葵のことをメイドさんに任せると、俺は門番に連れられて門へと急いだ。
既に状況は村中に伝わっているらしく、通りすがる誰もが騒然とした様子で走り回っている。
ようやく門へ辿り着くと、そこではクワを持った村人達が門を囲んでいた。
「まずいぞ! 門が破られる!」
俺達に気がついた彼らのうちの1人がそう叫んだ。
見れば閉じられた門、というかドアに亀裂が走っている。
そう思ったのも束の間。
「ああっ!」
とうとう殴打に耐えかねたドアが断末魔のような音を立てて破壊された。
途端、外にいたモンスター達、というかゾンビの群れが雪崩れ込んでくる。
ゾンビには村人に積極的に襲いかかり、倒した村人をゾンビ化させてしまうという性質がある。
天敵といえるその存在の侵入に、村人達は顔を青くした。
「下がるんや!」
俺は咄嗟にシャベルを手にすると一括破壊能力を意識しながら、門周辺の地面を数度掘り返す。
途端にぽっかりと縦横3マスの穴が空き、今まさに入ってきたゾンビ共は起き上がる前に落ちていく。
すかさず穴の周りにインベントリから取り出した土で壁を作り、さらに中で積み重なって突破されないように天井も設置する。
ゲームだったら同じマスに重なったり、バージョン1.11.2からは窒息死するようになったりしたのだが、この世界ではそうはいくまい。
さすがに下敷きになったゾンビは圧死するだろうが。
「おおっ」
「さすがクラフターの力だ!」
村人達が感嘆の声を上げるのが聞こえる。
だがそんなハーレム主人公がよく向けられていそうな言葉を余所に、俺は柵より高くブロックを積み上げて外の様子を窺い――絶句した。
「っ……!」
完全に包囲されている。
さすがに地平線を覆うとか海のような規模だとかではないが、それでも観客がたくさんいるスタジアムやラッシュ時の交差点と比較出来る数のモンスターが集まっている。
ほとんどはゾンビだが、チラホラとスケルトンやクリーパーもいるようだ。クモの姿は見えない。小さいから隠れているのかもしれないが。
気が遠くなりそうになるのを感じつつ、俺は足場を崩して降りた。
改めて見れば柵の隙間はモンスターでいっぱいだし、たくさんの唸り声も聞こえてくる。
「茜殿……」
何かこの状況を打開する術はないのか、どうすればいいのか。
門番の縋るような目がそう語っている。
「ちぃと待ってな、今考えるから」
そんなの、俺だって知りたい。
そう言いたくなるのをぐっと堪え、どうにかそう返した。
ゲームの時だったらどうにでもなった。
柵の一部に穴を空けてそこから一方的に攻撃出来たし、ベッドで寝ればすぐに朝になってゾンビやスケルトンは炎上で勝手に消えたし、そもそもこんな数に囲まれるなんて普通はならない。
俺は村を囲む柵に目を遣る。
もしもゲームの通りなら大抵の敵に対する完全な防壁となっていたであろうそれも、半端に働いている物理法則のせいかギシギシと音を立てて軋んでいる。
ゾンビに破壊されたドアよりは頑丈そうだが、突破されるのは時間の問題だろう。
とても籠城戦は出来なさそうだ。
もちろん、打って出て迎撃なんてのは論外である。
こんなの無理ゲーだ。
いっそ俺一人で逃げ出してしまおうか、そんな考えが頭を過ぎる。
地下を掘り進めば包囲網の外に出られるだろう。
モンスター達の注意も村に向いているだろうし、振り切るのはそう難しいことでは無さそうだ。
村を見捨てたという後ろめたさは残るだろう。恨まれもするだろう。
でも命あっての物種だって言うじゃないか。
そうして俺は拠点に戻って、刺激は無いけど穏やかな生活を送るのだ。
は、ははは、そうだ。それが良いに違いない……。
――帰りたい。
「……ぁ」
瞬間、先程の葵の言葉が強烈な響きとなって脳裏に蘇った。
俺は、今何を考えていた。
葵のことはどうするんだ? あの子は今、とても動ける状態じゃないのに。
見捨てる? あんな良い子のことを。見た目が琴葉茜だからとはいえ、俺を姉として慕ってくれているあの子のことを?
