いつもとなりの友希那さん   作:葛葉一壱

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名前を決めなきゃ友希那さん

「ほいじゃ、各自きちんとスケジュール表は見ておくこと。次はメンバー決まったバンド練1回目だから遅刻はなしなー」

 

「当然よ。遅刻なんてして時間を無駄にさせない……ライブは二週間後。それまでに一気に詰めていくわよ」

 

 

 おー! と声を挙げるリサさんとあこの元気ーズに、静かにしているがみなぎるやる気が隠せない紗夜さん。そして……。

 今日晴れてメンバーに加入した娘の、少し気弱な声が耳に入ると同時に俺は叫んでいた。

 

「――――あの」

 

「よしッ!! 解散ッッ!!! 各自自主練はやりたい奴はご自由にッ!!」

 

「おに――え、えぇっ?」

 

「藤井さんに言われなくても勝手にやります。それでは」

 

「リサ、ブランクがあると思うけれど……練習の付き添いは必要かしら?」

 

「え、ホント~? 助かるよ友希那~」

 

「あこもお姉ちゃんにみっちり教わってきますッ!!」

 

 

 秘儀、湊のバンドをやる気にさせる号砲『自主練はお好きに』を発動し、その場を無理やり動かすことに成功する。

 これまで神様でも後ろにひっついてんのかと思うくらい順調にメンバーが揃い、そこに狙ったようなライブの機会。ここまでお膳立てされてやる気の出さない面子ではなかった。

 それぞれがそれぞれの目的のためにせわしなく駆けていく中、俺も抜き足差し足とその場から離れることにする。

 

 

「んじゃ次のまた次の練習日にな~チャオ~」

 

「あ、あの……」

 

「りんりーん!! 今日自主練終わらせたらNFOしない? あこちょっとだけドロップ素材が足りなくて~」

 

「あ、あこちゃん……その、私……あ……! お兄さん、待って……!」

 

 

 そそくさと去る俺の背中に痛い位に視線が刺さるが、ここは我慢のし所だ。

 逃げてどうなるという問題ではないが、今は心の準備っていうレベルじゃない不意打ちを受けて俺もちょっと心が穏やかじゃない。

 あの娘と話すのは、もっと俺が冷静になった後でもいいだろう。

 

 なので、走る。長いこと生きてきたが、追ってを撒くために走るなんて経験したのはこれが初めてだ。

 荒くなった息を整えて、近くを流れる川の音が荒くれた心を安らげてくれる。

 冷静になって今一度振り返ってみれば、実に俺らしからぬ行動だった。

 

 

「……っふぅ、撒いたか……神様ってば意地悪だなぁもう……」

 

 

 ……本当嫌になるなぁ。

 先送りにしてるだけっていうことを理解してるのに、それでも逃げざるを得ない俺自身の弱さと、逃げることの正当化を自分の中で勝手に完結させてる性格に。

 

 絶対にいつかこのしっぺ返しがくる。その時までに、俺は俺自身ともう一度向き合わなければならない。

 

 

「――おに――――ま」

 

「……おいおい」

 

 柄にもなく感傷に浸ったせいなのか、はたまた彼女の執念なのか。

 聞こえてくる声と足音に、思わず振り返って顔をしかめた。

 

 

「――――お兄ッ、さ……けほっ。ま、待ってくだ、さい……」

 

「足速いんだな……って言ってる場合じゃないな。ああもう、や~っぱり追っかけてきちゃうかぁ」

 

 

 家へと向かう最短コース、川沿いの道中で俺はその娘と向き合う。

 白金燐子。今日ようやくそろった湊のバンドメンバー最後の1人にして、キーボード。

 そして、俺のやらかしまくった忌々しい過去の中で特に名前を憶えていた何人かのうちの1人だ。

 

 

「……あ~あ~そんなに慌てて走ってきて……大丈夫か? 転んだりは? ほい水」

 

「だ、大丈夫、です……ぁ、お水……ありがとうございます……」

 

 

 あんまりにも鬼気迫っていた表情だった。もう心の準備がどうとか言ってる時ではない、腹をくくる場面の中の1つなのだろう。

 バックから勿論未開封の水を手渡して、怪我がないかだけ確認する。

 これからライブに向けて調整していく体だ。こんなしょうもないところで支障を出すわけにはいかない。

 

