてぎょっとする。
これ、全部かい! いや見た目よりたくさん物を持てるって、インベントリの存在は教えたけども。
「皆感謝しておるのです。それにやはりクラフターに会えて少し奮発したのでしょう」
「あー、そんなら有り難く受け取っておくわ。ありがとうな」
お祭りだと財布の紐が緩くなるとかそんな感じか。ちょっと信仰の対象がやってきたからお布施みたいな雰囲気もあるけど。まあ初回ということもあるのだろうし、次回からはもう少し落ち着くか。別にたくさん貰えるのが嫌なわけではないんだが。
何があるか見てみる。おお、服だ。何着もあるし結構デザインもいい感じだ。ずっと最初に着てたのを洗って使い回してたから助かる。女物の下着もあるな、たぶんメイドさん向けのだな。まさか村人が着るわけがないだろう。無いよな? 他にも日用品が色々とある。この世界にやってきて日が浅く物が足りてないというのを考慮してくれたのだろう。すごく助かる。
「ん? レシピブック!」
「おっと、それは私からですな。クラフター殿になら役に立つかと思いまして」
本が置いてあったので手に取ってみる。中身を覗いてみるとそれはレシピブックだった。
クラフトに必要なアイテムやその配置の一覧表である。バニラのマインクラフトでも最近は標準機能として追加されたが、それではなくMODで追加されるものだ。ゲームの時と同様に他のMODのレシピも記載されている。野菜の種とかその他諸々より、今回の一番の収穫かもしれない。後でじっくり読んでおこう。
今回は大体そんなところだった。他に大きなものとしては素材として粘土の山があったり羊毛があったり洋式の便器があったり……。
「えっトイレ!?」
「この家のトイレは向こうですぞ?」
「いや、そうじゃなくて」
びっくりして思わず声が出た。どう見てもこれトイレの便器だよな? いつもの備え付けるやつ。でもトイレは下水設備ないとあってもただの椅子にしかならないのでは。
「む? トイレとはそのまま流したものが消滅するものではないのですかな?」
何それ怖い。
しかし、その後司書が帰った後に彼の言葉が正しかったと分かるのであった。
恐る恐る周囲を掘ってみたが、特に配管は無かったので流したものは本当に消滅しているのだろう。
大きさ的に無いとはいえ、トイレに吸い込まれるのを想像して少し怖くなった俺であった。