『琴葉茜』とマイクラ世界   作:糸内豆

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第23話 『琴葉茜』の謝罪

 気がつくと目の前には心配そうにこちらを覗き込む葵の顔があった。

 後頭部には柔らかい感触。俺は彼女に膝枕されて介抱されているようだ。

 

「……あ、れ。生きて、る?」

「お姉ちゃん! 良かった、そうだよ生きてるんだよ!」

 

 ぼんやりとした頭で周囲を見渡す。

 そこには石があるばかりだった。天井も、壁も、床も全部が石。強いて言えば光源として松明が1本壁に設置してあるくらい。どうやらここは地下で、ちょっとした小部屋のように掘った場所のようだ。

 

「えっと、これってどうなってるん? 確か、崖から落ちたと思ったんやけど」

「うん。順を追って話すね」

 

 俺が尋ねると、葵は頷いて話し始めた。

 彼女によれば俺達は崖から落ちたものの、どうやら谷底に広がっていた水溜まりに落ちたおかげで落下死せずに済んだらしい。それまでの落下速度が嘘のようにあっさりと着地したのだとか。

 

「ああ……何や体が重いと思たらそういうことか」

 

 見れば着ている服がぐっしょりと濡れているし、それ以外にも肌に触れる空気の感触が濡れた時のそれだ。試しに服を軽く片手で絞ってみると僅かに水が滴り落ちた。いくらか水は抜けているようだが、湿った感覚が気持ち悪い。正直葵の目が無かったらここで脱いでしまいたいところだ。替えの服さえあればインベントリから一瞬で早着替えだが、持ってきてないし。今後外に出る時は持ってきておくか。

 さて。水に落ちたおかげで助かった俺達ではあったが、落下の恐怖からか葵と違って頭から落ちたためなのか、俺は気絶してしまっていたらしい。窒息する前に慌てて俺を引き上げ、水を吐き出させた葵だったが、薄暗い渓谷の底ということもあってか周囲にはモンスターの気配。ブロックを積み上げたり階段を作ったりして上に戻ることも考えたものの、()を抱えながらのジャンプは無理だし、守りながら作業をするのも厳しいと考えてひとまず横穴を掘って待避したのだという。

 そのまま今に至る。詳しい時間は分からないが、だいぶ長いこと気絶していたということだった。多分もう夜らしい。

 

「そやったんか。すまんなぁ、手間かけさせて」

「ううん、気にしないで」

 

 しかし、本来マインクラフトだったら起こらない地面の滑落のせいで危機に陥って、1マスでも水は落下の衝撃を吸収しきるというマインクラフトの仕様に助けられるとは。何とも皮肉というか。乾いた笑いが出そうになった。

 

「すまんなぁ、ホントに、すまん」

「……お姉ちゃん?」

 

 そして、こみ上げる申し訳無さも。

 命が助かったと分かってホッとしたからだろうか。

 気がつけば目元が熱くなって、水とは違う温い滴が頬を伝っていた。

 

「こないに葵を危ない目に遭わせて、もっとウチがしっかりしとれば――」

「それは違うよお姉ちゃん」

 

 葵はそっと俺の両頬に手を添えた。

 それから母親が幼子を落ち着かせるような、ゆっくりとした口調で言う。

 

「ついていくって言い出したのは私だし、足下に不注意になってたのは私だって一緒だよ。それに言ったじゃない、私も守られるばかりじゃないって」

「せ、せやけど……」

 

 確かについてくると言い出したのは彼女だった。安全圏から出る以上、基本的には自分の身の安全は自分で確保すべきというのはその通りだろう。

 だが、それでも俺にはどうしても納得出来なかった。言い出しっぺであり、先導者である以上、俺には彼女の身を守る責任があるんじゃないか。ましてや予想外とはいえ、幸運に恵まれなければ転落死していたなんて、到底許されることではない。

 そんな俺の様子を見て取ったのだろうか。葵は()の唇に人差し指を当てた。

 

「それに、お姉ちゃんは1つ大事なことを忘れてるよ」

「大事な、こと?」

 

