特に語ることもなく拠点周りの日課をこなし、次の日となった。
今日は葵と一緒に村に行く。
出発の段になり、改めて葵に荷物は大丈夫かと尋ねられた。
「装備持った?」
「持っとるでー」
まずは戦闘用の鉄装備や作業用のツール一式。
予備や耐久値にも余裕があるのを確認する。
「素材や建材は?」
「あるでー」
それから何かあった時のクラフト用の素材や村での作業に必要な木ブロックや石ブロックといった建材も用意する。
村周辺の環境を壊すわけにもいかないし、どのみちここの拠点で使い切れるものでもないからな。
「食べ物はー?」
「今度は大丈夫や、ちゃんとあるで」
パンに果物、それに今度はちゃんと焼いた肉を、ついでにおまけもちゃんと持っている。
もう食中毒なんてこりごりだ。
しかし、未知の領域を探るのとは違って比較的安全な旅になるからか、準備していると何となくワクワクする。
「こうしてると、なんだか遠足前みたいやな。子供やないけど」
「えっ。あ、うん。そうかもね」
ふとそんな風に思って口に出すと、葵はそう返した。……ちょっと引っかかる物言いなのは聞かなかったことにしよう。
それより今度こそはクラフターの先達らしく、そして姉代わりとしてちゃんと振る舞わないと。
ここしばらく良いところ無しだからな。というか、まともに活躍出来たのが初めて葵と出会った時くらいの気がする。
気を引き締めていかなければならない。気合いを入れようと拳を握り締め、掲げながら掛け声を上げた。
「ほな出発やでー! おー!」
「お、おー?」
この間で村までの道のりは把握したから、順調に行けば今日の夕暮れくらいには辿り着けるだろう。
意気揚々と、家の裏手の大草原へ踏み出した。
さて、そんな調子で出発したはいいものの移動というのは地味なものだ。
これが日本だったら目についたお店のことでもテレビやネットで見聞きしたことでも会話するのだろうが、生憎とこの世界にはそんなものはない。
「…………」
「…………」
互いの足音と風で草花が揺れる音がするばかりで、沈黙ばかりが続く。
いや、常に会話していなければならないというわけではないのだが、何となく気まずいというか何というか。
「ねえ、お姉ちゃん」
「ん? なんや?」
そんなことを考えていたら、ちょうど葵が話しかけてきた。
「前に村があるってことは聞いたけど、村人さん達のことは聞いてなかったなって思って。一体どんな人達なの?」
「あー、せやなぁ」
尋ねられて思い返してみる。
どんな感じだったかな。
ちょうど森に辿り着き、草むらをかき分けながら答える。
「まあ基本的にはええ人達やと思うよ。陽気な昔話に出てくる農民っちゅーか、のんびりしとったな」
「へぇ」
まだ1回行っただけではあるが、全体的な印象としてはステレオタイプな田舎の人達だったかな。もちろん良い意味でだ。ジメジメとした閉塞的な村社会とか、そういうのではなく。
この世界があまり弱肉強食でないというのが大きいのだろう。適当に植えても作物はぐんぐん育つし、野外に出なければ比較的安全に生活出来るし。
村人達は現状の生活に満足していて、競争心も然程強く無さそうだった。牧歌的という言葉がまさに相応しいだろう。
……あっ、でも。
「オッサン同士で盛り合ってるのはちょっとアレやったけど」
「えっ」
前はあえて触れなかったけど、その、聞こえてきたんだよな。夜中に。ナニがとは言わないが。
あくまで来訪者の身で村人達の生活に物申す気は無い。そもそも村人はそういう種族なんだし、地球でだってそういうのに対する理解は増えてたんだし。
でも思い返せば日中から村人同士の距離もやたらと近かったような気が……。
「いや、ええ人達なんやで? 親切やし、色々くれたし」
「フォローしても今のインパクトは誤魔化せないよ、お姉ちゃん……はぁ」
