毒グモは、公式には洞窟グモという名称である。名前からも分かる通り、普通のクモの亜種のようなモンスターであり、大量のクモの巣と共に廃坑に生成されるスポナーブロックから湧いて出てくる。
この洞窟グモの大きな特徴はその体の小ささと毒を持っていることだろう。普通のクモなら引っかかる1マス分の空間にも入れるし、ノーマル以上の難易度では攻撃を受けたクラフターを毒状態にしてしまう。毒状態になると一定時間ごとにダメージを受け、やがては死ぬことはないもののその寸前まで体力を減らされてしまう。
これだけでも厄介な存在なのだが先述の通り、基本的には狭い廃坑で無限に湧いて出てくる洞窟グモ複数匹を同時に相手にすることになる。つまるところ洞窟グモの攻略法とは、いかに長引かせず素早くスポナーを破壊出来るかにかかっていると言えよう。
「というわけでスポナーの真下まで掘ってくで」
十字路の曲がり角からこっそり覗いてスポナーと洞窟グモを確認した後、俺はその通路を土ブロックでさっさと塞いだ。それから剣をしまうとツルハシに持ち替える。
「え? 戦わないの?」
「真っ正面からやるよりこっちのが手っ取り早くて安全やからな。残ったのは倒さんとあかんけど」
キョトンとした様子ながらも同じくツルハシを手にした葵にそう返す。
洞窟グモのスポナーはクモの巣に囲まれているから、それを破壊しなければ触ることはおろか辿り着くことも出来ない。ハサミや剣を使えば比較的早くクモの巣を破壊出来るとはいえ、それでも洞窟グモが出現する方が早いだろう。そうなってしまえばその対処に追われ、そうしているうちに次の個体が出てきての繰り返しだ。それでもゲームの頃なら多少はゴリ押しでも何とかなったが、ここではそうもいかない。こんな状況になっている時点で説得力はないかもしれないが、最優先は身の安全だ。何より葵ちゃんをこれ以上の危険に晒すわけにはいかない。
そこで役に立つのがスポナーが床に直接設置されているという点であり、マインクラフトがクラフターの思うがままに地形を変化させられるゲームであるということだ。何のことはない。いつぞやのスケルトンの時と同様、こちらに有利な環境を作ってしまえばいい。スポナーの真下に穴を空けて、そこから破壊するのである。
とはいえスポナーを破壊したとしても既に出てきたモンスターはそのまま残る。今回の場合、スポナーを破壊した後に洞窟グモが落ちてこないかだけが心配だが、そこは気をつけるしかないだろう。
「ほな掘ってくか」
そこからは大してかからなかった。
地道に床を掘っていき、スポナーを真下から破壊した後に穴を塞いでから元の十字路に戻る。それから封鎖した壁を1マスだけ空け、1体ずつやってくる洞窟グモを2人でペシペシと剣で叩いた。
以上、毒グモの攻略終了だ。ついでに通路を塞いでいたクモの糸も破壊して回収していく。今のところ、積極的にモンスター狩りをしていないから倒さないと手に入らない素材は貴重だ。
「大した相手やなかったな」
「お姉ちゃんがスポナーの位置間違えかけた時はちょっとヒヤッとしたけどね」
「う、目測で見当つけるしかないから難しいんや。予測表示なんて出てこんし」
さて、それからは特筆するようなことは何も無かった。しけた中身のチェストに再度のスポナー、1回だけゾンビが出てきたくらいか。階段になっているところを見つけて上の階層を歩いて回り、程なくして渓谷に出る通路に辿り着いた。
「ようやく外に出れるな。……あちゃ、雨や」
「まあそれでも頑張って帰るしかないよ」
昼間に落ちて半日以上はここにいたからすっかり夜更けになっていた。
その上、雨が降っている。食中毒に苦しんでいる数時間の間に天気が崩れてしまったのだろう。我ながらつくづく余計なことをしたと反省する。
「ウチが階段状に設置してくから、周りの警戒頼んだで」
「分かった。気をつけてね」
渓谷に突き出た足場から崖に沿ってブロックを斜めに設置していく。
暗いし雨も降っているから転落防止用に壁部分も作りながらだ。慎重に慎重を重ねている分、時間がかかるが、また落ちたら面倒だし今度こそ命は無いだろう。とっくに予定の時間を大幅に過ぎてしまっているからこそ、用心しての作業を心がける。
「よっしゃ、やっと上がってこれたな。モンスターも見える範囲にはおらんな」