 一体、何なんだろう。出発前からここ1週間までの記憶を思い返してみるが、さっぱり出てこない。本来の茜ちゃんと葵の間で交わした約束か何かがあるのだろうか。

 不思議に思いつつ尋ね返す。彼女はおどけた表情で口を開いた。

 

「うん。それはね――思ってたより泣き虫なお姉ちゃんはうっかり屋さんで、しっかり者なのはやっぱり私の方なんだってこと」

「な、なんやと!」

 

 小馬鹿にした感じの口調に思わずムッとして、涙声のまま語勢を荒げる。

 だが、葵の浮かべたしてやったりという笑みに、わざとだと察してそれも薄れた。

 彼女は頬に当てていた手を動かし、()の髪を梳くように撫でる。優しい手つきが心地よい。

 

「ふふ、元気出た?」

「……ん」

 

 まんまと手玉に取られている気がする。さっきまでの沈んだ気持ちはどこへ行ったのやら、癪な感じがしてぶっきらぼうに答えたものの、それすらも見透かされているのだろう。くすくすと笑う彼女は実際の歳よりも幾分か大人びて見えた。助け出した時とか夜に一緒に寝た時とはまるで別人のようだ。

 でも――そう見えているのは彼女の方も同じかもしれないな。我ながら、おかしな言い方ではあるがどうにも人格がブレているような、そんな感覚がする。はたして自分はこんなにも打たれ弱い性格だっただろうか。

 スケルトンやクリーパーに奇襲を受けた時なんて、自分でも驚くくらい即座に対応していたのに。今回の落下だって水入りバケツを手にして、どうにかあがくくらいの芸当は出来たはずだ。責任を押しつけるつもりではないが、葵ちゃんと出会って以来どうにもこんな調子だ。一緒に暮らす相手が出来て気が緩んでいるのか。あの悪夢が今も尾を引いているのか。……彼女に隠し事をしているという後ろめたさがそうさせているのか。

 あるいはもっと単純に、無意識に葵ちゃんに良いところを見せようとして空回りしてるとかかもしれない。ああ、こっちの方がありそうだな。あれだ、普段人付き合いの少ない奴がすっかり舞い上がって大ポカしちゃうアレ……。

 

「あ、また何か落ち込んでる。でもこの分なら大丈夫そうかな」

 

 葵が何か独り言を呟いているが、それが気にも留まらないぐらいに気分が下降した。

 いかんいかん、悪い癖だ。昔の記憶なんて覚えてないのに、よくある失敗譚をまるで我が身の黒歴史のように感じて、勝手に落ち込んでしまう。いやまあ、あったのかもしれないが、いちいちダメージ食らってちゃキリがない。

 と、そんなことを考えていたらくぅ、とお腹の鳴る音が小部屋に響いた。

 音の出所は……。

 

「葵、腹の虫が鳴いとんふぇ!」

「お姉ちゃんのね」

 

 ちょっと気恥ずかしかったので、葵のお腹が鳴ったことにしよう。 

 そう思い素知らぬ顔で嘯こうとしたところ、葵に頬をぐにぐにと揉むように引っ張られた。

 

「ちょうどいいし、何か食べよっか。それに時間も時間だし改めて一休みした方が安全かもしれないね。……えいえい」

「いふまへやっほるんひゃ!」

 

 さて、葵の手を退けて体を起こした俺は早速インベントリから食料を出すことにした。

 さっきの葵の話からして夕食になるのだろうか。外の様子が分からないから何とも言えないけど、確かにもうちょっと休んでもいいかもしれない。どうにも体が休まった感じがしないし。

 ……あれ?

 

「お姉ちゃん、どうかしたの?」

 

 食べ物を取り出さずにいるからだろう。

 パンと果物を手にした葵が怪訝そうに声をかけてきた。

 

「無い」

「えっ?」

 

 どうして俺が固まったか。簡単なことだ。インベントリ内に入れておいたはずの食料が見当たらなかったのである。

 

「い、いやいや、探し方が悪いだけかもしれんし!」

「そんな、インベントリは引き出しじゃないんだから」

 

 おかしいな。焼き鶏を入れたはずなのだが。出発前にちゃんと整理したはずだし。

 そんなことを思いつつ、脳裏にインベントリ内のアイテムを思い浮かべているとそれらしき影を見つけた。

 

