『琴葉茜』とマイクラ世界   作:糸内豆

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第30話 葵は姉の為ならば

「ん……お姉、ちゃん?」

 

 何だか外が騒がしい。

 不穏な雰囲気に目を覚ました葵が最初にしたのは、姉の姿を探すことだった。

 一体何が起きているのか、そう尋ねようと思ったのだ。

 しかし、昼間までは看病してくれていたはずの姉は居らず、代わりに椅子に腰掛けていたのは小柄な影。

 

「メイド、さん」

 

 昨日知り合ったばかりのメイドさんだった。

 実のところ出会って早々に熱で朦朧としてしまったため、葵はあまり彼女のことをよく分かっていない。

 何となく色々と手助けしてもらったのは覚えているが、それ以外には見た目の割にかなりの健啖家であるということぐらいだろうか。後はこれでもかという甘党であることも。

 目を覚ました葵に対し、メイドさんは無表情のままあれこれとジェスチャーをし始めた。

 どうして喋らないのかは疑問なものの、仕草だけで何を言いたいのかが伝わってくるから不思議だ。

 

「落ち着いて聞いてほしい? 村がモンスターの大群に囲まれてて……えっ、お姉ちゃんが倒しに向かった!?」

 

 じんわりとした頭痛もあり、途中までは大人しく聞いていた葵だったが、話の最後になり慌てて跳ね起きた。

 完全に眠気が吹き飛び、体の重さも忘れてベッドから起き上がろうとする。

 制そうとしたメイドさんに、葵は語勢を強めて言った。

 

「横になってたって休めないよ。それに村の危機なんでしょ? クラフターの力は喉から手が出るほど欲しい。違う?」

 

 半ば睨みつけるような葵に対し、メイドさんは僅かに思案したようだった。

 それからコクリと頷いてそっと退くと、玄関のドアを開ける。

 

「ん、ありがとう」

 

 葵は礼を言って、そのまま家を飛び出した。

 その後ろにメイドさんが続く。

 いくらか走り息が上がりそうになったところで門に着いた。

 クワやらシャベルやらを持った村人達が集まって不安そうに身を寄せている。

 

「む、あなたは茜殿の……」

「お姉ちゃんはどこですか!」

 

 話しかけてきた門番の言葉を遮って葵はそう叫んだ。

 門番は目を丸くしたものの、気を害するでもなく答えた。

 

「茜殿は、外だ。朝が来るまで陽動すると」

 

 門番の言葉を聞いた葵は階段ブロックを取り出すと、門を封鎖しているブロックに設置して即席の物見台にした。

 上がって村の周囲を見渡し、夥しい数のモンスターを見て呆然と呟く。

 

「無茶だよ……」

 

 その場凌ぎの作戦でどうにかなるような状況で無いことは一目瞭然であった。

 姉がどのように説明したかは知らない。もしかしたら何か考えがあるのかもしれない。

 けれども葵の勘は茜が無茶を承知で強行したのだろうと告げていた。

 ふと遠くの方で何やらモンスターの動きが乱れたのが見えた。

 暗いながらもじっと目を凝らせば爆発が起きているのが分かる。

 

「お姉ちゃん……」

 

 きっと茜が陽動しているのだろう。

 しかし、それに気を取られているのは全体のごく一部でしかない。

 村の柵が突破されるまでに注意を引けるとは思えなかった。

 

「っ!」

 

 足下で呻き声が聞こえた。

 咄嗟に目を向ければ、たまたま他のゾンビが踏み台のようになって、ブロックの縁に手が引っかかったゾンビが登ってこようとしている。

 葵は弓を取り出すと、近距離からゾンビの頭部を射抜いて阻止した。

 さらにブロックを設置してゾンビの手が届かないようにしながらも、葵は状況がいよいよ逼迫してきていることを感じざるを得なかった。

 

(とても持たない……!)

 

 その時だった。

 突然モンスターの群れの一角から強い光が放たれた。

 かと思えば、次の瞬間にはゾンビ達の動きがピタリと止まり――消滅した。

 

「な、なんだ?」

「これは……まだ反対側は残っているようだが」

 

 いつの間にか上がってきていた村人達が唖然とした声を出した。

 だがそれも束の間、一気に歓声が沸き上がる。

 

「きっと茜殿のおかげだ!」

 

 半数とはいえ、あれだけいたゾンビが消えたのである。

 場にいた面々の間に希望が芽生えた。

 

「あっ、お姉ちゃん……!?」

 

 光の放たれた辺りに葵は姉の姿を認め――絶句した。

 遠くから全体を見ている彼女には分かった。

 起き上がろうとしている茜を、残ったモンスターが狙っているのを。

 

「危ないっ!」

 

