「ほな楽しい楽しいブランチマイニングの時間やでー」
「お姉ちゃん、目が死んでるよ」
お昼を食べ終えた俺達は地下採掘場の入り口に来ていた。
この世界にやってきた翌朝、クリーパーに爆殺されそうになった時に出来たクレーターから作り始めた採掘場。まだ2ヶ月も経っていないのに何だかずいぶん前のことのように感じるのは、それだけ色々なことがあったということだろうか。
葵との生活が始まって以後もちまちまと掘っていた採掘場ではあるが、さほど急ぐ必要も感じていなかったためにそれほど広がってはいない。地表から5マスくらいのところを掘っていただけだし、ゲームの基準だったらとてもブランチマイニングとは言えないだろう。
「掘る役と階段役はウチと葵とで交代しながら、メイドさんは松明頼むで」
だが、これから始めるのはまさしくゲームの時通りのブランチマイニング。高さ11メートル前後、地表からおよそ50メートルの深さまで掘り下げた後、碁盤のように通路を広げていく。
言葉にすれば簡単だし、やることも単純ではある。広大で真っ平らな土地を作り出す整地や岩盤までくり抜く人力クァーリーとはちょっと違うらしいが、クラフターの中にはこの手の作業こそが楽しいという者だっている。いるのだが。
メイドさんに大量の松明を渡しながら、俺はため息をついた。
「あーめんどいなぁ、絶対疲れるよなぁ」
「始める前から言ってちゃ世話ないよお姉ちゃん」
再三再四述べたことではあるが、この世界ではブロックを掘るにも設置するにも体力を使う。そして疲労というか満腹度周りの仕様がシビアになっているのか、上限が低くなったり消耗が増えたりしているのか。ちょっとした豆腐ハウスを作るだけで一仕事な状況からしたら、ブランチマイニングは大事業もいいところだった。
まあ愚痴を言っていても仕方がない。こういうのはさっさとやるに限る。先延ばしにしたところで何の解決にもならないし、いつかはしなくてはならないのだ。
気を取り直し、使い潰すことを考慮し何本も用意した石のツルハシをインベントリから取り出す。
「じゃ、行くでー」
いつも通りの手応えのある空振りという奇妙な動作と共に、採掘が始まった。
2時間経つ頃にはすっかり息が上がっていた。
「あー、しんどっ! 休憩や休憩!」
ツルハシをポイと放り投げ、段差に腰掛ける。
水入りバケツを取り出すとゴクゴク飲んで、それから頭から水を被った。
「ちょっとお姉ちゃん!」
「せやかて葵ぃ」
眦を上げた葵にそう言われるも、当の俺はそれどころでは無かった。
予想はしていたが、とにかく疲れる。その上、喉が渇くし何よりも……。
「暑いぃ~」
普段着……というか今着ている布アーマーの素材は羊毛である。通気性が高いとはいえ、冬服にも用いられるような素材で出来た服装で重労働をすれば一体どうなるのか。
「汗が酷すぎるんや~!」
「ちょ、ちょっと、はしたないよ!」
琴葉汗だく姉妹の完成である。当事者としては全然興奮しない。
ぐっしょり濡れた上着を脱ぎ捨てた。葵の非難の声が上がるも我慢していられない。下着が茜ちゃんボディの玉のような肌に張り付いて気持ち悪いのなんの。
考えてみれば、というか考えるまでもなく採掘なんて作業着でやるものだ。むしろ機械化が進む前なんて、ほとんど裸みたいな格好で従事していたくらいである。風通しの良い野外ならともかく、掘ったばかりでそんなに涼しくもない地下では暑くなるばかりだった。
「ってか葵かて汗塗れやん」
「そりゃそうだけど……」
平気なのは松明を設置するメイドさんくらいである。
試しに掘ってみる? とツルハシを掲げたところ、持っていた松明で×印を作られた。絶対にNOという強い意思を感じる。
「今どのくらいやろ……」
パタパタと手で首元を仰ぎながら、どのくらい掘り進んだかを確認する。
まだ深さ10マスか。採掘の速度もさることながら崩落止めを作らなくていい分、人力とは思えない程の効率で掘れてはいるものの、どうしてもゲーム時代と比較してしまう。
