食中毒に悶え苦しむこと数時間、次第に腹痛が引いていきようやくまともに動けるようになった。
実に長い数時間だった。苦しい時とか退屈な時はどうも体感時間が長くなる。
「お姉ちゃん、まだ休んでなくて大丈夫なの?」
「平気や、それに長居しすぎたしな。はよ戻らんと」
あれから何とか機嫌を直してもらった葵が心配そうに問いかけてきたのにそう返す。
最初に気絶していた時間を考えると半日ぐらいはここにいることになるだろう。
拠点の動物達もまだ大丈夫だろうし特に時間制限があるわけでもないが、さすがに留まり過ぎである。どのみち今度こそ本当に食料も無いし、さっさと上に戻らなければ。
「ほな、まずは渓谷の様子を確かめるで。あーこっちの丸石の方か」
周りの壁を見やると、ある一方だけが丸石で構成されている。
横穴を掘った後に塞いだのだろう。
ひとまずは渓谷に出ようと思い、ツルハシを手に持った。
「気をつけてね。まだモンスターがいるかも」
「ん、そか。じゃあちょいと覗いてみるで」
葵の忠告を受けて1ブロックだけ掘ってみる。
そこから渓谷の様子を窺ってみ――スケルトンと視線が合った。
「うひゃっ!?」
跳ね上がった心臓に突き動かされるかのように、反射的に穴の前から退く。
直後、眼前を風切り音と共に矢が通り過ぎていき、地面へと突き刺さった。
慌てて穴を塞ぐ。
「だ、大丈夫!?」
「平気や。でも、こりゃ渓谷から出るのは無理そうやな……」
息を落ち着かせながら、どうしようかと考える。
今の出来事に反応したのか、壁の向こうからは呻き声やら足音やらが聞こえてくる。
見るまでもなく、モンスターがうじゃうじゃといるようだ。
足下を掘ってみて一方的に攻撃出来ないかとも考えてみたが、ゲームよりモンスターの動きが柔軟であることを思い出してやめた。たぶん、当たり前に身を屈めて入ってこようとするだろう。
「地道に掘っていくしかない?」
「せやな」
葵の言葉に頷いた。
ゲームの時も洞窟に迷った時なんかは上に向かって掘り進めて脱出することはあったし、マインクラフト的には常套手段である。
が、そこはこの世界。ちょっと掘り進めていくだけで結構疲れるのに、それを数十メートル分だ。あんまりやりたくは無かったが……この際、四の五の言ってられないか。
俺は先ほどとは別の方向の壁に向き合うと、再びツルハシを握る。それから階段状に掘り始めた、のだが。
「ん? なんや明るく――ほわあぁ熱い熱いあっづぅ!?」
「お、お姉ちゃん! って、うわっ!?」
地中を掘っているはずなのに急に明るくなった。そう思った次の瞬間には今まで経験したことのない、想像を絶する極熱に晒されていた。
掘っていた階段を転げ落ちても小部屋の床に叩きつけられる。それでもその痛みより体を溶かされるような熱さの方が強烈で、必死に逃れようと地面を転げ回った。
「ま、まずは塞いで、それから、え、えいやっ!」
「あづいあづっ、冷たっ!」
意識が遠のきそうになる中、葵のかけ声が聞こえるや否やバシャリという音がした。
かと思えば熱さが嘘のように消え、打って変わって冷たいものに身を包まれる。
それが水だということに、ほどなくして気がついた。
「助かったで葵……まさかこんな高度で溶岩が出るとは……」
「ご、ご愁傷様……」
冷静になった頭で今起きた出来事を振り返ってみる。
マインクラフトで真下や真上を掘る際、気をつけないことがいくつかある。
下が空洞になってはいないか、上に砂や砂利のような窒息の原因となるブロックが無いか。そして――溶岩が流れ込んでこないかだ。
マインクラフトにおいて溶岩は液体ブロックの一種であり、触れるとダメージを受け、さらに耐性のないキャラクターを炎上状態にしたり近い位置にある可燃性のブロックを燃やしたりする性質を持つ。溶岩はかなり低い高度、地中どころか地底と呼んでいいようなところに生成されることが多い。かといってそれより高ければ安全かというとそんなこともなく、地表に溶岩の池があったり崖から滝のように流れていたりすることもある。
そして溶岩は目視出来ない地中に埋まっていることもあり、迂闊に掘り進めたクラフターがその餌食になるというのもお約束の1つだ。ピンポイントで当てることになるとは思いもしなかったけど。
「あーもう、射られるわ燃えるわ、またビショビショにならなあかんくて散々やでホンマ」
「ちょっとお姉ちゃん、はしたないよ」
「仕方ないやろ、動きにくいし濡れたのが気持ち悪いんや」
出だしで2度もこける羽目になってどうにも腹の虫の居所が悪い。その上、濡れた服が素肌に纏わりつく感覚がどうにも気持ち悪く、ぶつくさ言いながら脱いで絞る。実際だったら重度の火傷では服を脱いではいけないのだが。クラフターの頑丈さ様々である。