「おっ、あった……」

「……焼き、鶏?」

 

 これだと思い俺はそれを引っ張り出したが、手に現われたのは白い脂身と鮮やかな赤身。要するにニワトリの生肉だった。

 ……えっ、まさかこれって。

 

「お姉ちゃん、ひょっとして焼き鶏と生肉間違えたんじゃ」

「そそそんなことはあらへん! ウチはベテランクラフターの茜ちゃんやで!」

 

 信じられない物を見るような目を向けてくる葵の視線が痛い。

 というか我ながらビックリである。生肉と焼き鶏間違えるなんてゲームの時でもしなかったぞ。

 いかん、このままでは株がだだ下がりする一方だ。どうにか理由を見出すんだ。

 ……そうだ!

 

「違うんや葵、これはな……」

「……これは?」

 

 

 

「……ジビエや! 一度食うてみたかったんよ!」

「……え?」

 

 意気揚々とそう宣言した俺に、葵は驚きを隠せない様子だった。

 うん、気持ちは分かる。だが最早止まれない。ここまで来たら押し通すしかない。

 

「分かる、分かるで葵。生肉食うなんて危ないんやないか、どうかしとるって思っとるんやろ」

「うん」

「そ、即答……ま、まあええわ。確かにニワトリの生肉食ったら食中毒になる可能性はある」

 

 意見を通す時は一旦相手に理解を示しているという態度を取ると良いと聞いた記憶が、無いけど知識の中にはある。無闇に主義主張を掲げるよりも当たりが柔らかくとか何とか。専門家でも何でもないから知らんけど。

 あ、ちなみにニワトリの生肉で食中毒になることはあってもブタやウシの生肉で食中毒になることはない。実に不思議な話ではあるが、ゲームの仕様でそうなっているのだから仕方ない。

 

「でもな、ここはマインクラフトの法則の適用された世界なんや。そんでもってマインクラフトでは食中毒はデバフとしてあったけど直接ダメージは受けへんかった。お腹が早く空くくらいのもんなんや」

「はぁ」

 

 そう、マインクラフトでは食中毒というデバフが存在する。これは毒とは違って直接に体力は減らないものの、満腹度の減りが早くなるというものだ。基本的に満腹度が0になればダメージを受け、難易度ハードなら餓死することもあるから全く放置しておいて平気というわけでも無いのだが。

 

「そして、その食中毒もな。なんと牛乳飲めば打ち消せるんやで。そしてその牛乳はちゃんと持ってきとる!」

 

 しかし、デバフということは牛乳による効果打ち消しが効くということでもある。マインクラフトにおける牛乳はステータス効果をプラスのものもマイナスのものも、装備によるもの以外の一切合切を解除する性質を持つ。

 つまり牛乳さえあれば、実質普通の食料を食べるのと大差無いということなのだ。これと同じ手がゾンビ肉や青くなったジャガイモを食べた時にも使える。……前者は現実となった今じゃ食いたくないし、後者に至ってはゲームの時ですら食わなかったけど。

 

「やからニワトリの生肉食ってそのまま満腹になればそれで良し、食中毒にかかっても牛乳飲めばすぐに回復。どうや、何の問題もあらへんやろ!」

「お姉ちゃん、私のパンと果物分けるからさ。それ仕舞おう?」

 

 だからニワトリの生肉を食べても大丈夫。

 そんな俺の力説に、葵は哀れみさえ感じさせる心優しい眼差しで以て応えた。

 

「思いがけない間違いなんて誰にだってあるんだから。だいたいジビエって別に生って意味じゃ……あっ!?」

「まずっ、やない。へ、へぇ、ジビエってこんな味……えっ?」

 

 こうなったら目の前で実践して大丈夫なことを示すのみ。

 そう思って生肉をパクッといったところで、思いがけない一言が葵から発せられた。

 

「ジビエって、生食やないの?」

「全然違うよ! 天然肉って意味合いのフランス語で普通はちゃんと加熱して食べるものだよ!?」

 

 そう、だったのか。

 つまりジビエっていうのは生でも何も無くて、そもそも今食ってる牧場産の肉はジビエの条件を全然満たしていないということなのか。

 今の今までとんだ勘違いをしていた衝撃のせいか、怖気のような震えが全身に広がる。

 

