隻眼のドリームキラー   作:流星の瞳

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第1話:病院A015号室より

 羽川蓮(はねかわ れん)は、目の前の状況がまだ理解できないといった風に少し目を細めた。

 

(いつき)

 

 目の前にあるベットで寝ている少年の名前を呼ぶ。

 反応はない。

 蓮の声はただ虚しく病室に消えていった。

 後には医師が念の為、と付けた心電図の音だけがただ残る。

 

「なんでこうなったんだろうな、樹」

 

 反応はない、と知りながら蓮は樹へ語りかける。

 羽川樹──蓮の弟が意識不明で発見されたと連絡を受けたのは、一週間前の事だった。

 町外れの廃墟で、同級生六人と一緒に倒れていたらしい。

 見つかった時は大ニュースだった。

 何しろ、なぜ倒れていたのか、事件なのか事故なのか、何もわからないのだ。

 マスコミは集団自殺未遂だの、危ない薬に手を出していたなど騒いだ。

 一部の医者は新しい病気かと騒いだ。

 蓮が樹とその同級生の発見から一週間も経って会ったのもそのためだ。

 病院へ運び込まれてから一週間は家族すら面会拒否されていたのだ。

 きっと蓮が知らないところで隅から隅まで検査していたのだろう。

 検査の結果は、今のところ何の問題も発見されなかったらしく、昨日から面会できるようになっていた。

 昨日は蓮は用事で忙しかったため、両親を先に面会に行かせ、今日は蓮が一人でこうして会いに来たというわけである。

 

「こうして見ると、ただ寝てるようにしか見えないんだけどなぁ」

 

 樹の寝顔は、ただただ穏やかだった。

 病気にかかっていたようにも危ない薬をやっていたようにも見えない。

 いや、実際に健康なのだ。

 担当医曰く、今のところ検査からは何の異常もなく、ただ寝ているだけとしか形容できないらしい。

 ただ起きない。食事できない現在は点滴などで命を繋いでいる状況だ。

 どれくらい経っただろうか。寝ている樹をただ眺めていた蓮はおもむろに手を伸ばすと樹の手を掴んだ。

 指を絡めるようにしっかりと握る。

 反応なし。

 

「はぁ……まぁそうだよな」

 

 少しがっかりしたように息を吐くと、手を離した。

 別に手を触るくらい既に誰かが試しているはずだ。なんなら昨日訪れた母親や父親とっくのとうに触っただろう。だから兄弟仲が良かったからといって兄が触ったくらいで起きるはずがない。何かを期待する方がおかしいのだ。

 そう心で言い聞かせながら、立ち上がる。

 

「じゃあ、また来るからな」

 

 そう言いながら病室を出ようとしたその時だった。

 蓮が扉を開けるより先に病室の扉が開く。

 

「おっと、すいません」

「あ、え、すいません」

 

 扉を開けたのは、樹と同じくらいの少年だった。同じくらいというか樹の同級生だろう。

 道を開けようとした蓮に少年が声をかける。

 

「えっと……その……僕を覚えてますか?」

 

 そう言われ、蓮は改めて少年を見た。

 ジーンズにグレーのパーカー。小柄で大人しそうな感じで眼鏡をかけている。

 蓮には、なんとなくその顔が見覚えがあった。

 

「もしかして、亮太(りょうた)君?」

 

 よく樹と遊んでいた同級生の名前を挙げる。

 その名前は正解だったらしく、少年の顔がパッと輝いた。

 

「そうです! お久しぶりです。蓮さん」

「いやー、お久しぶり。久しぶりすぎて最初わかんなくてごめんね」

 

 蓮は弟の樹と仲がいい。

 兄弟喧嘩などもそうそうなく、周囲からもよく仲がいいと言われていた。

 そのためかは知らないが、樹が友達を家に呼んだ時、蓮も家にいたらよく混ざって遊ぶということが昔からよくあったのだ。

 そのため、今回樹と一緒に倒れていた人の名前も聞き覚えのあるものや、なんなら蓮の同級生よりよく遊んだのではという人も多かった。

 ただ、よく遊んだのも二年前までだが。

 蓮が受験生となった頃から頻度が減り、今は大学生として一人暮らしをするようになったため疎遠となっていた。

 亮太の名前がすぐに出てこなかったのもそのためだ。

 

「樹君の様子はどうですか?」

 

 一通りの軽く雑談を済ませたあと、亮太は樹の容態を聞いた。

 

「んー、まぁあの通りって感じかな」

 

 そう言いながら、蓮はベットで寝ている樹の方を見る。釣られて亮太もそちらを見た。

 

「原因不明だから、家族としてはただ見ているだけで何もできないってのが辛いところだね」

 

 つい心の声が漏れる。

 蓮はしまったと思った。

 あまりこういう湿っぽい話を人に話すのは好きではないのだ。

 

「あ、ごめん、今のは気にしないで。わざわざお見舞いに来てもらったのにごめんね。じゃあ」

 

 そう言い、足早に去ろうとした蓮を亮太は引き止めた。

 

「あの、すいません」

「ん? 何?」

 

 蓮が聞くと、亮太は少し迷ったように数秒黙り込んだ末、口を開いた。

 

「もしかしたらですけど、僕、樹君が起きない理由が分かるかもしれません」


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