 

「んで。白金さんはどうして俺をおいかけてきたのかな」

 

「……とぼけないで、下さい……流石に覚えてますし、知ってます」

 

「……そっか。それじゃあ、俺が何しでかしたか。ってのも知ってるわけだ」

 

 

 覚えてる(・・・・)。ならまだしも知ってる(・・・・)。なら、全てとはいかないが俺がどんな人物なのかはおおよそ理解できているとみていい。

 その上で、わざわざ話しかけてきたということは。

 

 

「――――俺が湊たちのバンドを手伝っていることが、不安かい?」

 

「ふ、あん……?」

 

「何せ将来を約束されたバンドを一度殺した(・・・)男だ。俺を知ってる白金さんがそのことについて言いたい事があるなら、いくらでも聞く」

 

「あ、あの……」

 

「でも信じてほしい。俺は湊に――」

 

「ま、待って! ……ください」

 

 

 俺の声を遮って、白金さんが振り絞った声が既に暗くなった辺りに溶けていく。

 白金さんは落ち着くように、言葉を整理するように何度か深呼吸をして、俺を正面に見据えた。

 

 

「私は……確かにあなたの話を、知っています。3年前の、あの記事までは」

 

 

 なら。と話そうとする俺を、白金さんは手で制した。

 最後まで聞いて欲しい。そんな気持ちのこもった目で見られて、思わず俺は押し黙る。

 そして決めた。この娘に何を言われても、全てを受け止めようと。

 そうでないと、俺は湊のバンドに関わることすらできなくなってしまう。それでは……あの時の約束を、破ることになる。

 

 

「私は……あなたに感謝してるんです」

 

「かん、しゃ……? 俺に? なんで……」

 

「……”1曲弾くのは、もっと簡単”。この言葉が、まだ私の中に残ってます。だからピアノを続けてこれた……もう、コンクールには出なくなっちゃったけれど、それでも私はピアノを続けてこれました」

 

 

 ――――だからまずは、お礼を言わせてください。

 

 

 そう言って頭を下げる白金さんに、俺は動揺を隠せないでいた。

 どうして、何故。その言葉に、そんな価値があるとは思えない。だって。

 

 

「……何も世間を知らなかった若造が、無責任に押し付けた考えだ」

 

「確かに、びっくりしましたけれど……よくよく考えてみればその通りだったんです。だって、そうじゃないですか。私が、一生懸命練習したのは……逃げることじゃない。曲を、弾くことなんですから」

 

 

 そうだ。俺はそう思って、あの時今にも逃げ出しそうな泣き顔の少女に声をかけた。

 

 

 何故逃げる?

 

『……だって、こんなに、人がいるなんて思わなくって……』

 

 お前は今日ここに来るために何を練習してきた?

 

『……それ、は』

 

 お前はここで弾く為の1曲を練習してきたのだろう。だったら弾けるはずだ。

 

『私……弾ける……?』

 

 そうだ。”逃げるのは簡単だ……。だが、1曲弾くのはもっと簡単だ。”

 

『簡単……曲を弾くのは、簡単』

 

 お前が逃げる為の練習をしてなければの話だけど……そら、いってこい。お前の番だ。

 

『う、うん……頑張る。あり、がとう……お兄さん!』

 

 

 

 在りし日の記憶。

 俺が未熟で、何も分かってなかったクソッタレな俺だったころの、記憶。

 だけど、彼女は……白金さんはそんな過去の俺の言葉に、感謝していると言った。

 

 例え嘘でも……その言葉と感謝の想いに、確かに少しだけ気持ちが晴れる。

 あんな俺にも、救えた人がいたのかと。

 

 

「……わざわざ、それを言いに走って追いかけてきたのか? 白金さんは」

 

「えっで、でも……お兄さん、逃げちゃうし……私、今日どうしても……いつか会ったら絶対に言わなきゃって……それ、で」

 

「……ぷっ」

 

「えぇっ!? ど、どうして笑うんですか……?」

 

 

