「ごちそうさん。ほな、お腹も膨れたところでもう1回最初から順を追って話そうか」
ご飯を食べ終えて一息ついたところで話を戻す。
森のセーフハウスではいきなり認識のズレが出てきて、そのまま
「うん。とは言っても私の方はさっき話したくらいかな」
葵によれば、彼女と茜はこの世界に来る前、古本屋にいたらしい。休日にはよく2人で外出するらしく、その日は葵の希望で本屋に行こうということになった。初めは何度か行ったことのある大きな本屋を目指していたものの、その途中にある小さな古本屋に試しに入ってみたのだという。
「今までもお店の前を通ったことはあったんだけどね。入ったことは無かったのを思い出したらちょっと興味が湧いたんだ」
その古本屋は見た目のくたびれた雰囲気とは裏腹に、中は意外としっかり手入れされており、本の状態も悪くない感じだった。比較的最近の本もあれば、ちょっと年代の古そうな文庫本や画集、さらには知らない言語で書かれた本までが並んでいたという。
思いがけない穴場だったとウキウキしながら、ふと題の無い、まるで大きな日記帳のような古ぼけた本を2人は見つけた。どんな内容なのかと思い、封もされていなかったので軽く表紙を開いてみた。
すると一瞬、目眩を起こしたかのように視界が暗転して……。
「それで気がついたら、もう森の中にいたんだよ」
見覚えのない場所にいて、一緒にいたはずの茜も居らず。最初は白昼夢か何かとも思ったが、どうも現実であることが分かって彼女は途方に暮れた。幸いにもリンゴの木を見つけて飢えこそ凌いだものの状況を打破する方法は思いつかず、それどころか夜になれば怪物まで出てくる始末。
1週間の間、当て処もなく森を彷徨い、夜は怯えながら物陰に隠れて過ごし。しかし、雷雨に驚いた拍子に怪物に見つかってしまい、いよいよ後が無くなった。
「それでもう駄目だって思ったところで助けられたんだ。改めてありがとうね、お姉ちゃん」
「ん、姉が妹を助けるなんて当たり前やろ。気にせんといて」
微笑んで礼を言う葵が少し眩しく見える。
若干頬が赤くなるのを自覚しつつ、それを誤魔化そうと素っ気なく返した。
「しかし、話聞く限りじゃどう考えてもその本が怪しいな」
「だよね。結局内容も確認出来てないから何の手がかりらしい手がかりも無いんだけど……」
「まあ、それはしゃあないやろ。しかし、世界を越える力を持った本なぁ」
深い溜息をついた葵を慰めつつ、話を聞いた俺は引っかかる物を感じていた。
古ぼけた本、世界を越える、マインクラフトにも関わりがある。この3つのキーワードが当てはまる物を俺は知っている。
その様子を見て取ったのか、葵が尋ねてきた。
「お姉ちゃん、何か心当たりがあるの?」
「1つだけ。ウチの知ってる限りじゃ、多分MystCraftってMODが当てはまると思うんやけど」
――MystCraft。これは1993年に発売され、世界的な人気を博したアドベンチャーゲーム『MYST』をモチーフとしたMODである。
このMODでは時代の書と呼ばれる本が追加され、この本を使用することで別の世界、すなわち別ディメンションを生成し、転移することが出来るようになる。基本的には通常世界が少し変化したようなディメンションを生成するだけだが、世界を構成する要素を決定するシンボルを収集し、記述した本を使用することである程度好みの世界を作ることが出来るのだ。自然な豊かな世界からサイケデリックな感じの世界まで、ネザーやジ・エンドに似た雰囲気の世界だって作れる。もっともネザーやジ・エンドそのままの世界を作ることは出来ないのだが。
ただし不安定指数という要素があり、あまりに欲張った構成にすると生活どころか活動すら困難な世界が出来上がってしまうので注意が必要だ。極端な例ではあるがダイヤモンドや金がたくさん生成される世界を作ろうとするとこの不安定指数が急増して、隕石がたくさん降ってきたり突然空間が爆発したり、挙げ句の果てには崩壊因子というブロックが世界を侵食し始めるなどの危険もある。
またそれとは別に元の世界に戻るための手段を準備しておかないと帰れなくなり、最悪詰みの状況に陥ることもある。そうなったらゲーム内でコマンドを入力するなり、何かしらのチートMODに頼る他にない。まあ仕様をしっかり理解して遊ぶ分には楽しいMODではあるのだが。
