「結局どうなったんや? ウチ、途中から記憶が無いんやけど」
朝食を摂りながら葵に尋ねた。朝食とは言っても、もうそこそこ日が昇っているみたいだからブランチという方が正しいかもしれない。
今日は狐色のトーストに半熟でとろとろなスクランブルエッグ、バターの風味がよく効いたアスパラガスとコーンにベーコンの炒め物というシンプルな洋風といった感じのメニューだ。茜ちゃんボディにとっては十分お腹いっぱいな量なのもポイント。
ちなみに俺が作るとトーストは端が焦げていて、スクランブルエッグが炒り卵と化し、炒め物はバターの香りが飛んで塩胡椒で味わうことになる。食べられないとまではいかないが、人に出すには憚られるといった具合だ。
ほんと、記憶を失う前の俺は食に対してこだわりが無かったんだろうな。今ではもう葵の料理じゃないと満足出来ない。
一緒に机を囲んでいるメイドさんも満足げだ。彼女だけは主食なのかデザートかは知らないが、相変わらず砂糖塗れのトーストもついてるけど。
「うん、えっとね」
頬張っていたトーストを飲み込むと、葵は話してくれた。
騒ぎに目を覚まして駆けつけたこと、スポナーを破壊したこと、
なるほど、そんなことになっていたのか。
「なるほどなぁ、後で村長さんにお礼を言わんと」
ポーションを作るためにはネザーという別次元の世界の素材が必要となる。
この世界においてネザーの存在がどうなっているかは分からないが、危険度はゲームの時の比ではないだろう。
そんなところでしか採れない素材を用いて作られたポーションの価値は推して知るべし。
惜しみなく渡してくれた村長には礼を言わねばなるまい。
「しかし、ウチ爆発食らってからずっと眠ってたんか。まあ五体満足で生きとるんやから贅沢は言えへんけど」
正確な時間は分からないが、たぶん半日ぐらいか。
死にかけたというのにそれで済む辺り、やはりポーションの効力の凄まじさを感じる。
おそらくライフ全損だった状態から復活出来る時点で、間違いなくゲームの時より強力だ。
しかし、葵は首を横に振った。
「お姉ちゃん、ポーションを飲んだ後ちょっとだけ起きたよ?」
「え、そうなん?」
全く覚えが無い。
クリーパーの爆発に巻き込まれてからは、ずっと意識を失っていたものと思っていた。
「まあ、すぐに意識を失っちゃったから。ね、メイドさん」
葵の問いかけに、お茶に砂糖をどしどしと入れていたメイドさんがコクリと頷く。
……見ていて胃もたれするというか、こっちの口の中まで甘くなってきそうな光景だ。
当の本人は気にした風もなく飲んでいるが。
「――お姉ちゃん」
糖分をこれでもかと摂取するメイドさんに慄いていたところで、少し沈んだ声になった葵に呼ばれた。
何事かと思って葵の方を見れば、にわかに俯いている。
「私、怖かったよ。お姉ちゃんが……いなくなっちゃうんじゃないかって」
「葵……」
口に出せば本当になってしまうかもしれないとでも感じたのだろうか。
葵は途中で少し言葉を詰まらせてから、絞り出すようにそう言った。
「お姉ちゃんが頑張ったのは分かってる。だけど……」
どんどん重苦しい表情になっていく葵の姿に堪らず席を立つ。
そのまま葵の傍に行き、彼女を抱きしめて頭を撫でる。
「お姉ちゃん。いなくなったり、しないよね」
「うん。……すまん、心配かけて」
「ホントだよ」
されるがまま、葵は言った。
しばらくそうしていると、ふとメイドさんが何やらジェスチャーをしているのに気がつく。
両手の親指と人差し指でそれぞれ輪を作ってつんつんくっつけたり、何やら目を閉じて口を突き出したりしている。
これはひどい。
「メイドさん……」
あんまりな行動に呆れて、思わず声に出る。
それで気がついたのだろう。
葵もまたメイドさんの方に目をやって……。
「ふわぁ!?」
素っ頓狂な叫びを上げるや否や、瞬く間に赤面した。
ほんと純真な子だなぁ。
ここは1つ、姉代わりとしてメイドさんに言っておかねばなるまい。
「メイドさん、乙女の唇は安くないんやで。勢いでチューなんて以ての外や、なあ葵?」
「そっ、そうだよ」
何か妙なイメージでも思い浮かんだのだろうか。
葵はかなり想像力豊かなのかもしれない。
「ふふ、葵ちゃんは可愛いなぁ」
「も、もう! ……えっ?」
さて、そんな葵をメイドさんはじっと見ていたが……やがてヘッと小憎らしいニヤニヤとした笑みを浮かべた。
初めて彼女の表情が変わるのを見た瞬間だった。
「ん゛?」
だが、それも葵がドスの利いた声を出すまでのこと。
メイドさんはすぐいつもの無表情へ戻ったものの、冷や汗を隠し切れていない。
葵は暫し氷のような視線をメイドさんに向けていたが、やがてプイッと他を向くと拗ねた声で言った。
「デザート出すのやーめた」
メイドさんは即座に土下座した。
それからしばらくして、朝食を終えた俺と葵は村長の家を訪れていた。
先程の通り、ポーションの礼を言うためである。
メイドさんは最終的に縋りつくように許しを請い始め、どうにかデザートにありついた後にそのまま寝ている。
考えてみればずっと看病してもらっていたからなぁ。
「ごめんください」
「おお、お二方。ようこそおいでなさった」
玄関の戸を叩くと、すぐに村長が顔を出した。
そのまま家に上げてもらい、部屋中央にデンと置かれた大きなテーブルの席に着く。
家の中の様子は前に来た時と一緒だった。
天井からぶら下がっている照明、この世界の技術で作られたものかと思ったのだが、レシピブックに載っていた家具MODのアイテムに同様のものがあったんだよな。
ポーションの件といい、実はこの村は思っていたよりクラフターとの関わりが深いのだろうか?