 わたわたと慌てて手を振る白金さんに思わず俺は吹き出してしまった。

 どうやら俺のくくった腹は見事にスカされてしまったらしい。

 毒気は抜かれてしまったけれど、言わねばいけないことがある。

 これから先、俺が白金さんに関わっていく上で絶対に守ってほしいことを。

 

 

「いや、ごめんごめん。けど……ありがとう。あんな俺でも誰かの役に立てたってんなら、少しは昔の自分に好意的になれるよ」

 

「そんな、こと……私は、あの話すらお兄さんのことだって、信じられなくて……」

 

「残念だけど、事実だ。……白金さん。1つ約束してほしいことがある。過去の俺を知ってる人として……これから先、バンドをやっていく上で頼みたいことだ」

 

 

 頭を下げる。白金さんは急な俺の態度に慌てて止めに入るが、絶対に退きはしない。

 既に落ちるところまで落ちた男だが、これ以上全てを失わない為に必要なことだから。

 何よりも、俺が結んだ2つの約束を破らない為に。

 

 

「俺の昔のことについては、あんまり言わないでくれると助かる。特に、バンドのメンバーには」

 

「……お兄さんの、昔のことを?」

 

「そうだ。何やってたとか、そういうのを……頼めるか?」

 

「必要な、ことなんですか……?」

 

「必要。すっっっげー必要。確かに事情を知った時に裏切りって思われるかもしれない……けじめは、いずれきちんと取るから」

 

 

 だから、頼む。

 そう言って更に頭を下げた俺に、白金さんは少し間を置いて考え、そして……。

 

 

「わかり、ました……お兄さんのことは、ただのコンクール仲間。と。聞かれたらそう答えますね」

 

「ぉ、ぉう……ピアノやってたことはばれるけど、まあそれはそれで……ていうか。いい、のか?」

 

 

 これでもかなり無茶苦茶なことを言っている自信がある。

 虫のよすぎる話なのだが、白金さんはそんな疑問にも笑顔で答えてくれた。

 

 

「だって、私を一度助けてくれた人、からのお願いですから……」

 

「……白金さん」

 

「だから、待ってます。お兄さんが、ちゃんと話してくれるその日まで」

 

「うん……。ありがとう。いつか、きっと」

 

 

 そう言いきって、ほう。と胸をなでおろす白金さん。どうやら普段はあまりしゃべらないらしく、疲れてしまったらしい。

 春とはいえ夜は冷え込む。ひとまず白金さんを家の近くまで送ることにして、暗くなった夜道を2人で歩いた。

 少しの川の音と、二人の足音だけが街頭の照らす夜道に響いていった。

 

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

「昨日燐子と何していたのかしら」

 

「ブゥッ!?」

 

「うわー!? 紘汰さん汚いよ~!」

 

 

 時はあれから少し経ち、俺は湊に呼び出されCiRCLE併設のカフェテリアへと赴いていた。

 せっかく頼んだコーヒーを吹き出し、それを拭きとりながら俺は唐突にえぐいところを突いてきた湊へと恨めしい目線をお返しする。

 が、帰ってきたのはおすましした表情のみだ。

 どうやら、この歌姫サマはまったく関心ないように見えてしっかりばっちりこっちを見ていたらしい。

 

 

「燐子が何やら話したがっていたし、あの日は放置しておいたけど……」

 

「おい待て。何を言おうとしてるかは知らんが、邪なことは一切ないからな。ここにいない白金さんの名誉の為にも言っておくが」

 

 

 淡々と切り込んでくる湊に対してこちらは不意を突かれたものの実際やましいことは一切していないので当然のように応戦する。

 ……まあ、話していないこともあるにはあるが。

 

 

「そういえばりんりん、紘汰さんのこと知ってるみたいでしたし……どういうことなんですか~?」

 

「ん、まあ別に隠すことでもないしなぁ……白金さんとは何回かピアノのコンクールで会った位だよ。俺はすぐに出なくなっちゃったから、そのあとは知らんが」

 

「なになに、紘汰ってばピアノやってたのー?」

 

 

