帰り道は相変わらず草木がいちいち当たって鬱陶しかった以外は特に何事も無かった。目印を置いておいたおかげで迷わなかったが、それでも改めて通ると真っ直ぐには進めていなかったことが分かる。そう極端なものではないといえ、平坦な土地ではなく迂回もしてたし。
普段使う道とかが出来たら整備しないとな。だいぶ先のことになるとは思うけど。どんどんやることが山積みになっていくな。
「あー、やっぱり穴空いてる」
さて、拠点に帰還した俺はまず傷の処置を行なった。とはいっても医薬品の類いは全くないから、せいぜい水で洗うことぐらいしか出来なかったが。案の定、水が染みて痛かったが、むしろだいぶ深々と矢が刺さったはずなのにその程度で済む辺り尋常ではない。
体はそんな具合で治るから良かったが、服の方は完全に穴が空いてしまっていた。繕えないし、替えの服なんてないからこのまま着続けるしかないが。完全に着た切り雀だ。でもマインクラフトに服って基本的には存在しないからな。防具はあっても、普段着というのはキャラの見た目ごと変えるしかないのだ。この世界なら用意出来るとは思うけど。クモの糸とか羊毛とかをクラフトして作れないだろうか。
「下着姿で生活ってわけにもいかないしな」
別に見た目とか恥じらいとかの問題だけじゃなくて、単純に肌寒いし傷だらけになるからだ。この服を着ていてさえ、露出している肩辺りは草で擦れまくったというのに、脱ぎなんかしたら目も当てられない。
脱ぐとしたらせいぜい洗濯する時くらいだろう。ああ、代わりの服が欲しい。衣食住は生活の基本だということが切実に感じられる。
まあ服も課題の1つとして置いといて。死にそうになりながらも持ち帰ったものを試してみるとしよう。
今日の本命、羊毛と鉄鉱石による新たなクラフトだ。あまり数は多くないからさほどのものは作れないが、使い道はもう決めてある。
まずはベッドだ。作業台に羊毛3つと木ブロック3つを縦2列、横1列に並べる。羊毛が上で、木ブロックが下だ。完成形のイメージが浮かび上がったので、それを意識の中で手に取る。手元に白い布団の敷かれたベッドがミニチュアのように現われた。
どうやらバージョン1.12のようにベッドには色が付くらしい。昔はどんな色の羊毛を組み合わせても赤色だったからな。ただ、カラフルになったのはいいが同じ色の羊毛じゃないと作れなくなったのは少し不便だったが。ヒツジは必ずしも同じ色同士で群れを成しているわけではないからな。なんで色違いが混ざっているのかは謎だ。実は染料になる花を食ってそれで色変わったとかか。おっと、それじゃあまるで黄昏の森MODの山羊だな。
早速、家の中に設置してみる。ゲーム通りのシングルサイズだ。
「触った感じは悪くないな」
相変わらず殺風景な部屋ではあるが生活感は増したように思う。物置から仮眠室くらいにはなったのではなかろうか。花でも飾ればもう少しマシになるか? 粘土を手に入れたら植木鉢を設置してみるか。
続いて鉄鉱石だ。これはそのままでは使えないから、帰ってからかまどに突っ込んで精錬しておいた。燃料には石炭を使用した。現実だったら排煙で大変なことになるところだが、このかまどの煙は見た目だけで本当に出ているわけではないようだ。
鉄鉱石を精錬して出来上がった鉄インゴットをVの字を描くように配置する。水や牛乳は分かるとして溶岩までをも汲むことが出来る、本当に鉄製なのか疑わしいバケツの完成だ。
最優先でこれを作ったのは畑を作るためだ。これで思った通りの規模の畑が作れる。早く帰ってきた分、時間にも余裕があるし後で昨日植えた種がどうなってるかを確認しつつ広げるか。
次に作ったのはハサミだ。主な用途は羊毛を刈ることだが、葉や草、クモの巣の破壊や回収にも使える。また、この世界なら日用的な使い方も出来るだろう。髪や爪を整えるのに使うこともあるかもしれない。マインクラフトのハサミは和鋏みたいな形、世界的にはギリシア式と呼ばれる昔ながらの形状だからちょっと馴染みないけど、使えないことはないだろう。
順序が違ったらあのヒツジさん達を連れ帰ってたんだがしょうがない。別のヒツジを探して飼育することにしよう。そのためには小麦を用意しなければ。やはり農業を始める必要がある。
こんなところか。あとは鉄インゴットが1個残っているが、これでは鉄のシャベルくらいしか作れない。火打ち石があれば打ち金をつけて火をつけられるようになるが、あれはネザーという別の世界に行くために使うくらいだろう。ゲームだと伐採で取り除くのが面倒になって森に放火したこともよくあったけどさすがに現実になった今、そんな真似はしない。結局余計に時間がかかるだけだったし。
しかし、ネザーか。溶岩だらけで暑そうだな。まあ行くとしても当分先のことになるだろう。ネザーへのゲートを作るための黒曜石を用意出来ないし、そもそも今すぐ欲しいネザー産の素材はないし、何より行ったら十中八九死ぬだろうし。崖っぷちにゲートが出来て、入って数歩進んだらマグマダイブなんて洒落にならんぞ。