「それじゃあそのMODのアイテムがあれば……」
「そこが問題なんや。村で貰うたレシピブックに載ってなかったんよな」
少し期待を見せる葵に、しかし俺は首を横に振った。
俺は村で受け取ってから何回かレシピブックに目を通した。これにはバニラのアイテムだけでなく、他のMODのアイテムも載っている。そしてそれは通常のクラフトではなく、ブロックを設置したり専用のツールを使用したりするものも同様で、レシピは載っていなくてもアイテムだけは載っているのだ。
実際、MCヘリコプターや家具系MOD、和風系MODなんかは仕様が変わっている部分もあったが、それでも必要なレシピやアイテム自体はちゃんと記述されていた。だからこの世界にMystCraftのアイテムがあれば載っていると思うのだが、無いということはこの世界には適用されていないということなのだろうか。
「それにゲームのままの仕様やと日本に帰るのには使えへん」
もう1つ重要なのは、MystCraftの時代の書は新たに世界を生成して移動出来るようになる本であり、既に存在する世界に繋がるようには出来ていないということだ。未接続の接続書という本を使えば、使用した地点を記憶させることは出来るが、つまりそれは今回の場合、日本で使わなければいけないということになる。そしてそれが出来るのであれば、わざわざ用意する必要もないわけで。
これがMystCraftではなく原作の『MYST』に出てくる記述書であれば多少話は違ったのだが。俺も『MYST』をプレイした記憶がないので曖昧な情報しかないが、MystCraftでは時代の書と呼ばれることの方が多い記述書は、原作においては無限に存在する並行世界から限りなく記述に近い世界に繋がるという代物らしい。もっとも原作の記述書は特殊な技術で作られており、独自の文字やインクで詳細に記述しなければならないらしく、どのみちハードルが高いのに変わりはない。
「まあ当面はここで何とか生きていけるようにして、それから色々探してみるしかないやろうな」
「そっか……」
葵は肩を落として落胆したようだった。
朗報を伝えられずに心苦しいが、期待を持たせるような嘘をつく方が裏切りになるだろう。
今は考えても仕方がない。仕切り直すように俺は努めて口調を変えつつ、口を開いた。
「じゃあ、次のウチの番やな。ウチは1ヶ月くらい前にこの家が建ってる平原の、向こうの方で目が覚めて……」
俺は今までのことを思い出しながら葵に話した。
平原で目が覚めたこと、クラフターの能力に気がついたこと、探索をしたり拠点を作ったりしたこと、村を見つけて交流したこと等々。他にもこの世界で生活していて気がついたことも。ちなみに格好悪い部分は省いた。
「とまあこんなところやな」
「お姉ちゃん、結構逞しく冒険してたんだね」
「クラフターの能力のおかげやで、ほんま様々や」
ふんふんと頷いていた葵の言葉にそう返す。
実際、この能力が無かったら初日の段階で死んでいたことだろう。穴から出られずそのままか、よしんば這い上れたとしても夜になってからモンスターに襲われていたか。そう考えると葵が1週間生き残っていたのってすごいことだと思う。
「とりあえずここなら衣食住も確保出来とるし、夜も安全や。2階には空き部屋があるし、葵の部屋にしたらええんちゃうかと思うとるんやけど、どないする?」
ともかく話が一段落したところで、俺は葵に提案する。
元々はメイドさん用に用意していた空き部屋があるからな。もし今後メイドさん雇っても、もう1部屋なら増やせる空きスペースもあるし。
彼女は頷いた。
「ありがとう。これからよろしくね、お姉ちゃん」
「ほな、ここに何があるか説明しよか」
それから俺は葵と共にこの拠点を回って色々と説明することにした。
とはいっても家のどこに何があるかとか、畑や牧場のことぐらいかな。
「えーっと、まず今いるこの場所がリビング兼ダイニングキッチンやな。それで後ろの扉が裏口で、そっちの扉2つがそれぞれトイレと洗面所にお風呂」
「お風呂!」
「がある、で」
お風呂という言葉が出た瞬間、葵は食い気味にガタッと反応したものの、すぐ顔を赤くして大人しく座り直した。元気な様子にちょっと忘れてたけど、考えてみればここ1週間、ろくに落ち着けないサバイバル状態だったんだよな、葵。昨晩やっとぐっすり寝れた感じか? そりゃあ女の子じゃなくてもお風呂恋しくなるか。
