地面に投げ出された衝撃で、ようやく自分が爆発に巻き込まれたことを理解した。
耳鳴りで周囲の音が聞こえず、視界が半ば砂嵐に覆われたようになっている。一時麻痺していた痛覚が次第に戻ってきて体のあちこちの痛みを訴え始めるし、擦り傷で手や腕のところどころが赤く滲んでいる。
どうにか肘を立てて体を起こしながら、周囲にもう敵がいないのを確認する。
最初に衝いて出た言葉は悪態だった。
「あっ、あの、豚の出来損ないが……!」
クリーパーは他のモンスターと違って足音と導火線に火がつくような音以外ではほぼ無音で、アンデッド系モンスターのように日光で燃えることもクモのように明るい場所では中立状態になることもない。緑色をしていて草原では擬態色になるというのも、その隠密性を高めている。
今の俺みたいに日中で油断しているクラフターの背後に忍び寄って周囲ごとその命をこの世から解放するのは、ゲームではもはや風物詩も同然だった。何人のクラフターがアイテムをぶちまけたり建てたばかりの家に穴を空けられたりしたことか。
ちなみにクリーパーが元々は豚の3Dモデルの失敗作ということはクラフターの間では有名なトリビアである。
さて、今のでいったいどれほどの傷を負ったのだろうか。軋むような腕を恐る恐る背中に回してみる。
「痛っ……でも、思ったより大したことないな?」
ジンジンと、脈打つように深く染みるような痛みこそある。
しかし、手から伝わってくる感触はあれほどの近距離で爆発に巻き込まれたとは思えない程度のものだった。そもそも服すら破れていないようだ。プールに飛び込む時に腹打ちしたよりはきついくらいで、むしろ地面で擦った傷の方が具合が悪そうである。
これは、どういうことなのだろう。不思議に思いつつも立ち上がってみる。
「う、あっ……」
酷い目眩と脱力感とで、倒れそうになり踏み止まった。空腹なのもあるかもしれないが、
それとはまた違うような気がする。思考も少しぼんやりとする中、マインクラフトの知識に照らし合わせて考えてみる。
……一番ありそうなのは、体力だろうか。世にある多くのゲーム同様、たとえ残りの体力が僅かでもプレイヤーは精神的な焦りを除けば何の支障もなく動ける。そのゲーム的な仕様と現実の傷ついたらその分動けなくなるというのが混ざり合ったらこうなるだろうか。
空腹感の方は現実とさほど変わらないしそれでダメージを受けるという感じもないが、怪我の度合いと今の感覚からするにたぶんその辺りが曖昧というか、認識と実際の状態とで差があるのだろう。
弱ったらそれまでというのはゲームと比べて大きく弱体化したように思えるが、こうなってみて自覚症状があるのは重要だと実感する。痛覚は生物が生き延びるための重要な機能だ。本当は死にかけなのに気づかず、大したことのないダメージで体力が尽きて死亡なんてなったら笑い話にもならない。
自分の状態に結論が出たところで深呼吸をして、一旦落ち着く。それから振り返った。
「うわぁ……」
石ブロックの層が露出するほどの穴が地面に空いている。深さ3メートルで直径5メートル。真四角なブロックに沿って十字を描くのではなく、もうちょっとだけリアル寄りに丸い。ゲームなら埋め直すのが面倒くらいの感覚だったが、実際に見てみるとその大きさに絶句するしかなかった。直撃してたら死んでたなこれ。
だが、一度転んでもただでは起き上がらないのがクラフターだ。
昨日から屋外に設置したままだった作業台で手持ちにある残りの木ブロックを使いシャベル、ツルハシに加工する。それから爆破で空いた穴の辺りを階段状に整えつつ、必要な分だけ石も回収した。一括破壊がある分、やはり早い。そのうちここは地下採掘場の入口にしよう。
「どうだクリーパー、お前の爆発を利用してやったぞ」
ふはは、と続けようとして虚しくなってやめた。単純に格好つかないし、茜の声だとなんかギャグっぽくしか聞こえなかった。別に琴葉茜はギャグキャラ担当でもなんでもないのだが。
今しがた採掘したばかりの石を作業台に持っていき、引き続きクラフトする。まずはツルハシ、シャベル、斧をアップグレード。斧はともかくさっき作ったばかりの2つはもうこれでお役御免だ。
ここで木の棒が足りなくなったので、豆腐ハウスの天井を回収して素材にする。それから石の剣を作った。
試しに振ってみる。斧の時と同様に大して重い物を持っている感じはしないというか、全く重さが変わらない気がする。さすがに同じ重さということはないだろうから、これもまたクラフターとしての能力なんだろう。
ともかく、これでゾンビの1体くらいなら倒せるとは思う。
「……戦う、か」
考えてみると昨夜は無意識に戦うという選択肢を除外していたな。
間違いだったとは思わないけど、それにしたって一方的にやられることばかりが浮かべていた。実際に襲われたら、反撃くらいは出来ると思うのだが。自覚は無かったが、それだけ混乱していたか。
