気がつけば俺は暗闇の中にいた。
どこへ目を向けても何も見えず、いくら五感を研ぎ澄ませても何も感じられない。
地面に立っているわけでも横になっているわけでも無さそうだ。
確か俺はクリーパーの爆発を至近距離で食らって……それから先が思い出せない。
ゲームの時においても、クリーパーの爆発は非常に強力だった。
難易度や距離にも左右されるものの、基本的に鉄防具一式程度では即死。
ダイヤ防具一式なら難易度ハードでも1度は耐えられるが、その後の落下ダメージで結局死亡なんてざらにあった。
その例に倣えば今回は鉄装備の上に事前にダメージを受けていた状態だったのだ。
まず助かるまい。
俺は……死んだのか? ここは、死後の世界なのか。
村は、どうなった? 葵は? 葵は無事なのか?
そう考えた瞬間だった。
突然遠くの方に光が見えたかと思えば、視界を埋め尽くすようにしてどんどん広がっていく。
あまりに眩しくて反射的に瞼を閉じる。
それから再び俺は目を開いて――息を呑んだ。
それは村
柵がなぎ倒され、いくつかの家屋が炎上している中をゾンビがひしめいている。
デカ鼻の元村人ゾンビも混じっており、最早生存者はどこにもいないようだった。
そこでハッとした。冷水を浴びせられたような恐怖が全身を覆う。
「葵、葵ぃぃぃ!」
名前を呼びながら、俺は走り出した。
不思議とゾンビは1体としてこちらを見向きもせずにうろついている。
そのことを気にかける余裕も無く、俺は家を目指した。
どうか、どうか無事でいてくれ。それだけを祈り、何度ももつれそうになる足を叱咤する。
やがて家に辿り着いた俺は乱暴にドアを開け放した。
蝶番が抗議を上げるのを無視し、俺はベッドに目をやる。
葵は背中を向けて横になっているようだ。ホッとしつつも駆け寄って肩に手をかける。
「葵、大変や! 早くここから逃げんと――」
――言葉を失った。
無造作にこちらを向いた葵の瞳は、虚ろで何も見据えてはいなかった。
腹部はごっそりと抉れ、あるべきはずの一切合切が無くなっている。
投げ出された手足はダラリと弛緩しており、温もりの抜けた真っ白な色をしていた。
それを認識した瞬間、俺は絶叫していた。
「ぁ、あぁ、あああぁぁぁ!」
弾かれたように壁際まで後ずさり、そのままずりずりと座り込む。
嘘だ、嘘だ。頭を抱えて、何度も叫ぶ。
こんなのは何かの間違いだ。あの子が死ぬなんて、そんなのは間違っている。
『ほら、アンタのお望み通りやで』
「違うっ! 俺は、こんなの望んでなんか――」
どこからか聞こえてきた声に俺はそう答えるも、声の主は軽く笑い声を上げる。
見なくても嘲笑を浮かべているのが分かった。
『ハハッ、何言うとるんや、アンタは散々楽しんでたやないか』
「何を――」
俺は言い返そうとした。
だが、声の主はそれよりも早く口を開いた。
『ゲームの時、散々村を壊してたのはどこの誰やったっけ?』
途端、かつてのプレイが思い起こされる。
何の意味も無く村に火を放ってみたり、ゾンビの群れをけしかけてみたり、あるいはMODで追加した武器の的にしてみたり。いちいち数えることもなく、いくつもの村を壊滅させた。
だけど、あれはゲームだったじゃないか。マインクラフトの世界が現実になった今、俺はそんなことをしようと思ったことは一度も無い。
「そ、それは、ゲーム、だったから」
『ほう、そかそか。じゃあ――これは何や?』
弱々しくも答えた俺に、声の主は更に問いかけてきた。
いったい何を――。
『ほら、こういうの好きなんやろ?』
脳裏に映像が流れる。
――誰かを傷つけ、傷つけられる琴葉姉妹がいた。
――塗炭と呼ぶも生温い苦しみを味わわせられる琴葉姉妹がいた。
――希望が欠片も無い世界を彷徨う琴葉姉妹がいた。
――引き裂かれ、別離に涙を流す琴葉姉妹がいた。
『そしてアンタはそれを見て――』
『笑ってた』
「あ、あっ、ち、違う」
ガクガクと手足が震える。