しかし、それにしてもどうしたものか。渓谷は駄目。階段を掘っていくのも、まあ場所を変えればいけるのだろうが、ちょっと今のであまりやる気になれない。
「あーホンマどうしよっか」
「うーん……あ、そうだ」
悩んでいると葵が何かを思いついたようだった。
「廃坑を通っていくのはどうかな?」
「廃坑を?」
「上から覗いてみた時、渓谷に出てた場所があったでしょ? あそこに辿り着けば崖沿いに上がれるんじゃないかな。谷底みたいにモンスターだらけってことも無いだろうし」
廃坑か。毒グモが怖いけど、それ以外は曲がり角に注意すれば基本道は真っ直ぐでモンスターに出会い頭に襲われることも少ない。
確かに下手に強行突破しようとするよりは安全かもしれない。
「でも、どうやって廃坑に出るん?」
「それはね。ああ、こっちこっち」
葵に手招きされて、渓谷側とは反対の壁に寄ってみる。
そのまま静かにして少し待つと、金属音にも似た不可思議な音が壁の向こうから響いてきた。空洞音だ。
洞窟かもしれないが、だとしても位置的に廃坑に繋がっていることだろう。
「お姉ちゃんが最初に起きるまでの間、ちょくちょく響いてきてたの。わざわざ行くこともないかと思って言ってなかったんだけど」
「まあ渓谷から出れるならその方が良かったからな」
ともあれ、廃坑を通っていくのならその準備だ。重くて着ていなかった防具を身につけ、さらに素早く切り替えられるようにアイテムをスロットに配置。安全な時は松明を、敵がいる時は剣を持てるようにする。
「空けるで」
葵に後ろで剣を構えてもらいながら壁を掘る。
果たして、そこには明らかに人の手によって整備された空間が広がっていた。
間違いない、廃坑である。そっと顔を出して左右を確認する。モンスターはいない。
右側は程なくして行き止まりになっていて、左はずっと続いている。ちょうど坑道の外れに出たらしい。
「ほな、進んでみよか。後ろは頼んだで」
「うん、分かった」
警戒しつつ、松明を設置して進んでいく。大した距離では無いはずだが、閉塞感と相まってか1歩1歩が実際よりも長い印象を受ける。
歩いて行くうちに元は通路に延ばされていたのであろうレールが中途半端に残っているのを見つけた。以前にも説明した通り、廃坑のレールは鉄ブロック節約にもなるのでゲームにおいても回収対象の1つだ。ついでだし回収していくこととする。
さらに道の端っこにあるものを見つけた。
「おっ、宝箱や」
「チェストだよお姉ちゃん」
宝箱、もといチェスト付きトロッコだ。廃坑探索のお目当てであり、お楽しみの1つでもある。こっちも箱ごといただいていくとしよう。その前にまずは中身を確認しておくか。
大概はレールとかパンとかが入っているばかりだが、さてはて。
「どれどれ、中には何が……マジか!」
「良い物でもあったの?」
中を開いてみて思わず声を上げた。
尋ねてきた葵にアイテムを渡す。
「えっ、これって」
「せや、ダイヤモンドや! こりゃ運が向いてきたで」
それはバニラでは最高の素材、ダイヤモンドだった。1個だけだが、それでも嬉しいものは嬉しい。まだ地下深くのブランチマイニングはしてないからな。これがこの初ダイヤだ。
「せっかくやし葵が持っててや」
「いいの?」
「どうせ1個やし、うちが持っとるとどっか行ってまいそうやからな。まああれや、記念品みたいなもんと思えばええ」
「あ、あはは。うん、そういうことなら大事に持っておくよ。……えへへ」
葵の手元からダイヤモンドが消える。どうやらインベントリにしまったようだ。
それにしても若干機嫌が良くなったように見える。別にさっきの機嫌を直そうと思って渡したわけではないが、喜んでくれたのなら嬉しい。
やっぱり彼女も女の子らしく宝石とかに興味があるのだろうか。と、それは少し偏見かな。
あ、ちなみに他に入ってたアイテムは大した内容ではなかった。いつのか分からないけど未だに食べられるパン、設置予定だったのか撤去したものをしまったのかレール、それから松明が何本か。種とか特殊なレールとかが入ってたら嬉しかったんだけど、そこまで都合良くはいかないようだ。
そして、都合良くいかないのは探索の方も同じらしい。
「――葵、ストップや」
「えっ?」
そんなことを考えながら歩いているうちにやがて十字路に差し掛かった。
それと同時に鳴き声も聞こえてくる。呻き声でもコウモリのものでもない、何かを吸っている時のような声を出すのはあれしかいない。
「早速お出ましか……葵、牛乳出せるようにしときや。あと剣とツルハシも」
――毒グモだ。