それだけじゃない。
村人さん達だって親切にしてくれたし、メイドさんにも出会ったばかりなのにかなり助けてもらっている。
そんな皆を置いて、逃げるだなんて。
俺はピシャリと両手で自分の頬を打った。
「茜殿……?」
「ん、気合い入れただけや」
自己嫌悪が膨れ上がりそうになるのを押さえつつ、訝しげに問いかけてきた門番にそう答えた。
今は反省会なんて開いている余裕なんて無いんだ。
そんなのはこの状況を乗り切ってからでいい。
改めて状況を整理し、どうすれば乗り切れるかを考えよう。
それには情報が必要だ。
「門番さん、いくつか聞きたいんやけど」
そうしていくつかの疑問を門番に質問し、考えた末に出た答えは1つだった。
「明日の朝まで凌ぐしかないな」
この数の敵を全滅させるのは実質不可能だ。
多勢に無勢というのもあるが、何よりモンスターがこんなに湧いて出てきた原因が不明というのが一番の理由だ。
門番が言うにはこんなことは前例が無く、昼頃まではいつも通りだったらしい。
それがどうしたことなのか、やや陽が落ち始めた頃になって急にゾンビの姿がポツポツと現れ始め、あっという間に村を包囲するまでになったのだという。
初めの頃は日光に当たってそのまま燃え尽きていたそうだから、ゾンビ自体は通常通りなのだろう。であれば明日の朝になれば自然と消滅するはずだ。天気が崩れなければ、だが。それはもう祈るしかない。
ただし、だからといってこのままずっと村に籠もっていることも出来ないだろう。
この様子だと夜半には柵が突破されてゾンビの群れに飲み込まれることになる。
突破されるまでにより強固な壁を建てたり壕を作ったりすることも考えたが、資材が足りないので断念した。それに俺の体力も恐らく持たないだろう。この世界における一括破壊は手間を短縮してはくれるが、相応の疲労が一気にのしかかってくる。モンスターの侵攻を阻止するだけの陣地を作る前に疲れで死にかねない。また、死を覚悟したとしても、ゲームと違って一度に掘れる範囲に上限があるという感覚がある。実際にどれくらいかは分からないが、多分10マス前後が限度だ。
せめて倒せずとも何かしらの手段でモンスターの気を引いて、村への攻撃を鈍らせる必要があるわけだが。
「持ってきましたぞ茜殿!」
「おおきに」
ちょうどその時、頼んだものを村人の1人が持ってきてくれた。
礼を言って受け取り、すかさずクラフトする。
頼んだのは鉄インゴッドと火打ち石。この2つから作れるのは『火打ち石と石打ち金』。
その名の通り、火を着けるための道具だ。使用回数が足りなくなるだろうから、それなりの数を作った。
「ほな早速連中をちぃと煽ってくるわ」
「ご武運を!」
俺は地面に穴を空けると、そのまま地中を一心不乱に掘り進めた。
目指すは村の外、モンスター共の背後だ。別に逃げるわけではない。
通路の中にドンドンと音が響く。モンスターの足音が上からしているのだ。
「ああくそっ、やっぱり疲れる」
それがようやく聞こえなくなってきた辺りで俺は掘るのを止めた。
汗が頬を滑り落ちていくのが分かる。
本番はこれからだというのに、これでは先が思いやられる。
一旦深呼吸をして息を整えた。
「……よし、行くか」
出た先にモンスターがいないことを祈りつつも階段状に地上への出口を作る。
幸いにも敵はいなかった。そのまま上がり、村の方へと目を向ける。
やはり、多い。足が竦みそうになる。それを覆い隠すように、俺は鉄装備を身につけた。
集中攻撃を受ければそれまでとはいえ、防具を纏った安心感で少し気持ちが落ち着く。
そして今出てきた穴を塞ぐと、俺は村に夢中のモンスター達の群れへ向かって歩き出した。
ゾンビ、ゾンビ、スケルトン、ゾンビ……やはりほとんどがゾンビのようだ。
その中に目標を見つける。すぐに見つかって良かった。
後は俺の体力と運次第だ。
ある程度群れに近づいたところで俺は走り出した。
こちらに気がついたゾンビに攻撃される前に、どんどん間をすり抜けていく。
目標はまるでゾンビの群れの中で途方に暮れているように立っていた。同じ緑色だと思ったら何か違った。そんな感じだった。
