「わぁっわぁっ」
どこかの人面草みたいな声を出しながら、葵が何度も手元のアイテムを入れ替えては戻している。
ひとまず焼き鶏を食べてみた葵ではあったが、この世界にマインクラフトの仕様が適用されているということが信じられなかったらしい。そこで俺は簡単にクラフターの能力の使い方を教えると、インベントリにあったアイテムをいくつか渡して試してもらうことにした。
それから彼女はずっとブロックを置いたり取ったり、アイテムを入れ替えたり使ったりしている。童心に返り目を輝かせているその様は、ちょっと大人びた雰囲気のあったさっきまでとは大違いだ。
「葵ーそろそろええかー?」
「……はっ! う、うん、確かにお姉ちゃんの言う通りみたいだね」
俺が声をかけると葵は僅かに硬直した後、キリッとした表情になりそう言った。
ちょっとだけ頬を染めているのは見ないふりをしてやろう。突っついたらまた話が脱線しそうだし。
「葵はどのくらいマインクラフトのことを知っとる?」
「うーん、悪いけどあんまり知らないんだよね。何回か動画を見たことがあるくらいかな。お洒落な建物とか風景とかのPVみたいな感じの」
葵にマインクラフトに関してどのくらい知っているかを尋ねると、彼女は少し申し訳なさそうな様子でそう答えた。
ふむ、葵はほとんど新規プレイヤーくらいの認識ってところか。
「なるほどなぁ、まあ問題ないで」
「そうなの?」
俺が葵を安心させようと言うと、彼女は小首を傾げた。可愛い。
見た目は
やっぱり中身が違う。
「せや。マインクラフトは基本的に高度な知識や腕前を要求されるゲームやないからな。それにこの世界はあくまでマインクラフトに似ているだけや」
「ということは、ゲームとは色々と違うんだ」
今まで散々体感してきたことだが、なまじゲームのことを知っていると現実らしくなってる部分で混乱したり痛い目に遭ったりするからな。
ゲームの知識に引っ張られるより安全だろう。
「さっき葵が試していたことくらいが出来れば、とりあえずは問題ないと思うで。知ってないと多分出来ないことはウチが教えたるし。まあウチも全部分かっとるわけやないけど」
「ううん、とてもありがたいよ。ありがとう、お姉ちゃん」
そう葵に微笑まれて、少しドキッとする。
……さっきからどうにもいちいち葵ちゃんが可愛くてしょうがないな。一挙手一投足に振り回されている感じだ。
これも茜ちゃんボディに精神が引っ張られているのだろうか? いやいや、さすがにこれは俺の側の問題だろう。元の茜ちゃんがどうなのかは知らないけど、普通に考えたら彼女が葵に対して抱いているのは姉妹愛の範疇だろう、多分。だよな?
それにしても確かに彼女が美少女ではあることは間違いないし好みのタイプであるとはいえ、俺の反応はまさしくモテない男のそれだ。というか、ぶっちゃけアレだよな。
そう思うと途端に気分が沈んできて……。
「はぁ……ウチって本当に……」
「えぇっ!? なんでそんなに落ち込んでるの!?」
いかん、溜息が出てしまった。
慌てる葵を何でもないと落ち着かせてから話を進める。
「ともかくこの世界ではマインクラフトみたいなことが起きるってのは分かったと思う。それでこれからどうするかなんやけど、ひとまずウチの作った拠点に行かんか? ちょっと歩くことにはなるけど」
「拠点? ここは違うの?」
俺は頷いた。
「せや。さっき平原で目が覚めたって言ったやろ? この森をあっちの方角に行くとその平原に出てな。そこに拠点建てたんよ」
「分かった、それじゃ早速行こう」
葵はワンピースの裾を軽く払うと立ち上がった。
水色の髪がふわりと揺れる。
「動いて大丈夫なん?」
「平気だよ。確かに昨日はちょっと転んじゃったけど、特に怪我になったわけでもないし」
そう言う彼女からは確かに具合の悪そうな様子は見受けられなかった。
実際には転んだ分のダメージは入ったんじゃないかと思うが、多分自然回復したんだろう。クラフターの身体能力様々である。
「ならええんやけど。ほな、行くか」
2人で連れ立ってセーフハウスを出る。
それから元来た道、拠点の方へと森を歩き始めた。
敵を警戒していることもあって口数も少なかったが、ふと葵が言った。
「それにしてもお姉ちゃんはよくこの世界がマインクラフトに似ているってことに気がついたね」
「ま、まあな。これくらいお手のもんや」
感心した風の葵に、俺は内心の汗を隠して胸を張った。
虚勢? 何のことやら?
初日に穴に落っこちてずぶ濡れになった挙げ句、半泣きで壁を叩いたらアイテム化したなんて話は、知らない。
「着いたで」
森を抜けて無事に拠点に到着した。
慣れ親しんだ、と言える程にはまだ住んでいないが家に帰ってくると少しほっとするな。やはり帰る場所があるっていうのは安心する。
「お、お邪魔します?」
「ただいま、っていうのも初回だと何か変やしなぁ」
俺が玄関のドアを開けて入ると、葵もおっかなびっくりといった様子で続く。
その様子に少し頬が緩むのを感じながら俺は葵に席を勧めた。
「待っててな、今飲み物出すわ」
「ありがとうお姉ちゃん。へぇ、冷蔵庫とかなんてあるんだ」
「元々のマインクラフトには無いんやけど、どうも色々追加されてるみたいでな」
村でもらった茶葉を取り出している間、周りを見回した葵が呟いた。
それじゃオーブンに茶葉を入れて、石炭をセットしてと。
「えっ」
後ろで葵が何かに驚くような声を出した。ふむ、変な物なんて置いてあったかな?