「確かこっちの方から来たよね。……うん、目印の松明もあるし合ってるみたい」
周囲の索敵と経路をしながら2人で森の中を歩いていく。代わり映えしない景色だが、それでも地下に比べれば息の詰まるよな圧迫感が無いから快適だ。開放感ってこんなにも重要なんだな。だからといってクリーパーはNGだが。あいつは呼んでもないのに出てくるからな。
そうこう歩いて行くうちに森を抜け、拠点に辿り着く。動物小屋や畑がちょっと気になったが、1日は経っていないし大丈夫だろうと家に入った。
そう、1日も経ってないんだよな。死にかけたせいもあってか、体感では1週間も2週間も、いやそれ以上に長いこと出ていたような気さえする。
「や、やっと帰って来れた……」
安全な自宅に帰ってこられてようやく一息つけたのだろう。
心底ホッとした様子でそう呟いた葵は玄関にぺたりと座り込んだ。
俺も同感だ。
「荷物の整理は後にして今日はさっさと休むか……ああでもその前に風呂入らんとな。谷底と今帰ってくる時の雨で何度かびしょ濡れになってもうたし」
落ち着いて気を配る余裕が出来たからだろう。急に肌に張りつく服や髪を滴る水が気になってきた。
身も心も疲れてはいるが、こんな状態では休めるものも休めない。温かい風呂に入って着替えるのが先だ。
「先に入ってきいや。ウチはその間、お茶でも飲んどるから」
「え、えーっとねお姉ちゃん」
「ん? なんや?」
ひとまずは初探索でなおさら疲れているであろう葵に先に入ってもらおう。
そう思って提案するが、彼女はやや躊躇いがちに口を開いた。
「……お風呂、一緒に入ってもらっていい?」
「えっ」
思いがけない一言に、俺は暫し固まった。
それから初日に一緒に寝た時のことや今回危険な目に遭ったことなどから心細いのだろうかとも思ったが、そういうわけではないようだった。
「その、入ってる間に寝ちゃいそうで」
「ああ……」
理由を言った葵は確かにとても眠たそうに見えた。
というか、ふあっと口に手を当てて欠伸をしているし心なしか瞼も下がり気味だ。
眠たいオーラが全身から発せられている。
「でも、それやったらウチが風呂場の前で待っとってもええんやない?」
「そんなの……悪いよ。お姉ちゃんだって私以上に疲れてて濡れてるんだし……」
喋っているうちにも彼女は既に舟を漕ぎ始めた。放っておいたらこのまま寝息を立ててしまいそうだ。
どうやら押し問答している余裕は無さそうである。俺は早々に折れることにした。
「あー分かった分かった。ならさっさと済ませてさっさと寝よか」
「うん……」
そんなこんなで俺は葵と一緒に風呂に入ることになった。
……いや、実際には葵を風呂に入れたという方が正しいだろう。
温かいお湯に眠気が促進されたのか、入って間もなく彼女は背中を洗っていた
いきなり倒れ込んできたから何事かとぎょっとしたものの、すぅすぅと音が聞こえてきたので寝落ちしただけと分かりホッとした。とりあえず夢うつつ状態ながらも彼女を起こし、さっさと風呂を上がってから服を着させて、それからベッドに放り込んだ。その頃には再び夢の世界へと旅立っていた。それだけ疲れていたということなのだろうが。
そういうわけで風呂場で姉妹同士イチャイチャするだとか、俺がドギマギするだとかそんなことは一切起こらなかった。前者はいわずもがな。後者も、やはり今の俺の体が茜ちゃんだからなのだろう。感じたことと言えば、ああ、女の子だねといった程度のものだった。精神は肉体に引っ張られるものだからな。元の俺がどんな人間だったのかは知らないが、少なくとも今の俺はだいぶ女寄りになっているのだろう。
自分の部屋のベッドで横になりながら考える。果たしてどうだったかも定かでない元の俺に戻った時、精神はどうなるのだろう。すんなり適応するだろうか、それとも今の茜ちゃんボディとのギャップに悩むことになるだろうか。
でも、それよりもだ。
「この体も……」
最初は転生か何かかと思ったが、実は俺が琴葉茜の体を乗っ取ってしまったのではないかという可能性。
もしもそれが事実だとしたら。方法も手がかりも、全く分からないが。
「もしもそうだったら――ちゃんと、返さないとな」
俺もだいぶ疲れていたのだろう。
眠りにつくのにそう時間はかからなかった。