記憶を振り払うように言ったものの、後ろで葵が溜息をついたのが聞こえた。
呆れられてしまったかと葵を見遣る。
そこで気がついた。
「……ん? お姉ちゃん、どうかしたの?」
葵の様子がおかしい。
一見していつも通りなのだが、よくよく見れば微かに肩で息をしている。
ここまで歩いてきて疲れている? それにしては変なような。
「あー、その、なんや。ちと早いけど休憩してお昼にしよか。お腹空いてもうた」
「ホント早いね?」
葵がそれを自覚しているのかどうかは分からないが、ひとまず様子を窺おうと提案する。
彼女は少し不思議そうにしながらも頷いた。
オークのハーフブロックを用意し、椅子代わりとして向き合うように設置する。
それから腰掛けつつ、食料を取り出した。
「やっぱり便利やなぁ、インベントリは」
「元の世界だったらお皿ごと持ち歩くわけにもいかないからね」
取り出したのは葵の作ってくれたサンドイッチと野菜スープだ。ややヘルシーではあるけれども、女の子2人にはちょうど良い。
「せや、とっておきのデザートがあるんよ」
「デザート?」
それにこっそりインベントリに忍ばせておいたおまけも入れれば、多分結構満腹になるだろう。
俺はそれをドンと取り出した。
「これや!」
「うわっ、大きい! これ6人分はあるでしょ!」
今回用意したのはケーキだ。バニラでも実装されている、あのどこからともなくイチゴがついてくるケーキだ。小麦3つ、砂糖2つ、卵1つ、牛乳入りバケツ3つでクラフト出来る。
ゲームだとスタックも設置後の回収も出来ないし、何回かに分けて食べることになるなど、純粋に食料とするには不便で装飾向きだった。
幸いなことにこの世界では回収出来るようになっている。でなければ俺は最初に試しで出した時、1人で一気食いする羽目になっていただろう。それはさすがにキツい。女の子だからといって、甘い物を無尽蔵に食べられるわけではないのだ。
「1回お外で食べてみたかったんや」
「ホント、インベントリ様々だね……」
ツッコミを入れた葵にちらりと視線を向ける。
彼女は何気ない風に苦笑している。
だが……。
「なあ葵――」
その時だった。
突然、すぐ近くの草むらがガサリと揺れた。
かと思えば、次の瞬間には1つの影が飛び出してきていた。
「きゃっ!?」
葵が小さく悲鳴を上げる。
昼間だからって油断した!
「葵!」
反射的に席を立ち、ケーキを飛び越えて葵を庇うように抱きしめる。
俊敏な動きからしてクモか? どのみち一撃食らう程度なら大丈夫のはずだ。
そのまま襲いかかってくるのを予想し、俺は体を強ばらせた。
「……あれ?」
ところが想像に反し、いつまで経ってもそれ以上何も起こらない。
一体どうしたことかと、俺は恐る恐る振り向いた。
「へ?」
「…………」
そこには1人の小柄な少女がいた。
質素なエプロンドレス、ホワイトブリム。紛う事なきメイドさんだ。
栗色のショートボブの髪型をしていて、何となくどこかの小学5年生を思い起こさせる。
もちろん別人だろうけど。頭から包丁を生やしてないし、何も背負ってないし、そもそも本来あの子の髪型はツインテールだ。
そんな彼女は真顔で、だが穴が空かんばかりに熱い眼差しをケーキに向けている。
「だ、誰?」
抱きしめていた葵が俺の肩越しに尋ねると、メイドさんは表情を変えないままゆっくりとこちらに顔を向けた。
そうして無言で人差し指を立てると、頭のホワイトブリムを指差した。
「……いや、メイドさんだってことは分かっとるから」
俺がそう言えば彼女はコクリと頷き、再び視線をケーキに戻した。
かと思えばチラチラとこちらに視線を送ってくる。
……もしかしなくても、これは。
「……一緒に食べる?」
葵が若干呆れ声で誘う。