通路はいずれトロッコを敷設するのを見越し、3×3マスずつ掘っている。それが2時間で5マスの深さ。つまり5×9の45マス掘ったわけだ。となると大体3分弱で1マス掘っていることになるから……あと40マス掘り下げるのに16時間程かかる計算になる。
もちろん1マス掘るだけなら3分もかかっていないが、延々と腕を振るってもいられない。ちょっとした移動とかクールタイムとかを挟むとそのぐらいになるか。
「この調子やと着くのはもう何日か、かかるなぁ」
それもあくまで目標の高度に到達するだけで、ブランチマイニングの本番はそこからだ。鉱石が集まるまでずっと坑道を延ばす作業が続く。しかもモンスターの湧く空洞や地中の溶岩に気をつけながらだ。地下渓谷に出てしまう可能性もある。
「あと数マス掘ったら今日はやめとくか」
「次からは別の服にしないとね」
分かってはいたが、なかなか骨の折れる作業になりそうだ。
かくして連日の作業が続いた。もちろん畑や動物の世話もしないといけないから、ずっと採掘ばかりしていたわけではない。
幸いにも洞窟や溶岩に当たることもなく、高さ10メートルまで辿り着いたのはそれから5日後のことだった。3日目で筋肉痛になり丸一日休んだからだった。
「こんなんそのうちムキムキになってまうあだだだだ!」
「何やってるの……」
力こぶを作ろうと力んだら痛みが走り、葵とメイドさんに呆れられる一幕もあったりした。
さて、何はともあれ掘り下げは終わった。ここからは鉱石の集中している箇所まで広げていく作業になる。階段周辺を軽く広げてスペースを確保してから左右に掘り進んでいくことにした。
「ほな、ここからは手分けして掘り進むか。モンスターとか出たら呼ぶんやで」
「分かった」
どの程度、鉱石が集まるかは運次第だ。何にも出てこないってことはないと思うけど、それでもダイヤは出てきたら儲け物ぐらいに考えておいた方が精神衛生上良いだろう。
それにさすがにここまでの深さとなると地表より温度も低くなっているようだし、掘り始め程は暑くなるまい。溶岩が出てこなければ、だが。
淡々と、無心で丸石や砂利、土を掘っていき、暗くなってきたら松明を設置する。日の光が入ってこないので、現在どの程度時間が経っているのか分からず、辺りには採掘の音が響くだけだ。
「――お姉ちゃん!」
そんな静けさを打ち破ったのは葵の呼び声だった。
半ば停止していた意識がハッと動き出し、慌てて掘ってきた道を引き返す。
「葵、どうしたん!」
葵は階段の辺りにいた。
特に怪我をしているようでは無かったが、何やら困惑した様子だ。
「お姉ちゃん、それが大きな空洞に出て……」
「空洞? 洞窟とか渓谷やなくて?」
葵は頷く。
「うん、何だか人工的に作られた感じなの」
「マジかいな」
地下に生成される人工物といえば廃坑やジ・エンドに繋がるポータルのある要塞が思い当たるが、いずれも空洞という程ではない。別ディメンションという形で地下世界を追加するMODもあるにはあるが、それとて通常世界が地下に収まったようなものだ。
一体どういうことなのか見当もつかなかったが、ひとまず確認することにした。
「ほら、こっち」
葵に連れられて通路を進む。
やがて奥に辿り着いた俺はあっと息を呑んだ。
「うわっ、広っ!」
それはまさしく大空洞と呼ぶにふさわしい空間であった。
まるでそこら中にTNTを設置して連鎖発破させたような具合だ。
しかし、その規模が尋常ではない。
暗くて向こうが見渡せないぐらいだった。
「あ、お姉ちゃん、足下高いから気をつけて……」
「ぬわーっ!?」
もっとよく見ようと体を乗り出した時だった。
通路が空洞の壁面に空いているということに気がつかなかった俺はそのまま宙に足を踏み出し、葵の注意も虚しく落下していった。
「お、お姉ちゃーん!?」
「あいだっ!」
思い切りドサリと体をぶつけたものの、幸いにも幸いにも大した高さではなかった。
痛む体を起こしつつ、俺は松明を取り出して辺りを照らす。
そして、信じられないものを見た。
「なっ、なんやこれ!?」
大空洞の床や壁は『鉱物』ブロックで埋まっていた。