騒ぎが落ち着いた頃には時刻も昼下がりになっており、後はのんびりすることにした。
どうにか葵に機嫌を直してもらい、今日のおやつにありつけたメイドさんがもそもそと食べているのを見て、ふと尋ねそびれていることがあるのを思い出した。
「そういやメイドさんってどこから来たん?」
この前村に行く途中で出会ったメイドさんだが、実のところ彼女についてはあまり知らない。葵が熱を出したり村が襲撃されたりと色々騒ぎがあって、ひょっこりついてきてそのままになっている。
メイドさんはクッキーの最後の一欠片を切なそうに口に放り込む。それから自分の身の上について喋り……はせず、いつも通り無言のジェスチャーで説明を始めた。
「へぇ、この辺りに来る前は大きな町にいたんだ」
メイドさん曰く、村からずっと北の方へ行くと大きな町があるのだという。この間の行商人もそこから来たと思われるらしい。その町は四方を大きな壁で囲っていて、いくつも大きな建物が建ち並び、何でもかつてクラフターによって建設されたと言われているらしい。
……あれ? そんな話を以前、村でも聞いたような。もしかしてクラフターが関わっている町や村ってのはそうそう珍しくないのか。
そんなことを思っていたらメイドさんが補足をした。
「何々、そこそこ以上の規模がある集落はどれもクラフターが関わっているって言われとる? あの村の規模は上から数えた方が早いから一般的な村の参考にはならない?」
そういえば行商人もあの村の食料自給率は他と段違いみたいなことを言っていた。
それに村長の話によれば、あの村も本来は大きな町であり、詳細は分からないが一度滅亡の憂き目に遭って再建したんだったな。
さすがにまた滅んではたまらないだろうし、何かしらテコ入れを行なったんだろう。農作物の生長を早める土地にしたとか。そういうことが出来るMODがあるのか、現実みたいに地道に土壌改良をしたとかなのかは分からないが。
おっと、話がずれてきた。
「話が逸れてもうたな。それでその町ってどんなところなん?」
メイドさんは説明を続ける。
その町は大きいだけあって人の賑わいも盛んであり、多くの店もあるし富裕層の住む屋敷が並ぶ区画もあるらしい。そういうわけでリトルメイドの働き口も多く、メイドさんも色んなところで働いていたようだ。
「メイドさんがいっぱい」
葵がのどかな町の情景でも思い浮かべたのか呟いた。
俺もイメージしてみる。
大規模建築の一種とも言える、家々が立ち並び、道が四方八方に張り巡らされた町。
そこを行き交うデカ鼻の町人と砂糖好きのメイド達。
辺りから聞こえるフゥン、ホイホーイ、ファ?、ゴシュジンサマーの大合唱。
ガチャガチャとひっきりなしに開け閉めされるドアの音……。
「めっちゃ喧しそうやな」
「えっ?」
げんなりとぼやいた俺を葵はきょとんとした目で見た。
いやまあ、この世界だったらゲームみたいな鳴き声を出したり意味もなくドアの開閉を繰り返したりすることはないだろうが。
ところがメイドさんはその通りと頷いた。
「実際うるさかった? 町人が夜中に集まって色んな家から声が聞こえてくる? メイドは耳栓して寝るのが習慣?」
「あっ……」
察した。
そういえば村人もそうだった。
門番の思い出したくもない表情が脳裏をちらつき、頭を左右に振って払う。
「なんだろう、そういう風習とかあるのかな」
葵は不思議そうにしている。
そんな彼女に対し、メイドさんが教えようとしたので慌てて止めた。
「説明せんでええ! そ、それより、その町って名所とかってあるんか?」
話題を切り替える。
メイドさんによれば、町の防壁に特徴的なものが備え付けられているらしい。
何でも大昔の防衛設備で今は動かせないそうだが、そのままになっているという。
「防衛設備? えっと……投石器とか大きな矢を撃つ弓みたいなのとか?」