 俺、湊、あこというちょっとした不思議面子の中に、ようやく潤滑剤となりえる存在がにょきっと俺たちの間に生えてくる。

 最初こそ彼女のグイグイくる感じにうろたえてしまったものの、今ではすっかり打ち解けてしまった今井リサことリサさんだ。

 

 関係ないがあこの呼ぶリサ姉っていう呼び方、語感がよくていいよね。

 俺も思わずリサ姉って何回か呼びそうになるときがある。いやまあ俺の方が年上なのに姉呼ばわりはどうなんだという思いで寸前で止めているが。

 

 

「あ、リサ姉ー! 少し遅かったけど、何かあったの?」

 

「ん~? ちょっと部活に顔出しにねー……んで、ちょっと興味深い話が聞こえてきたんだけど」

 

「おう。白金さんと知り合いだーっていう話な」

 

「ピアノやってたんだねぇ。初めてあった時はベース持ってたから、ついベーシストの人なのかと思ってたよー」

 

「あ! そういえばあこに初めて教えてくれた時はドラム叩いてくれました! 紘汰さんってば色々できる人なんですよねー」

 

 

 そう、これまで散々引っ張ったが、実は俺はバンドで使うような楽器は大体扱えたりするのだ。

 ……まあそもそもその日の気分によってやる楽器変えてたりするから、CiRCLEでよく話す奴やまりなさんには既に周知の事実となってしまっているのだが。

 

 

「ふふん。もっと褒めてもいいんだぞー?」

 

「器用貧乏とも言うわね」

 

「おいコラ湊泣くぞ。俺が一番自覚してるわ」

 

「自覚してるなら何よりね、まだ救いがあるわ」

 

 

 褒めてと言った傍から貶される始末。湊の音楽観は極限までの一点集中型なので、俺のこういった面はあまり受け入れられることはない。

 初めて会ってから俺が楽器をとっかえひっかえして曲を作ってる時も「は? こいつマジか?」みたいなもの凄い目で見られたことは今でもトラウマものだ。

 だからこそこうしてマルチプレイヤーを褒めてくれる人は貴重なのだが……。

 

 

「音楽というのは極める為に膨大な時間を費やす。その点あなたはもう少しその何にでも手を出す手癖を治して一か所に纏めておけば、もう少し音に深みが出るとおもうのだけれど」

 

「へーへー。まあ俺の本領はそこじゃないんでねぇ。いたいけなお兄さんを苛めてないでそろそろ本題に移って下さいませんか湊サマ」

 

 

 はぁ。とため息1つつかれてダメ出しが出だしの内にせき止め、今日この場に集まったことの意味を問う。

 今日ここにいない紗夜さんと白金さんは学校関係の仕事で欠席だが、集められる全員をわざわざバンド練がない日にかき集めるということはそれなりの理由があるのだろう。

 

 湊は俺の言葉を受けてしばらく考え込んだようにふむ。と口元に手を当て、目を瞑る。

 全員の視線が集中する中、その一文字に閉じられたものがス、と開き……。

 

 

「――――決まらないのよ」

 

「……何が」

 

「…………私達の、バンドの名前」

 

 

 

 あ。と今度は湊以外の三人の声が揃う。

 そうだそうだ。そこまでは俺の管轄外だからすっかり抜けていたが、まだ湊からバンドの名前を聞いていなかった。

 ライブの運営にもバンド名を出しておかなければいけないし今の内にメモを……え?

 

 

「……決まって、ないのか?」

 

「…………だから、そう言ってるじゃない」

 

「ライブ、あと一週間後だけど?」

 

「………………手伝いなさい。紘汰」

 

 

 我らがバンドの歌姫サマは、今日もちょっぴり抜けていました。

 

 




あけましておめでとうございます。
年内投稿は間に合いませんでしたが、今年もしっかりと更新していくのでよろしくお願いしますね。

紘汰さんメモ:奏者としては広く浅い。過去が重いことが確定。


重くしたらそれだけ軽くいちゃこらさせたい。
私の作品の友希那さんは長らく頼れる大人が近くにいたのでちょっとポンコツさが先んじて滲み出てしまってます。

では、これからもどうぞいつもとなりの友希那さんを御贔屓にしていただけると幸いです。

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