 葵の叫びも空しく、茜が矢で射抜かれるのが見えた。

 茜は即座に反撃してスケルトンを仕留めたものの、すぐ近くに寄ってきていたクリーパーへの対処は間に合わず――至近距離からの爆発を受けた。

 茜はボールのように吹き飛ばされ、そのまま転がってピクリとも動かなくなる。

 

「お姉ちゃん!? お姉ちゃぁぁぁん!」

 

 悲鳴を上げて駆け出そうとした葵を誰かが引き留める。

 メイドさんだった。振り払おうとする葵にしがみつき、首を横に振る。

 

「離して! お姉ちゃんが、お姉ちゃんがっ」

「見ろ! 反対側の連中が!」

 

 村人の誰かが叫んだ。

 皆が目を向ければ、反対側で村を襲撃していたゾンビ達が一斉に動きを変えている。

 ややゆったりとした歩みながらもその進行方向は明らかだった。

 ――先程光った場所。つまり茜の倒れている方だ。

 まるでトドメの追い打ちをかけようとしているかのようであった。

 

「嫌、嫌だよ! こんなの、嫌ぁ!」

 

 半狂乱になり、ますます暴れる葵をメイドさんは必死に止める。

 今行っても茜を回収して戻る頃にはゾンビの大群に囲まれるのは明らかだった。

 そうなれば助けるどころではない。

 どうにか葵を留めていたメイドさんは何か手は無いかとグルリと周りを見渡し――あるものに気がついた。

 

「離して、離し……え?」

 

 メイドさんが何かを訴えているのに葵は気がついた。

 そうしてメイドさんの指差す方向に目を遣る。

 残ったゾンビがいる方角。群れが動いて空白が出来たことで見えるようになったものがあった。

 

「あれは……スポナー? ……もしかして!」

 

 ついこの間、廃坑で見かけたのとそっくりのブロック。

 それに気がついた葵の頭に1つの考えが浮かぶ。

 先程の現象は、もしかして茜が同様のものを壊したからなのではないか?

 だとすれば、あれを破壊してしまいさえすれば。

 トントンと葵の肩をメイドさんが叩く。

 

「私がスポナーを壊して、お姉ちゃんはメイドさんに任せてって……でも」

 

 一度冷静になれば、無闇に村の外へ出ることがどれだけ危険なのかくらいは判断出来る。

 ツルハシを扱う以上、スポナーの破壊は葵にしか出来ない。だが取って返して茜を助ける余裕も無さそうだ。だから代わりにメイドさんが助けに行くというのは分かる。

 しかし、まばらとはいえモンスターは残っている。その中を小柄なメイドさん一人で茜を運ぶというのは厳しいように思われた。

 

「なら俺も行こう。茜殿を見捨てるわけにはいかんからな」

 

 門番が名乗り出た。彼なら茜を運ぶのは容易だろう。

 

「……はい、よろしくお願いします」

 

 葵はやや躊躇したが、その時間さえ惜しいことを思い出して頷いた。

 事態は一刻の猶予を争う。まさに今がその時だった。

 メイドさんと門番が行き帰り出来るようにブロックを積むと、葵は反対側へと走り出した。

 全ては葵があの元凶と思しきスポナーを破壊出来るかに懸かっている。

 失敗すれば、皆死ぬ。

 

「そんなこと、絶対にさせない……!」

 

 決意を固め、葵は柵の手前に足場を置いてそのまま飛び越えた。

 既に多くのゾンビが動いているが、まだまだ残っている。

 敵の真っ只中にいることに怯みそうになるも、今状況を打破出来るのは自分だけ。

 葵はその思いで自身を奮い立たせた。

 

「邪魔しないで!」

 

 進行方向を塞ぐ敵だけを排除したり回避したりしながら、必死に駆け抜ける。

 葵はスポナーが射程に入ると剣からツルハシに持ち替え、そして勢いのままに、渾身の力で以て叩きつけた。

 

「エイヤァァァ!」

 

 スポナーに亀裂が走るや否や、先程と同じように強烈な閃光を放って粉々となった。

 同時に茜のいる方向を目指していた残りのゾンビが動きを止め――消滅した。

 肩で大きく息を吸いながらも、葵は周りを見渡す。幸いにも近くに敵は居らず、村へは安全に帰れそうだった。

 案外呆気なく破壊は済んだものの、まだ安心するには早い。

 果たして姉は無事なのか、メイドさん達は上手くやれただろうか。

 居ても立ってもいられず、呼吸を整えて葵は早々に村へと戻る。

 

「どうなってますか!」

 

 門の辺りに人だかりが出来ていた。

 ひとまず村の危機は去ったはずだというのに、物々しい気配が漂っている。

 不安を覚えながらも走り寄った葵に村人の1人が悄然とした様子で声をかけた。

 

「葵殿。それが……」

 

 彼らが囲んでいる中央に、葵はその姿を見つけた。

 メイドさんに門番、それからうろ覚えだが確か医者。

 そして……。

 