「あー……先に風呂入るか? 着替えはウチのなら入るやろ。まだ貰うてから使ってないのあるし」
「う、うん。お願い」
そんなわけで葵を風呂に案内すると、俺は2階の自室から着替えを持ってきた。こういう時、双子だと体格も一緒で便利だな。いやまあ、双子だからといって必ずしもそうなるとは限らないだろうけど。
洗面所に着替えを置く時、お風呂からは葵の鼻歌が聞こえてきた。相当上機嫌な様子だったので、声をかけずにそっと置いてリビングに戻る。留まってお風呂模様を窺うなんてことはもちろんしない。ギャルゲーとか18禁とかの性欲持て余してる主人公じゃないんだから。
というかせいぜい鼻歌歌ってて可愛いくらいにしか感じないな。体も特に反応しなかったし。いや、するようなものも今はついてないが。
「良いお湯だったよ」
やがて少し火照った様子の葵が風呂から上がってきた。村で貰った普段着は何となく民族調だけど色は地味な感じだ。でも彼女が来ているとなかなか様になってお洒落に見える。
「おっなかなか、可愛いやん」
「そ、そうかな。って見た目だったらお姉ちゃんだって変わらないでしょ」
そうだった。
さて、葵がさっぱりしたところで拠点の説明に戻るとするか。
「こっちの廊下右手にあるのが作業場兼倉庫や。作業場言うても作業台あるくらいでほとんどはチェストしか置いてへんけど」
「うんうん」
まずは家の中から説明しよう。そんな複雑な構造でもないからすぐに終わるけど。
「で、こっちが階段で2階に上がれる。曲がってすぐがウチの部屋で、こっちが葵の部屋になるな。後で色々置こうな。それからこっちがエンチャント部屋とか何か部屋を増築出来る空きスペースや」
「あっ、こっちはちょっとしたベランダになってるんだね。へぇ、ちょうど玄関の上なんだ」
ベランダはとりあえずスペースが空いてたから作ってみただけの場所だ。
あまり広くないから外を見渡すくらいの場所にしかならないけど。ああ、でも椅子と机くらいなら置けるか。外の風を感じながらゆったりする場所にするにはいいかもしれないな。
「それから外に出て、こっちが畑、あっちが牧場、ほんでこっちが採掘場の入り口やな」
一旦1階に降り、外に出る。
畑はまだ小麦が植えてあるくらいで野菜の栽培はまだ始めていない。多分葵に教えがてら植えることになるだろう。例によって水源と光さえあれば勝手にすくすくと育つ仕様だから大して教えることも無いのだが。
「牧場? どんな動物を飼ってるの?」
「ニワトリがほとんどで、後はウシとヒツジが何頭かいるくらいや。まあマインクラフト通りやね」
そういえば今日はまだ餌遣りをしてないな。
葵に教えるついでにやっておくか。
「せや葵、今のうちに教えとくけど餌を持っとる時は気ぃつけるんやで。奴らワーッて寄ってくるからな。柵があるから大丈夫やとは思うけど」
「そうなんだ」
葵に小麦と種を渡しながら言うが、いまいちピンと来ない様子だ。
まあすぐに意味が分かることだろう。
俺は動物小屋の扉を開けた。案の定、ニワトリの鳴き声がうるさい。
「ほーら餌やでー」
俺が種を放り込むとニワトリ共はまるで狂ったかのように殺到した。さながら1つの巨大な白い塊のようだ。
羽やら砂やら辺りを舞う。すごくむず痒い。後ろでは葵がくしゅっとくしゃみをしている。
「と、まあこんな感じや。ヒツジやウシはもうちっと大人しいから安心してや。ほら、やってみ」
「う、うん」
葵の表情が引き攣っている。まあ、そうなるだろうな。
ウシを飼育しているスペースに行く。葵が手に持った小麦の束をおずおずと差し出すと、それに気がついたウシが寄ってくる。ウシが小麦を銜えた一瞬、少し肩の跳ねた葵だったがウシが大人しく食べ始めたので安堵したようだった。
……何だかウシの態度が俺の時よりも大人しい気がするのは気のせいだろうか。いつも俺が餌を遣る時はもうちょっとぞんざいというか、ふてぶてしい感じなのだが。
腑に落ちない物を感じながらもヒツジの方には俺が餌を遣る。いつも通りひったくるように手から取ってムシャムシャしている。うん、まあ気のせいか。
そう思っていたらヒツジが葵にも小麦をせがみに行った。葵が束を差し出すとひったくるように……!?