もちろんそんなこと考えちゃいないだろうけど、何だか無性におかしくて思わず笑みが零れる。ああ、今自分はいわゆるハイになってるんだな。頭の中のどこか冷静な部分でそう思った。
そして辿り着いた俺は。
「よう、リフォームの匠」
くるりとこちらに向き直ろうとしたそいつ――クリーパーに火を着けた。
この世界のモンスターはゲームの時よりも賢いらしく、障害物に延々と引っかかったりはしないし、ちょっと隠れた程度では諦めずこちらを狙ってくる。それに姿勢を変えるのに十分な空間があれば1マスぐらいの隙間なら這いずって通ってこようともする。1回それをやられた時は驚いた。さすがに0.5マスとなると入って来れなくて隙間から剣で斬って倒したが。
さて、そんなモンスターはだいぶ音にも反応するようになっている。忍び寄らないと背後からの接近にも気がつくし、逆に物を投げればそっちの方向に気を取られもする。
今回集まっているゾンビも村に夢中のようだが、それでも大きな音がすれば注意が向くはずだ。
そう、例えば何かが爆発する音とか。
導火線の音がしてクリーパーが膨張し始める。
それを見届けることなく走り抜けると、背後で腹の底まで響き渡るような爆発が起きた。
巻き込まれたゾンビの呻き声が聞こえ、騒ぎに反応した周辺のゾンビ達が一斉にこちらを向いた。
「よし、反応してくれるか」
全身に敵意が突き刺さるのが分かった。
でもここで足を止めれば、間違いなく助からない。
意識を集中して、次のクリーパーを探す。
いた。先程と同じように爆破した。
「はっ、はっ」
まだ作戦は始まったばかりだというのに、もう息が上がり始めた。
当然だ。いくらクラフターとして身体能力が上がっていても、全身鎧を身につけて全力疾走すれば疲れるに決まっている。
これ以上は走れない。そう判断したところで、俺はゾンビに接近される前に四方に壁を設置した。それから地面を掘ってから上を塞ぐ。狭苦しく真っ暗な地中の中で、俺はぜぇぜぇと息を吐いた。落ち着いたら位置をズラしてまた地上に上がり、同じことを繰り返す。完全に俺への興味を失うにはしばらくかかるだろうし、時間稼ぎが目的の身としてはいっそ群れ全体がこちらをターゲットにしてくれればいいのだが。
……正直なところ、作戦とも呼べないしょうもない考えだと思っている。失敗する公算の方が高いだろうとも。半ばヤケクソもいいところだった。
夜明けまでの半日を走りきれる訳がない。今のでこれなのだから長続きしないと考える方が妥当だ。ただ半日を起き続けるだけでも大変なのに、激しい運動と集中を要求されるのだ。熟練の兵士でも厳しいだろうそれを、一般人だったであろう俺、それに茜ちゃんボディで出来るとは思えない。
さっきのは敵の反応を見るために外周で爆破したが、村の柵を守るにはより敵が密集している内側でやらなければならない。間を縫うだけの隙はあるだろうか。柵が壊れる前に敵の気を引ききれるかも分からないが、なるべく早く行なわなければならない。
もっと確実で安全な方法があるかもしれない。あるいは逃げた方が本当に賢いのかもしれない。だけど俺にはこの状況で思いついたのがこれしか無かったし、皆を置いて逃げるのも御免だから。
「……行くか」
一人呟いて動き始める。じっとしていても事態は好転しないのだから、とにかく行動するしかない。悪化したとしても、それは死ぬまでの時間が早まるだけのこと。葵と茜ちゃんボディには申し訳ないが。
いくらか掘ったところで再び地上への出口を作る。なるべく外側に行くのを目指しはしたが、どうやら完全に方向を誤っていたらしい。
「うげ」
そこは群れのど真ん中だった。ゾンビの足下を掘らなかったのが奇跡なくらいだ。
しかし、当然周りの連中はこちらに気がついているわけで襲いかかってくる。
「ぐっ、この!」
穴に待避する間もなく、俺は四方八方から寄ってくるゾンビをがむしゃらに突き飛ばして進んだ。
もはやクリーパーを探している余裕も無い。途中、スケルトンに狙いをつけられているのに気がつき背筋が冷えたものの、ゾンビが間に入ったことで何とか当たらずに済んだ。不幸中の幸いだが、それだけゾンビの数が多いという証左でもあった。