さほど待たずしてお茶が出来上がる。Pam’sModsでteaとして追加される飲み物で、外国におけるお茶ということもあってか中身は紅茶だ。緑茶も和風系のMODで導入されているようだが残念ながら今は素材が無くて作れない。
「淹れたで葵ー……葵?」
「なっなっ、なんでオーブンでお茶が!? それにカップも水もどこから出たの!?」
「さあなーウチにも分からへん」
葵はどこからカップや水が出てきたのか理解に苦しんでいるようだった。
ああ、そういうことか。
もう全く気にしていなかったが、不思議と言われればその通りではある。
「もう、魔法同然だね」
「魔法自体はこの世界には無いみたいなんやけどね。ちなみに料理も一瞬で作れるで。せや、ついでやしお昼も食べよか。時間的にはブランチやけど」
朝目覚めて森から帰ってきて、太陽の位置からして今の時刻は多分10時を回ったくらいだろう。
すっかり数時間歩くくらいは何とも思わなくなったな。元の世界じゃ無かったことだ。
「ちょ、ちょっと試してみていい?」
「ええで」
少し興味を持った様子の葵に頷く。実際に自分で試してみた方が実感が湧くだろう。
見た目よりも収納出来る冷蔵庫にも驚きながら、葵は食材を取り出した。そのまま調理台でクラフトするとあっという間に料理が出来上がる。肉野菜炒めにスープだ。
「うーん、あっけないなぁ」
「葵は料理好きやったか。まあ、作ろうと思えば普通に作れるとは思うで」
葵はどうもしっくりこないというか、残念そうにしている。
そりゃあ料理を作るのが好きな人にとっては楽しみが減るだろうな。
一応クラフトに頼らずとも調理道具はちゃんとあるし、その気になれば通常の調理も出来るだろう。
「まま、何はともあれ食べよか」
「そうだね。それじゃあいただきます」
料理を机に置くと席に着いて、2人で手を合わせる。
思えば、この世界に来てから初めて誰かと一緒にご飯を食べるんだなぁ。
村では料理は宿代わりの家に持ってきてもらったし。
それにクラフトで一瞬で出来上がったとはいえ、これって葵ちゃんの手料理ってことになるよな。
葵ちゃんが作ってくれた手料理を一緒に食べる、か。
なんて贅沢なシチュエーションだと内心の感動を隠しながら一口。
とは言ってもクラフトで作る料理の味は……。
「う、美味すぎる!?」
俺は思わずガタリと音をさせながら席を立った。急な俺の動きに葵がびっくりしている。
一昨日の夜、そして昨日の朝に俺がクラフトしたのとは明らかに味が違った。塩加減に、風味に……いや、味だけじゃない。野菜のカットとか肉の焼け具合からして別物だ。材料に大きな差は無いだろうし、手順も一緒のはず。後は作った人が違うくらいのはずだが。
あ、そうか。もしかして料理のクラフトって作成者の料理の腕前が反映されるのか?
だとしたら村で振る舞ってもらった料理と俺の料理とで味が違ったのも納得だ。
記憶は無いけど自分のことだ、何となく察しはつく。食えればいいやみたいな感じで適当に料理してたか、あるいは弁当や外食で済ませてたんだろう。そりゃあ微妙な味になるわけだ。
それはそうと、1つ大事なことがある。
「く、口に合ったようで何よりだよ……えっ?」
俺は困惑する葵を余所にその手を取った。
真っ直ぐに彼女の目を見つめる。
「葵」
「な、何?」
そして、葵を助けた時を除けば恐らくこの世界に来てから一番真剣な気持ちになり、彼女に頼み込んだ。
「これから毎日ウチに料理を作ってぇな!」
「う、うんいいけど……っ!?」
俺の気持ちが伝わったのだろうか、葵は頷いてくれた。
良かった。彼女の料理を食べた後だと俺の雑な料理では満足出来ないからな。
ウキウキと喜んでいた俺だが、ふと葵の様子がおかしいのに気づく。
まるで思いがけずとんでもないことを言ってしまった、そんな感じだった。
「おお、ありがとうな! ……ん、どうしたんや葵? もしかして本当は迷惑やったか?」
「な、何でもない。ほら、冷めちゃうよ」
声をかけてみたものの、彼女はそれっきり黙々と食事を再開し何も言わなかった。
勢いで言ってしまったが、本当は迷惑だっただろうか。
気にはなるが分からない。それに本当に俺の勘違いだったのなら、考えても仕方ないしな。
まあ本人が何でもないと言っているのだから、それでいいか。
そんなことを考えつつも、俺は葵の手料理に舌鼓を打つ。
葵がその様子を時折見ては、何やら悶々としていたのにはついぞ気づかなかった。