それか、思考が体に引っ張られているとか。精神は身体的な変調の影響を大きく受けるからな。年齢不詳ではあるが、茜ちゃんは外見からして10代半ばくらいだ。この体もおそらくそれくらいだろう。そんな少女が怪物に襲われそうになったら怯えて当然である。
まあでも、単に俺がビビっていただけかな。そもそもモンスターが出てきた、じゃあ戦ってやっつけようという人間の方が少ないんじゃないか。外国だったら武器を手に取ってと考えるのかもしれないが、俺は日本人だし。
次に敵と出会った時、ちゃんと戦えるのか。いや今は残り体力少ないから無理か。
そんなことを思いつつ、最後にかまどを作成する。作業台同様にその辺に設置し、どんな感じになるかテストがてら残り少ない手持ちの原木をセット、燃料として木ブロックを突っ込んでみる。
火種も何もないのに勝手に燃焼が始まるって、何かシュールだな。それに結構勢いよく燃えているのに近づいてみても、少し暖かい程度で全然熱くない。これならゲーム同様に家の中に設置しても大丈夫そうだ。本当に不思議な光景だけど。
やがて火が収まると木炭が出来ていた。いくつかを木の棒と組み合わせて松明を作る。残りは取っておこう。石炭が手に入ったらもうわざわざ作らないとは思うけど、まだまだ素材不足だからな。何より調達するのも結構手間がかかるし。
……さて。ここまで我慢してきたがいよいよ空腹がキツくなってきた。いい加減何か口にしないと保たない。
現実寄りになっているのなら、木に直接生っているのではないかと思いリンゴを探そうと森の方へと目を向ける。すると木々の間で何やら白い物体が動いているのに気がついた。
「なんだ?」
石の剣を構えて、慎重にそっと近づいていく。
数分かけて辿り着いた俺が見たのは、ニワトリだった。何羽かいる。太っているというか、どことなく角張っている感じなのがまさしくマインクラフトのニワトリといった様相を呈している。
コッコ、と鳴き声を発しながら歩いており、俺が近寄っていっても無警戒のままで全く気にならないようだ。のんびりとした様子で、石を飲み込んでいるのか何なのか地面を嘴でつついている。そういえば虫は全然見ないな。マインクラフト同様、この世界にはいないのだろうか。
「ちょうど、いいか」
屠殺の経験なんてないし、少し躊躇いが湧き上がってくる。
が、背に腹は代えられない。俺は意を決して手近にいたニワトリに剣を振り下ろした。
返り血が、顔に跳ねた。
肉を裂き、骨を砕く鈍い感触が手に伝わってくる。
ニワトリの甲高い悲鳴が辺りに響き渡った。
「あ――」
他のニワトリ達はここに至って命の危機を感じたのか、慌ててどこかへと逃げ出していく。
後には俺と、ざっくりと剣で斬られて転がった一羽が残される。
ニワトリはまだ生きているが酷く出血し、苦痛もあるようだ。
それでももがくようにしながら、生き延びようとじたばたと足を動かしている。
――ひと思いに、楽にしてやった方がいい。
そんなことを思いながら、半ば放心状態で俺は再び石の剣を振り抜いた。
今度こそニワトリは事切れ、動かなくなる。
「血、出るんだ」
当たり前のことを、ぼんやりとそう呟いた。
ニワトリの死体は消えることなく転がったままで、経験値オーブとアイテムを落としてそのまま消滅とはいかないようだった。
見た目が見た目だから、ゲームの仕様がだいぶ反映されていると思ったのだが。
ニワトリでこれなのだ。他のウシやヒツジを狩る時なんてどうなるのだろう。あまり考えたくないが革や羊毛を手に入れるには避けては通れないし、ステーキはゲームにおいては主食と呼んでいい程の効率がいい食料だった。ずっとリンゴやパンを食べて生活というのも飽きが来るだろうし、不健康だろう。栄養失調がこの世界でも適用されるかは分からないが。
……ともかく命を奪った以上は有効利用しなければなるまい。
おっかなびっくり俺はニワトリの死体を掴むと、とりあえず斬ったところから皮と肉の間に剣を差し込んでみた。これで合っているのだろうか? ひとまず食べられる部分が取れればいいのだが。おっと血抜きとかあるんだっけ、どうやるんだろう。
なんて思っていたら。あっさり羽毛部分と肉とに分かれた。
驚いている間にアイテムとしてインベントリに格納され、ニワトリの死体も消滅する。
後には血痕が残るばかりとなった。
「へ?」
手元に出して確認してみる。羽1つ、肉1つだ。何度確認しても変わらない。
経験が無いとはいえ、いくらなんでもこんな簡単に解体出来ないことくらいは分かる。
というか死体がまるごと消えたが、骨はどこへ行ったんだ。まさかこの世界のニワトリは元から骨無しチキンなのか? じゃあさっきの感触はいったい。
どこまでがゲーム通りで現実寄りなのか、もうさっぱり分からない。
「昨日から、なんだかこの世界に振り回されてばっかりだな……」
拍子抜けしたような、狐につままれたような、そんな神妙な気持ちになる。
その後食べた焼き鶏はサイズの割にボリュームがあり、空腹という最高のスパイスもあってとてもおいしかった。