「…………」
ヒツジは葵が持ったままの小麦を大人しく食べている。さもお利口な動物に早変わりしたかのようだ。
何が違うんだ。見た目は色が違うくらいで大して変わらないだろうが。あれか、中身か。動物は人の心を見抜くってのは本当なのか。
黙りこくってその様子を眺めていた俺に葵が訝しげに問いかけてくる。
「お姉ちゃん?」
「何でもないで」
とりあえず、これからは牧場の餌遣りは葵にやってもらうか。
その夜。
「よし、これでだいたいええやろ。また配置とか変えたくなったら好きにすればええ」
「ありがとうお姉ちゃん」
拠点のことを一通り説明してからはクラフターの能力の使い方とか身体能力の説明とか、後は村で貰った本を読むなどしてゆっくりと過ごした。やがて夕飯や俺も風呂を済ませて寝る頃合いになる。
そこで葵の部屋の準備を忘れていたことに気がつき、ベッドをはじめ家具をクラフトして葵の部屋に設置。アイテム化して持ち運べるため、模様替えもあっという間だ。
まだまだ殺風景な感じはあるけど、そこは葵の部屋だし葵の好みに任せる。多分、俺の部屋と違ってすごく女の子らしい感じになる気がする。こういうのって人のセンスで差が出るからな。
「そんじゃ、おやすみ葵。また明日な」
「あっ……うん、おやすみお姉ちゃん」
葵の部屋を出ると途端に静かになる。昨晩葵と出会ってからは基本的に一緒に居たし、お風呂の時とか除けば1人になるのは1日ぶりくらいか。大した時間でもないのに、ここのところ基本的には1人で活動していたのに、少しだけ物寂しい感じがするな。
自室に戻ると部屋の照明を落として早々にベッドに潜り込む。何だかんだで疲れたな。昨日も一応は寝たけど、こうして落ち着いて横になったわけじゃないし、森をしばらく歩いて、色々会話して、説明してと結構活動したからな。当たり前か。
目を閉じる。意識が広がっていくような、あるいは逆に深く沈んでいくような感覚がする。自分の息遣いだけが静かで暗い部屋の中に響くようだった。
……うん? 何か物音がする。小動物の鳴き声のような音を立てて扉を開閉するのが隣から聞こえた。それからとっとっという軽い音がこの部屋の前で止まり、控えめなノックが微かにした。
「……葵?」
起き上がって扉を開けると、はたしてそこには寝間着姿の葵が枕を持って立っていた。
暗い中でも、不思議と彼女の綺麗な空色の髪は映えて見える。
姉とお揃いの色をした瞳がじっとこちらに向いていた。
「その……静かすぎて、眠れなくて」
ぽつりと、あえて一番でない理由を告げたのであろう彼女はとても儚く、今にも消えてしまいそうだ。
だから俺は、一言だけ言った。
「一緒に寝るか」
「……うん」
はにかみながらも葵は頷き、そっと枕を抱きしめた。