「じゃあ、小麦の様子を見に行くか」
バケツとスコップ、それから集めた種と木のクワなどを持って昨日植えた場所に向かう。
昨日の予想通り、芽が出始めたばかりでまだ時間がかかりそうだ。植えてから1日で芽が出てる辺り、植物も動物同様に繁殖力が凄まじいことになっているのに変わりはないのだが。詳しくはないが確か現実の小麦は種まきから半月ぐらいで芽が出て、どんな具合で育っていくかは分からないが最終的な収穫は半年強くらいはかかった気がする。もちろんその最中の世話も欠かさずにだ。本当、この世界の動植物は元の世界と似ていても品種改良どころじゃない生態の乖離があるな。
さて、それでは畑作りだ。マインクラフトにおける畑は水源から縦横9マスの土を耕すことで出来る。それ以上離れるといくら耕しても湿らず、元の土ブロックに戻ってしまうのだ。また0.75ブロック以上の高さから着地しても駄目だ。これは故意にジャンプするのを除けば、水源に落ちてしまい上がる時や段差を降りようとした時になりやすい。これはハーフブロックを水源の上や段差に設置すれば避けることが出来る。
よって俺が作った畑はハーフブロックを被せた1マスの水源、それを中心とした9×9の耕地だった。周囲は柵で囲み、野生動物やモンスターが踏み荒らすのを防ぐ。ついでに松明も柵に設置しておく。一定以上の明るさを確保することで夜間も成長するからだ。
それから俺は1マス間隔で種を1列ずつ植えていった。これは同種の作物が隣接していると成長速度が低下するという仕様を避けるためだ。ただし、これは斜めに配置してもかえって遅くなる点は注意が必要である。
一面金色の小麦畑というのも良いものだが、今はとにかく短期間で小麦を収穫したい。どうせ後々手直しや拡張をするだろうし、その時に改めて配置は考えればいい。
「そういやジャガイモとかニンジンとかどう手に入れるんだ?」
ふと、小麦以外の作物の入手方法が気になった。マインクラフトの世界に生成される村には畑があり、必ずではないが大抵小麦以外の作物も育てている。ゲームでは村人の畑から頂戴することが多かったが、はたしてこの世界でそんなことをして大丈夫なのだろうか。ゲームだと村から何を略奪しようと村一つ解体してしまおうと、果てには殺害しても規模の大きい村に出現するゴーレムが敵対するだけで、村人自身は何事も無かったかのように取引に応じてくれたのだが。
「さすがに、それは無いだろうなぁ」
ゲームだとフンフン唸っているばかりであまり知能の高くなさそうだった村人だが、この世界でもそうとは限るまい。むしろ家が建ってたり社会生活を営んでいたりする辺り、普通の人間と遜色あるまい。
であれば作物の種が欲しければ取引することになるだろうから、何かしら交換出来そうな物品を用意しておかないといけないな。まだ村があるかも言葉が通じるかも分からないが。
ひとまず畑は今のところこれで終わりだ。3日後くらいを楽しみにしておこう。
それから俺はニワトリの様子を軽く見て、卵がいくつか落ちていたのを回収し家に戻った。現実に即しているならと、試しにかまどに卵を入れて焼いてみたところスクランブルエッグになった。目玉焼きではなく、溶いてもかき混ぜてもいないのにだ。どうやらこの世界には料理関係のMODも入っているらしいと確信する。朗報だ。ますます村への期待が高まる。調味料は入っていなかったが、俺は卵本来の風味を楽しんだ。焼き鶏しか食べていなかったからな。パンが作れるようになったら卵サンドと焼き鶏サンドがメインになりそうだな。
「さて、と」
日が暮れてきたので家の中の松明を外し、俺はベッドに向かい合った。作ってから触った感じは良い感じだったが、実際の寝心地はどうだろう。床より悪いってことはないと思うが。
そろりそろりと布団を捲って潜り込む。
「ふわぁ……」
柔らかく肌触りがいい。羽毛布団と違って重くなくて、ふんわりと体を包まれるような感覚。あまりに気持ちがよくて、思わず声が漏れ出てしまった。たぶん、今まで使ったことのある中で一番良い布団だ。当たり前か、ウール100%だからな。
明日はどうしようか寝る前に考えようと思っていたが、強烈な睡魔で意識がぼんやりする。森の中を歩いたり命の危機に遭ったり農作業したりしたんだから当たり前か。やっぱりクラフターとしての身体能力が裏目に出ている気がする。横になったらこれだけはっきりしてる疲労を物ともせず動けるとは。おかげで助かってはいるが、限度に気をつけた方がいいかもしれない。
それで、何だったか。ああ、明日はどうしようかってことか。どのみち探索して、農業してくらいしかやることないけれども。しばらくは同じ感じだろうな。
まあ、いいか。今は眠い。眠くてしょうがないから、明日のことは明日の俺に任せるとしよう。
「おやすみぃ……」
いつの間にか、俺はすっかり微睡みの彼方へと旅立っていた。