「せやったん、か。……げ、うえっ」

「お、お姉ちゃん!」

 

 あ、いやこれ怖気でも何でもないや。

 俺は虚脱感を伴った腹痛に襲われた。それと同時に急速に胃の中身が消化されていくような、餓鬼というのは常にこんな状態なのかというような感覚も。間違いない、食中毒である。

 

「だから言ったのに!」

「だ、大丈夫や葵。こんなもん牛乳飲めばあっさり解消や」

 

 心配と呆れとが入り交じった葵に対し、脂汗を流しながらも不敵に笑い返してインベントリから牛乳入りのバケツを取り出す。

 それをゴクリゴクリと、ゆっくり飲む。……いや、思ったより多いなこれ!? そりゃバケツサイズなんだから当たり前のことではあるが。次からは瓶に移すか。でも瓶入りの量でちゃんと効果発揮するんだろうか。

 

「ぶはっ、うべっ」

「ちょ、ホントに大丈夫なの!? というか零れまくってるんだけど!」

 

 というかバケツが重さと腹痛による手の震えとで上手く飲めない。飲めてはいるのだが、たまに傾けすぎて口の端から溢れて体や床に零れている。既にびしょ濡れだからそういう意味では服の濡れる心配はいらないのだが。

 ぎょっとした様子で距離を取った葵の非難も何のその。やがて全身を覆う寒気が無くなった辺りで俺はバケツを床に置いた。

 

「はぁっ、はぁっ……どうや葵、食中毒は治ったで!」

「…………」

 

 どうにか胸を張って主張する俺だが、葵は完全にドン引きした様子でこちらに冷たい視線を投げかけるばかりだ。

 俺にとって居たたまれない雰囲気が暫し続いた、その時だった。

 

「……う、げぇっ!?」

「お、お姉ちゃん?」

 

 お腹の辺りにまだ違和感がある。そう思った次の瞬間には、俺は再び激しい腹痛に見舞われていた。

 おかしい、そんな馬鹿な。先ほどのような猛烈な空腹感こそ無いものの、内臓を握られるような苦痛が続く。

 いったい何が、起こって。

 

「あの、お姉ちゃん。もしかしたらなんだけど、これって状態異常と痛みは別物ってことじゃない?」

「べ、別物?」

 

 俺はうずくまって痛みに耐えながら、何とか聞き返す。

 葵は言葉を続けた。

 

「急激な空腹自体はマインクラフトの仕様として治っても、食中毒そのものによる痛みまでは消えないんじゃないかってこと。現実の法則とどんな感じに混ざってるか分からないから、確かなことは分からないけど」

 

 ここに来て、またゲームの仕様とのせめぎ合いだというのか。

 

「クラフターの身体能力からして大事には至らないんじゃないかな。まあ原因の生肉が消化されるまでは痛むくらいに考えた方がいいと思うよ。現実通りなら、2時間くらい?」

「2時間も……!? 無理やって、こんなに痛いのに」

「私にはどうしようもないよ。というか、あんなに止めたのに食べちゃうお姉ちゃんが悪いんだからね」

 

 ぐうの音も出ない。全くの自業自得である。

 葵は言い切るとそのままこちらに背を向けて横になった。

 その今までにない冷淡な反応に、ふと思い至った。

 

「あ、葵? ……その、もしかしてめっちゃ怒っとる?」

「別に? 人の話を聞かず突っ走ったお姉ちゃんに怒ったりなんてしてないよ」

「怒っとるやん!?」

 

 かくして、これが俺が葵ちゃんを激怒させた初の出来事であった。

 散々忠告してたのに無視した挙げ句にドツボに嵌まってちゃ、それは怒っても当たり前だ。

 冷静に振り返れば当然のことであった。

 

 

 

「もう私は寝るから、おやすみ」

「あ、葵ー!」

 

 起きた直後の雰囲気はどこへやら。

 しばらくの間、腹痛に悶えながら俺は平謝りしたのであった。

 ……茜ちゃんボディが一番の被害者であったであろうことは言うまでもない。

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