「くそっ……」
必死に体を動かすも限界はどんどん近づいてくる。
腕が重い、足を引きずりそうになる、鎧の重みが伸し掛ってくる。
内心で自分を叱咤するもそれでどうにかなれば苦労はしない。
どんどん視界さえもが狭まってくる。掠れた自分の吐息がやけに耳に入ってくる。
ここまで、か。死ぬ、死ぬのか。嫌だ、死にたくない。しにたくない。
この世界に来て間もない頃に感じた、あの感覚がこみ上げてくる。
だけどきっと、今度ばかりは、もう――。
その時だった。ゾンビの群れの間に何やら光が見えたのは。
「――なんで、あれが」
それは、ゾンビスポナーのようだった。
この間落ちた洞窟で見たスポナーブロックのゾンビ版だ。
なんであんなものがこんなところにだとか、何だか普通のものと様子が違うだとか。
そんな印象を覚える間も無く――無我夢中で俺は走り出していた。
「く、う、あああああ!」
最後の力を振り絞ってひたすらに走る。
何が何でもあれを壊さなければならないと、そう直感が告げていた。
ゾンビの攻撃が身を掠めるのも気にせず、俺は一気にスポナーに駆け寄るとツルハシを取り出して、全力で叩きつけた。
次の瞬間、スポナーが激しい光を放って砕け散ると共に――周りにいたゾンビの群れは一斉に消滅した。
そこでとうとう力が抜けて、俺はその場に倒れ込んだ。疲れとさっきの光とで明滅する視界、肺が痛む程に喘ぎながら、ぼんやりと考える。
今のスポナーが何なのかは分からない。防衛戦を楽しめるMODは知っているが、それに出てくるようなブロックともまた違う。俺が知らないMODなのかもしれないが、もしかしたらこの世界特有のものであるのかもしれない。
分からない。分からない、が。
「は、ははは」
今回の襲撃があのスポナーのせいだというのなら、あれを壊してしまえば解決だ。
危険極まりない戦いとはいえ、光明が見えた。
無謀な作戦もこんなヒントを得られたのなら、無駄では無かった。
寝転がったまま遠くを見る。
まだまだ群れは残っているようだ。だが数を見るに後もう1個ぐらいか?
体に鞭打って起き上がる。疲れてはいるが、二度あることは三度あるとも言うし、もう1回ぐらいなら上手くやってみせるさ。
早く終わらせよう。それからゆっくり休ませてもらって――
足に焼けるような熱が走った。
「――い、ぎっ!?」
もう片方の足に力を込めて踏み止まる。
これ、は――スケルトン! そうか、ゾンビはあの変なスポナー産でもこいつやクリーパーは自然発生したモンスターだったのか。だから数もかなり少ないし、スポナーを壊しても消えることはない。
「このっ」
持っていたツルハシを投げつける。
ちょうど尖った部分がスケルトンの頭部に命中し、一撃で消滅した。
しかし、それを喜ぶ間もなく別の方向から足音がしたのを俺は聞き逃さなかった。
もっとも足を射抜かれた状態ではろくに逃げられなかったのだが。
「あ――」
クリーパーが、すぐ目の前に。
反射的に両腕で顔を庇うのと爆発はほぼ同時。
三度目の正直という言葉がぼんやりと頭に浮かんだ。
みみなりがひどい。
ひどくて、まわりのおとがきこえない。
なんだかあたまがふわふわする。
おきあがれない。
うでがみあたらない。
とおくになにかみえる。
ゾンビだ。
ゾンビがたくさん、こっちにむかってきている。
ああ、スポナーがこわれたときのひかりか。
あれにはんのうしたんだな。
にげなければ、にげないといけないのに。
もうひとつこわさないといけないのに。
うごけない。
おれは、しぬのか。
しぬのはいやだ。
だって、あんなにいたい、くるしい。
つめたくて、あつい。
さびしくて、くらい。
さいごのおもいもきえてしまう。
だれかがないている。
だれか、しっている。
ぼくのすきなあのこ。
わたしのあいしたあのこ。
いろんなすがたがみたくて。
でも、ひとつだけえらべ、というのなら。
「泣かんでええんや――笑って? 葵」
温かい滴が、頬に落ちてきた。