「昨晩お会いしましたが、改めて初めまして。琴葉葵です。昨晩はポーションをありがとうございました」
まず口を開いたのは葵だった。
村に来てからゴタゴタが続いて、何だかんだで挨拶しそびれていたからな。
「せや。葵から聞いたで、おかげで命拾いしたわ」
「お気になさるな、ずっとしまったままになっていた程度のものじゃて。きっとあの時の為にあったんじゃろう」
大らかな様子で村長はそう言うと改まった態度になる。
「それより、こちらこそ茜殿と葵殿のおかげで村は助かり申した。村を代表してお礼を言わせてくだされ」
村長は頭を深々と下げた。
一時は見捨てることも考えた身としては気恥ずかしいものがあるが、それを告げるのも違うだろうしな。
とりあえず軽く頷いておき、本題に入る。
「村長さん、結局昨日の襲撃は何だったのか知らんか? 前に聞いた感じでは普段は平和な感じやと思っとったんやけど」
ゲームの頃にも襲撃イベント自体はいくつか存在した。
1つ目はそれこそゾンビの襲撃である。バグによって発生しない時期があったものの、途中からは修正されている。プレイヤーが近くに居り、なおかつベッドが10以上、村人が20人以上いる村に対して深夜に判定を行ない、スポーン可能かどうか条件を満たすと大量のゾンビが出現するのである。ゾンビ自体は通常通りの強さだが、数は多いので難易度ハードだとドアを破られて村人が全滅……なんてこともあり得る。もっとも村を柵で囲うなり徹底的に周辺の湧き潰しをするなり、そもそもベッドで寝てしまえば判定そのものを防げるなど対策は色々とある。
2つ目は確か比較的最近のバージョンで追加されたもので、邪悪な村人であるピリジャー、エヴォーカー、ヴィンディケーター等の敵MOBが略奪隊を組んで村を襲撃するというものである。第一波、第二波、第三波と段階的に集団で出現し、難易度次第では最終的に同時に10体以上が出現する。襲撃全体で見ればそれこそ数十体を倒さなければならない。ただこの襲撃は不吉な予感というステータス異常が付与されている時に発生するなので、牛乳を飲んでしまえば回避可能である。あるいは略奪隊のパトロールや前哨基地にいるキャプテンを倒さなければ付与されないので、あえて無視するという手もある。
3つ目……というかそれ以外にある襲撃といえば、MODで追加されるものになるだろうか。InvasionModという襲撃からの防衛を主眼としたものもあれば、村の要素を強化するTekTopiaや建国が出来るようになるTaleOfKingdoms、色んな文明の村を追加するMillenaireなどのように追加要素の1つとして襲撃イベントが用意されていることもある。
ただし、昨日の襲撃はこれらのどれにも当てはまらない、明らかに異常なものであった。壊すと出現した敵MOBが全滅する特殊なスポーンブロックが突然村の周囲に出てきたり、スポーン上限に引っかかるどころかゲーム自体が落ちかねない程に大量の敵が出てきたり。探せばあるのかもしれないが、少なくとも俺はそんなMODは知らないし、ましてやそんなのが仕様になることはまずないだろう。数だけならトラップタワーを使えば大量に集められはするが、あんなのは特殊例だ。まさかクリエイティブモードでスポーンエッグをばらまきまくったわけでもないだろう。
よって、俺としてはこの世界独自の要素だと考えているのだが、気になるのは門番にも心当たりが無かったという点。確かにあんなのが定期的に起きるようであれば、とっくの昔に村は滅んでいるだろう。
何より気がかりなのは、発生した原因が全く分からないというところだ。今回は何とかなったが、あれが今後も続くようなら命がいくつあっても足りない。だからこの世界について色々と知っていそうな村長をだいぶ当てにしているのだが……。
「ふうむ、すまんが儂にとってもあれは初めての出来事じゃった。だから確かなことは言えんのじゃ」
村長はすまなさそうに首を横に振った。
しかし、『確かなことは』という言葉が引っかかる。
葵もそう思ったようだった。
「心当たり自体はあるということですか?」
「それらしい伝承を知っているというだけじゃ。そうじゃな、クラフターであるお二方であれば何か心当たりがあるやもしれん」
村長は葵の問いかけに頷く。
そうして重々しい様子で口を開いたのであった。
「まずは、この村の歴史を話さねばなりますまい。この村は――かつてクラフターによって開拓された村なのじゃ」