「いやあお恥ずかしいあっし昔からついつい喋ると止まらないタチでして」
「まだ止まっとらんで」
恥ずかしそうにポリポリと頭を掻く行商人に俺は言った。
行商人はバージョン1.14で追加されたモブだ。村人に似た友好Mobであり、一定の周期ごとにラマを引き連れて低確率で出現する。村人と大きく違うのは名前の通り定住しておらず一定時間で消えること、支払いがエメラルドのみであること、また特定のバイオーム固有のアイテムを取り扱っていることなどだろうか。
「行商人さんということは遠くから来られたんですか?」
「ええ、昼歩いて夜は隠れてで1週間弱くらいになりやす。この村は主な交易路からちょっと外れてて時間がかかるんですわ。作物の質や量はダントツですがね」
またカボチャやスイカの種を売っているし、オウムガイの殻というレア素材なんかが出ることもあるから人によっては重宝する存在だ。村人と同様に一部の敵に狙われるため、夜間は透明化のポーションで身を潜めるが、連れているラマは消えないのでプレイヤーからは場所が分かる。
「門番さん、そうなんですか?」
「普通だと思うが……」
「何言ってんですかい旦那、村の中で完結する場所なんて早々ありませんぜ」
もちろん、これはゲームの時の話だ。ラマは連れていないようだし、色々と異なっているのだろう。デカ鼻なのは変わらないようだが。
「おおっと、そうだ。旦那が言うにはクラフターさん達が求めてるものがあるって話でしたが」
「あ、そうですそうです。ねえお姉ちゃん……お姉ちゃん?」
それにしても、やはりこの世界は様々なバージョンの要素が入り交じっているようだ。何となく1.7.10がベースだとは思うのだが、どこまでがその通りなのやら。知らないMODが入っているかもしれないし、俺の知らないアップデートの影響があるかもしれないし、この世界特有の法則もあることだろう。ゲームなら未知の要素に胸が高鳴るところかもしれないが……。
そんな風にずっと考え事に意識を取られていた俺は、葵の動きに気がつかなかった。
「えいや」
「ひゃあんっ! あ、葵か。なんや?」
不意に脇腹を突かれ、思わず変な声が出た。
何事かと尋ねれば、葵は眉を寄せながらも状況を説明してくれる。
「もう、話聞いてなかったでしょ。ほら、行商人さんに頼みたいものがあるって話してたよね」
「あ、ああ、せやったなぁ。スマンスマン」
前に村へ来た時、遠方の地域では和風系のMODで追加される素材や作物が取れるという話を聞いた。だから行商人が扱っていたら取っておいてほしいと頼んだのだった。
行商人にそのことを話すと彼は頷いた。
「おおそれでしたら」
行商人はそういうと背負っていた風呂敷包みを地面に下ろすと結び目を解く。そして、中からいくつかのものを取り出した。
途端、葵が歓声を上げる。
「大豆! 枝豆! それに……お米!」
「葵、落ち着きぃや」
農業周りが落ち着いてからこの世界で食事に困ったことは無かったものの、和食が食べられないことには常々物足りなさを感じていた。
それは葵も同様だったらしい。珍しく興奮した様子で身を乗り出している。気持ちは分かるが……。
「でもお高いんやろ?」
問題は値段だ。
こういうその地域では珍しい輸入物ってのは、その分色々とコストがかかって高くなるものだ。この世界の物価というか交換レートがどうなっているのかは分からないが。
ところが行商人はきょとんとした様子で言った。
「いえ、これならお安くお譲りいたしやすが」
「そうなんか?」
俺が尋ねると行商人は苦笑して理由を話してくれた。
曰く、行商人はかつて和食を食べた際にこれは流行ると思い、その材料を大量に仕入れたことがあったのだという。ところが、この辺りでは馴染みが無かったためか売れ行きは芳しくなく、結局豆類やお米は珍品や嗜好品扱いに落ち着いてしまったのだとか。
「すっかり在庫の肥やしになっちまいやした。捌けるなら安くしてもいいと思ってたんですよ」
「なるほどなぁ。なんぼなん?」
行商人には悪いが、それならこちらとしては好都合だ。
価格を聞いてみると手持ちの素材でも支払えるようだった。エメラルドのみだったゲームとは違い、融通が利くらしい。
ただかつて仕入れた残りは遠くの町に預けてあるらしく、手持ちはあまり無いようだ。まあ売れるか分からないものなんて、そう多く持ち運ぶものでもないしな。
話し合った末に今は行商人の手持ちの分を全て買い、次に来た時にたくさん買い取ることになった。
「あ、せや。もう1つ聞きたいことがあったんや」
話がまとまったところで思い出す。
「なんでしょうか?」
「ウチらは別の世界に渡る方法について探しとってな。そういうことについて何か知っとったら教えて欲しいんやけど」
現状、この世界に関する情報は村で聞けることしか知らない。
だから村の外から来た行商人なら他に何か知っているのではないかと期待したのだが。
「うーん、すいませんが不勉強なもので、ちょっと分かりませんなぁ」
「そか……」
まあ、そうそう都合の良い話はないか。
そう思い話を切り上げようとしたところで行商人は何か思い出したようだった。
「あっ、ちっと待ってください。あっしには分かりませんが、もしかしたら町の図書館なら何か情報があるかもしれません」
「図書館?」
なるほど、図書館か。
それならこの村では手に入らない情報もあるかもしれない。
「なんだったら次来るときにそれらしいのが見つかったら仕入れましょうか? 本だからちっと高くなっちまいやすが……」
「あっ、だったらこれで足りますか?」
行商人が困ったような表情で言ったところで、話を聞いていた葵があるものを差し出した。
ダイヤモンドだ。この間、崖から落ちた先で偶然見つけたものだ。
「ダイヤモンドですか! いやあ、久々にお目にかかりましたわ。それでしたらお釣りが出るくらいです」
「お願いします」
行商人はダイヤモンドを受け取り、気合いを入れて探してくると請け負った。
それから元々の商売をしに、門番共々村の方へと向かっていき、後には俺と葵、やりとりをずっと無言で眺めていたメイドさんの3人が残った。
「ごめんね、お姉ちゃん」
出し抜けに葵が謝った。
何事かと思って目を丸くしていると、彼女は言葉を続けた。
「ダイヤモンド使っちゃって。貴重なんでしょ?」
申し訳無さそうにしている葵に合点が行った。
そんな、気にしなくてもいいのに。
「なんだ、そんなら気にせんでええんやで。葵にあげたもんやし」
「でも……」
そういえば大襲撃の翌日、これからはダイヤモンド装備の方がいいかもしれないと雑談の中で言った記憶がある。
「大丈夫やて、1個だけじゃどうしようもないねん。会う機会の限られる行商人さんへの支払いに使った方が有意義や。地下堀してれば集まるやろうし」
ゲームの時だって、珍しいとはいえブランチマイニングをしていれば必要数は集まるものだった。確かに時間はかかるだろうけど、それでも決して全く手に入らないという類のものではないのだ。
「どのみち、時間かけて地道にやってくしかないんや。気にせんとき」
「それは、分かってるけど……」
まだ何か気になることがあるのだろうか。
葵を見つめていると、やがて彼女は恥ずかしそうに口を開いた。
「お、お姉ちゃんに貰ったものだったから……」
…………。
「わあっ!?」
「葵は可愛いなぁ!」
この後、いい加減にしてと頬を抓られるまで俺は葵を抱きしめたのだった。