喋ろうとして上手く口が動かせず、言葉にならなかった吐息が零れる。
『何が違うんや? 本当は見たかったんやろ? 葵が苦しむところ、葵が傷つくところ、葵が――死ぬところ』
「違う違う違うっ!」
まともに考えることが出来ず、ただただ駄々を捏ねるかのように捲し立てる。
だが声の主は容赦なく、冷たく言い放つ。
『姉を奪われて、姉だなんて嘘を吐かれて、守ってもらえず、帰りたいと言いながら死んでった葵。ホント、可哀想やなぁ』
声の主は嘯く。
『あんなに良くしてくれた村人さん達も、あんな素直で良い子だった葵もアンタが殺したようなもんやで』
「そんなことっ」
俺は誰かを殺してなんかいない。
言おうとして視線を上げる。すぐ目の前に、見慣れた顔があった。
ビー玉のような、瞳。
『そんな悪い奴がどうなるべきか、なんて。決まっとるよなぁ?』
断末魔のような音を立ててドアが破壊された。
思わず目を向ければ外を歩いていたゾンビの大群が、狭い室内を埋め尽くすように入り込んでくる。
外聞も無く悲鳴を上げて、俺はベッドの辺りまで這って逃げる。
あるはずも無い逃げ場を探して左右を見渡したところで、ガシリと肩に手をかけられた。
「――ぇ」
振り向いた俺を、生気のない双眸で葵が見ていた。
呆然としている間に、そのまま押し倒される。
抵抗のための身動きも出来ない。
入ってきたゾンビ達も加わって重さで潰されそうになり、くぐもった声が喉から漏れた。
――嘘つき。
葵の唇が動いた。
そして、そのまま鋭い牙を俺の喉へと突き立て――。
目が覚めた。
バクバクと心臓が早鐘を打っている。
天井をじっと見つめ、やがて今のが夢であったことをようやく咀嚼すると生唾を飲み込んだ。
「生き、てる?」
ふと、温かいものが体に触れていることに気がついた。
目をやる。葵だ。葵が
この前もこんなことがあったな。そう思ったら急に力が抜けて、何だか目元が熱くなって。
自然と葵を抱きしめ返していた。
「葵、葵ぃ……」
胸の内で凝り固まった冷たい塊が溶けていき、代わりに心地よいものが体中に広がっていく。
俺自身の感情なのか、茜ちゃんボディが感じ取っているものなのか。
どちらかは分からないが、今はただその感覚にじっと身を委ねる。
「んぅ……」
しばらくすると葵が身動ぎした。
起きたらしい。じっとこちらを見つめてくる。
「おはようさん、葵」
「ん……」
そして葵は起きる――ことなく
……あれ?
「朝みたいやで? 葵、起きんと」
「やだ」
俺が声をかけるも、葵はしがみついたまま全く離れようとしない。
剥がそうとしたものの、より一層力が強くなった。
何だかだるくて力も出ないし、それに無理矢理引き離すのも憚られる。
どうにか説得しないと。
「いや、ホント起きんと。お腹も空いてきたし」
「お姉ちゃんは私とご飯どっちが大事なの」
なんだか別れる間際のカップルみたいなことを言い出した。
よもやそんなセリフを言われる日が来ようとは、それも実際には違うとはいえ妹に。
「それは、葵の方が大事やけど」
「ならいいでしょ」
葵は満足げにそう言うと、改めて
可愛い。可愛いけど、このままじゃ一向に起きられる気がしない。
それはさすがに困る。
俺はどうしたものかと少し考え、それから口を開いた。
「葵の作ってくれたご飯、食べたいなぁ」
「……むぅ」
葵はどうやら悩んでいる様子だ。
あと一押し……そう思った俺は、あることに気がついた。
多分、これならいけるな。
「それにな、葵」
「……何?」
不機嫌そうな、ぶすっとした声色に思わず苦笑する。
それから俺は言った。
「メイドさんが見てるで」
「……え?」
油の切れたブリキ人形のように葵が硬直した。
彼女がぎこちなく顔を向けた先、ベッド脇の椅子に腰掛けたメイドさんはそっとジェスチャーをした。
――お気になさらず、続きをどうぞ。
「――ぴゃああああ!?」
元気な雛鳥のような叫びが響いた。