葵が西洋の城壁を連想したのか、投石器やバリスタがあるのかと問うとメイドさんは首を横に振る。
それから紙とイカ墨ペンを取り出すとさらさらと大まかな外見を描いて見せてくれた。
特徴を捉えながら手早く描いている辺り、上手だ。
「これは……えっ、機関銃?」
「機関砲やな、似たようなもんやけど」
メイドさんが描いたそれは台座に据え付けられた機関砲に、目を引く円筒形の弾倉がついた兵器であった。
――正式名称をファランクス、古代の陣形から名前を取られたそれは現代の軍艦が搭載する対ミサイル迎撃用の機関砲。MCヘリで実装されている兵器の1つである。
「これもクラフターの遺物か」
俺の言葉にメイドさんは頷いた。
外壁にいくつも設置されているらしく、昔はこれを使って町に寄ってくるモンスターを倒していた記録が残っているそうだ。
確かにこれならあのゾンビの大群だって一方的に処理出来るだろう。そう、処理である。ボスであるエンダードラゴンやウィザーだって瞬殺出来るくらいだ。これで倒せないバニラのモンスターは飛び道具の効かないエンダーマンくらいだろう。あいつの特性は飛び道具主体のMCヘリにとって天敵とも言える。まあ、戦車で轢いたりミサイルや大砲などの爆風に巻き込んだりすればその限りでもないが。
しかし、クラフターが去ってからは弾薬の補充も本体そのものの修理も出来なくなってしまった。また、大きく重いので取り外して下ろすことも出来ず、風雨に晒されるまま、観光資源の1つと化しているのだという。
「まあ、この世界の文明水準じゃそうなるわな」
クラフターの関わったところや生態系などを除けば、この世界は中世か良くて近代手前くらいの文明だ。産業革命以後、飛躍的に発展していった科学社会において誕生したこの兵器を運用するなんて不可能である。
むしろ現存しているだけでも奇跡かもしれない。
「ところでメイドさんはどこで働いてたの?」
話が変わり、ふと、葵が気になった様子で尋ねた。
メイドさんは顎に手を当てて思い出すような仕草をしながら、指を折って数え始める。
もちろん、正確には職業を表すジェスチャーをしながらだが。
「ほーん、お屋敷に農家にお菓子屋に仕立屋に給仕に配達に……って多いな!?」
いくらマイクラのメイドが多種多様な仕事が出来るとはいえ、そんなに職を転々とするものなのだろうか。まさか食べ物の摘まみ食いでしょっちゅうクビになったとか、そういうんじゃないだろうな。
などと考えていたのが顔に出ていたのか、メイドさんが心外そうな無表情で抗議した。
「うん? 私はそんじょそこらのメイドとは違う優秀なメイドやって?」
説明によれば、通常のメイドは掃除なら掃除、料理なら料理、農業なら農業といったようにそれぞれの仕事に特化し、それ以外はそこそこといったことが多いらしい。ところがこのメイドさんは先に述べたように仕事を選ばず、さらに人並み以上にこなせるのだとか。
だからそんな超優良メイドな自分がいることにもっと感謝すべき、あとお菓子も寄越すべきなどとメイドさんは偉そうに無い胸を張った。
「そーかそーか、なら試しにご主人様の肩揉んでみ」
「お姉ちゃん、悪趣味な成金みたいだよそれ」
足を組みながら椅子の背もたれに寄りかかってそう言った俺に対し、葵が呆れたような声を出した。
一方でメイドさんはいいだろうとばかりに頷く。
そして、スッと席を立つと淀みの無い動作で背後に回り、肩を揉み始めた。
「あっ、上手。そうそうそこそこ」
ただし葵の肩を、だが。
「なんでや!」
抗議するもメイドさんは暖簾に腕押しとばかりに涼しい顔で受け流す。
それから片方の手のひらを立てると左右に振った。
――ご飯作る人がご主人様。
「胃袋握られとるだけやないかい!」
結局、メイドさんが俺をご主人様扱いすることは無かった。