「――え」

 

 

 

 葵には目の前の光景が理解出来なかった。

 いや、正確にはしたくなかったというべきだろう。

 抜けたお調子者で、本当は気弱なところがあって、でも寝相は悪くて。

 そんな彼女が行儀正しく静かに眠るはずが無いのだ。

 

「嘘、嘘だ」

 

 力ない足取りでよろよろと歩を進める。

 これは夢なんだ。そう必死に否定しようとして……でも頭のどこか冷静な部分が葵に囁く。

 ――残酷だけど、これは現実だ。

 ようやく理解が追いついたその瞬間、葵は悲鳴を上げていた。

 

「あ、ああ、あああああ!」

 

 酷いものだった。

 横たわる茜はまるで蝋人形のような顔色をしていた。身につけた鎧はすっかりひしゃげており、一部が残っているだけ。

 でもそれはまだマシな方だった。彼女の両肘から先に至っては完全に失せており、断面から赤色が垂れて地面に小さく溜まっている。今にも止まってしまいそうな程に弱々しく胸が上下して、それでまだ生きているのだということが分かるという有様だった。

 

「お姉ちゃん、お姉ちゃん!」

 

 葵は姉の傍らに座り込んで呼びかける。

 返事は戻ってこない。

 

「葵殿……残念だが、この傷では……」

 

 医者の言葉に対し、葵は嫌々と首を横に振る。

 それ以上聞きたくなかった。認めたくなかった。

 認めてしまった途端に茜が、姉がいなくなりそうな気がしたからだ。

 その時だった。

 

「これを使いなされ」

 

 声が聞こえ、目の前に紫色の液体の入った瓶が差し出される。

 葵が顔を上げるとそこには一人の老人がいた。

 

「遠い昔、村に滞在したクラフターが礼として残していったという癒やしの薬じゃ。さあ、茜殿に」

 

 葵は言われるがままに呆然と薬を受け取る。

 一見得体の知れない液体であったが、じっと目を凝らすうちに『治癒のポーション<Ⅱ>』という名前が脳裏に浮かぶ。

 確かに回復アイテムのようだった。

 

「えっと……」

 

 葵はこの薬を傷口にかければいいのかと悩んだが、この間姉との雑談でポーションの話題が出たことを思い出す。

 そのうちポーションも作ってみたい、味がどんなものなのか気になるという他愛の無い話であったが、話の脈絡から察するに服用する類のものなのだろうか。

 葵は瓶の飲み口を茜の口元に持っていく。しかし、茜は力なく横たわったままで何の反応も見せない。流し込もうにも零れてしまいそうだ。

 

「…………」

 

 ふと、ある案が葵の頭に思い浮かんだ。

 僅かに気恥ずかしさがこみ上げたものの、そんなものは姉を失う恐怖に比べれば些細なものだった。

 葵はじっと姉の顔を見つめる。自分と瓜二つだけど、自分よりも愛しいその顔を。

 意を決し、葵は飲み込んでしまわないようにポーションを口に含んだ。

 そして――茜に口づけた。

 

「ん……」

 

 咽せないように、少しずつゆっくりとポーションを口移しする。

 茜は相変わらず意識を失っているものの、喉に入ってきたことで自然と嚥下していく。

 優に何十秒か経ったところで、ようやくポーションを飲ませ終えた。

 

「……お姉ちゃん」

 

 果たしてポーションは間に合ったのか、効果を発揮してくれるだろうか。

 張り詰めた空気が場を覆い――やがて破られた。

 

 

 

「……く、う」

 

 

 

 これまで何の反応も見せなかった茜が、か細いながらも確かに声を漏らした。

 かと思えばピクリと体が震え、植物の生長を早回しで映しているかのように無くなった肘から先が再生していく。

 他にもすぅっと細かい傷が消えていき、ついには頬に赤みが戻った。

 

「お姉、ちゃん」

 

 葵の声に反応したのか。

 うっすらと茜が閉じたままだった瞼を開く。

 そして葵の顔を一目見ると、微笑んで言った。

 

「泣かんでええんや――笑って? 葵」

 

 ぽたぽたと滴が頬に流れ落ちていく。

 茜はしょうがないなぁという風に困った笑みを浮かべた。

 それから何事かを言おうとしたものの、また脱力して瞳を閉じてしまう。

 

「っ、お姉ちゃん!?」

「……大丈夫、眠っているだけです」

 

 慌てる葵に対し、冷静に茜の脈を取った医者がそう答えた。

 ようやく心から安心した葵は、ホッと一息つく。

 そうしたら急に力が抜けてきて、そういえば自分は病み上がりどころか熱を出している最中だったんだと思い出した。

 葵はそのまま姉に寄り添ってくたりと横になる。

 そして沈んでいく意識の中、生まれる前からいつも一緒の心地よい心音が耳朶を打つのを感じていたのだった。

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