メイドさんはさながらヘッドバンギングのように激しく頭を振った。
そういうわけで3人でお昼ということになったのだが。
「え? もっと食べたいん? まあウチらは1人分で満足やからええけど……」
メイドさんはどうやらかなり食欲旺盛のようだった。
まずムシャムシャと持っていた砂糖をまぶしたパン、ジャムで和えたと思しきサラダを食べ終えるや否や、瞬く間に1人分に切り分けたケーキをも平らげてしまった。
それから残っているケーキを見て、無表情ながらも実に切なそうな目をしていた。お預けを食らった犬のようだ。お預けどころか食べ終えたばかりなんだけど。
気になってしょうがないので葵とアイコンタクトを取ってから、スッと残りのケーキを差し出せば、それはそれは分かりやすく喜んでいた。相変わらず何も喋らないし表情は変わらないけど、目は口ほどに物を言うというか。仕草が雄弁だ。
なおこの間、俺と葵はまだケーキどころかサンドイッチもスープも食べ終えていない。
「んーメイドさんはどうしてこんなところに居るん? ウチらは向こうの村に行くつもりなんやけど」
ひとまずは何か交流しようと思い、俺はメイドさんに尋ねてみた。
前に聞いた話ではメイドは基本的に旅をしていて、たまに町で路銀稼ぎに働いていたり契約満了まで雇われていたりする存在だということだった。
そして、この世界でも田舎に類するらしい、この辺りにまでやってくるということは滅多に無いとも。何か特別な事情でもあるのだろうか。
俺の質問に対し、メイドさんはある方向を指差す。その方面を見ると、そこには周囲の木よりも高く積み上げられた土ブロックがある。
って、あれはこの間俺が目印代わりに設置した……。
「えっ、もしかして、あれに釣られて? ……そんだけ?」
思わず零れた言葉にメイドさんはどことなく自慢げに平らな胸を張った。勝った、って違う。
「ちょっと好奇心に素直すぎん? あかんで、好奇心猫を殺すって言うやろ?」
「それ、お姉ちゃんが言えたことじゃあ……」
メイドさんが自分より小柄で子供っぽく見えるせいか、ついつい窘めるように言うと葵にそうツッコまれた。
何をぅ、と自然に葵の方を見てハッとした。
「あ、葵?」
「お姉ちゃん……?」
葵に寄って、困惑する彼女の額に手を当てた。
メイドさんの登場で頭から抜けてたけど、やっぱり。
「葵、熱出とるやん!」
いつの間にか、葵の頬は茹だったように赤くなっており、額は汗ばんでいた。
明らかに発熱している。何かおかしいとは思っていたが、こんな急に症状が出るなんて。
「べ、別にこれくらい大したことないよ……」
「何言うとるんや! どう見ても辛そうやないか!」
葵は平静を装っているようだが、どこかぼんやりしており声にも元気が無い。
「一旦帰るで、ほな荷物まとめて」
「大丈夫だから!」
これでは村に行くどころではない。
帰って葵を休ませないと。
そう思いお昼を切り上げようとした俺を、葵は強い口調で遮った。
「あ、葵?」
「大丈夫だから、私は、大丈夫」
葵は半ば自分に言い聞かせるかのように再び言った。
こんな葵は出会ってから見たことが無い。
困惑しているとクイクイと袖を引っ張られた。
見ればメイドさんが何やらジェスチャーをしている。
「何々? 村まで行けば医者がいるって?」
そういうことなら確かに村へ行く方がいいのかもしれない。
今居る地点からは拠点の方が近いとはいえ、状態異常に効く牛乳だけで薬はない。
その牛乳も状態異常自体には効くが、体の不調を完全に治してくれるわけでないことは身を以て体験済みだ。
俺は葵を見遣る。今でこそ葵は自力で立っているが、そのうち倒れてしまいそうだ。
帰るにしろ、村に向かうにしろ、すぐに決断しないといけないだろう。
問答している余裕は無さそうだった。
「分かった」
唇を噛み締めて、俺は頷いた。