「留守番よろしゅうな」
「行ってきます」
手紙を受け取ってから十数分後。
メイドさんに留守番を頼み、
手紙を送り届けてきたオオカミも一緒だ。葵の膝の上で大人しくしている。
「ほな、離陸するでー」
風切り音を出しながらローターが回り始めヘリが浮き上がる。
独特の浮遊感と共に地面が遠ざかっていき、拠点の屋根さえもが見下ろせる高さになった。
ヘリを飛ばすこと数時間。大平原を過ぎ、木々の生い茂る森の上を難なく通過し、村に到着する。
「いやーホント便利やな。現代文明様々やで」
「中身は別物だけどね」
いくら今乗っているヘリの速度が乗用車程度しか出ないとは言え、地上を進んでいくのに比べれば雲泥の差だ。安全面でも地形やモンスターを気にしなくてもいいし。
バニラのままだったら村直通のトロッコを開通しなければならないところだった。もしそうなったら線路内にモンスターが入らないよう高架にする必要があるだろうな。金属資源に関しては大量入手したからいいとして、線路を延ばすのに結構時間がかかっただろう。野外を出歩いたり生活圏を広げたりすることはあんまりないようだから、土地の利用権で揉めるとかはないだろうけど。
「着陸っと」
ゆっくりと慎重に高度を下げて、村の近くに着陸した。
それから降りてヘリをペシッと叩けば、すぐアイテム化してインベントリに格納される。
折り畳み自転車なんて目じゃない携帯性だ。
「これなら1家に1機、昭和の未来予想図みたいな自家用ヘリの時代が来るかもしれん」
「航空法とか墜落時の被害を考えると無理だと思うよ。この世界なら話は別かもしれないけど」
「駄目かぁ」
もっとも葵の言う通り、インフラや法律、何より利用者が追いつかない限り実現しないだろう。
つまり仮に元の世界でクラフターの能力が使えたとしても、ひょいと気軽に空を飛んでくのは無理ということだ。
最近ではクリスマスのサンタさんも警察に注意喚起されてるくらいだからな。ジョークだけど。
「おっちゃーん、来たでー」
「おお、行商人が待ってましたぞ」
村の方へと歩いていき、門番に声をかける。
初めてヘリでやってきた時はそれはもう腰が抜ける程驚いていた……とかそういうのは無く、至っていつも通りの反応だった。
曰く、変わったものを見かけたら大体クラフターの仕業か何かだというのがこの世界では常識らしい。まるでクラフターが変人奇人の集まりみたいな認識をするのはやめてほしいものだ。葵は何か納得したように頷いていたが、自分も今はクラフターだということを忘れちゃいないだろうか。
オオカミを門番に預けたところで、行商人がやってきた。まあヘリでやってくれば村の中からでも目立つか。
「いやあ大変お待たせしやしたあっしももっと早く来るつもりだったんですが少々回り道せんといかんくなりやしてねおかげで余計に時間は取られるわ予定外の野宿する羽目になるわで困ったの何の」
「落ち着きぃや!」
行商人は最初に会った時と同じく、マシンガントークを始めた。
聞いていたら日が暮れそうな勢いだったので慌てて止めて本題に入る。
「まずはこの間言っていたお米や豆を持ってきやした」
「おおー!」
葵が歓声を上げた。
行商人が背負っていた包みを広げると、どっさりとお米や豆が姿を現す。在庫がたくさんあるとは言っていたが結構な量である。
代金としてこの村では育ててない作物、加えて家の裏手で取ったリンゴを渡した。たくさんある金属資源を渡すという手もあったけど、考えなしに使っていたらさすがに在庫が無くなってしまうだろう。買い物はなるべく作物などの生産可能なもので支払うことにしている。
……さて、ここからだ。
「そんでこれが本命の品になりやす」
行商人は別の包みを取り出した。
それを広げると中からは紙で念入りに保護された一冊の古そうな本が出てくる。
元の世界のしっかりとした装丁とは真逆の、良く言えば味のある、はっきり言えば乱雑に紙をまとめただけの粗末な感じの本だ。
ゲームだったら中身が白紙の製本済みのものが出てきたけど、そういうわけでもないらしい。
「代金は前にもらいやしたから、そのまんまもらって下せえ」
「おおきに」
受け取るとごわごわした感触が指先に伝わってくる。
表紙には『クラフターを辿る旅路で得た知見』とだけ書かれている。
日本語……じゃないけど読める。ゲームでエンチャントをする時みたいに、象形文字みたいな言葉に重ねて日本語が浮かび上がってくる感じだ。レシピブックの時は図があったから良かったけど。そうなったら翻訳を頼まないといけないところだった。言語を覚えるなんてやってたら何年かかることやら。
「あ、それともう一つ伝えとくことあるんでさ」
「ん、何や?」
早速礼を言って本を持ち帰ろうとしたところで、行商人が口を開いた。
「それがですね、実はその本を手に入れる時にその町のお偉いさんに会ったんですが。どうもクラフターさんに頼みたいことがあるそうなんですわ」
「頼みたいこと?」
葵が首を傾げる。
頼み事……確かにクラフターじゃないと出来ないことは色々あるだろう。
伝説扱いされる程度には長いこと姿を現していないらしいし。
何かクラフターじゃないと作れないとか直せないとか、そういうものでもあるのだろうか。
「詳しくは会ってから話すそうですわ。都合の良い時に来てくれればいいとは言うとりましたが、何となく焦ってる感じもありやしたね」
直接じゃないと話せないというからには、それだけ重要なことなのだろうか。
正直きな臭い感じはするけど、もし真っ当に頼みがあるっていうんならそう悪い話でもないかもしれない。
町の偉い人と伝手が出来たら色々と情報を集められそうだし。
「どうしやす? 急かすわけじゃありませんが、今週中に出発するならついでに案内しますぜ」
「どないする、葵? ウチは行ってもええんやないかと思うけど」
「まずは本を読んでみてからでもいいですか? 内容と関わりのあることかもしれませんし」
「構いやせん、今週中はこの村にいますからまた声をかけてくだせぇ」
葵の答えに行商人は頷いた。
再び村の外に出て、ヘリに乗る。
拠点に戻る最中、早速葵は本を読み始めた。
「これ、昔の紀行誌みたいだね。作者が旅をした時の出来事とか旅先で聞いた話とかをまとめたものみたい」
「ほーん」
チラッと横目で本を見る。
外見こそあまりページ数は多く無さそうだったが、文字が細かく結構な文量があるようだ。
「ギッシリあるなぁ。読むのは任せたで葵ー」
「ちょっと、お姉ちゃんもちゃんと確認してよ? 関係ありそうな情報かどうかはお姉ちゃんの方が詳しいん、だか、ら……」
その時、急に葵が押し黙った。
どうしたのかと思い、見やれば青い顔をしている。
葵だけに。
って、それどころではない!
「えっ、葵!? どないしたん!?」
慌てて声をかけると葵は苦しそうに言った。
本から目を離し、しんどそうにしている。
「酔った……」
「えっ?」
「揺られながら文字読むの、苦手なの忘れてた……」
結局家に帰り着くまで、葵はぐったりしていたのであった。