【WR】がっこうぐらしRTA_全員生存ルート【完結】 作:アサルトゲーマー
これは一体なんなのだ。
突然暴れ始めた先輩。そしてそれをシャベルで押さえつけるもう一人の先輩。放心して膝を突き、防犯ブザーを取り落とした先生。
「おい、みき!」
その言葉ではっと我に返る。
「めぐねえの持ってた「それ」、どっか遠くに投げろ!今すぐ!」
私は混乱したままの頭で、言われるがまま未だ鳴り続ける防犯ブザーを放り投げた。それは私の予想より遠くに飛び、遥か向こうにあった植え込みの中に飛び込む。
先輩たちは、まだ揉み合っている。
「しずく!おいしずく!…畜生恨むなよ!」
くるみ先輩はスコップの柄をしずく先輩の首に押し込んだ。
じたばたと抵抗するしずく先輩。しかしその力は次第に弱っていき、最後にはその細い腕が地面に落ちる。
気絶したようだ。
「おいめぐねえ!!…こっちもダメだ!一体なんだってんだよ!」
こっちに駆け寄ってきたくるみ先輩が佐倉先生の肩を揺する。しかし反応はなかった。
苛立ちを隠せない様子で吐き捨てるくるみ先輩。彼女はシャベルを背負うと先生を抱えあげた。
「逃げるぞ!みきはしずくを頼む!」
「でも、太郎丸が…!」
「みきの足元だ!」
はっと足元を見る。そこには大音量のブザーのせいで苦しそうに鳴いているが、確かに太郎丸が居た。
気になって振り返ってみると、ピアノの前には「かれら」はもう居なかった。逆に植え込みに入ったブザーの周りには数え切れないほど。
そうであるのなら最早ここに残る意味はない。私はしずく先輩を抱えあげた。
軽い。
この女性は本当に、私の目の前で、「かれら」を一瞬で屠った人物なのだろうか。その軽さからは、にわかには信じられなかった。
「しずくはな、強いんだ」
呆けていると、くるみ先輩が話しかけてきた。
今は学校へ向かう途中の車の中。ハンドルは放心したままの先生に代わって、くるみ先輩が握っている。
「アイキドーだっけ?なんかよくわかんないけどさ、凄い体術でババーッて倒して、スコップで刺して、いつも返り血まみれで帰ってくるんだ」
車がゆっくりと減速し、やがて止まった。くるみ先輩が額をハンドルにぶつける。
「タネが割れたら答えは簡単だったんだよ。あいつは色を知らない。だから血を浴びたって、へんな匂いのする水を被った程度の感覚だったんだ」
「それは」
目が使えない人間にひと殺しを求めた。そして彼女はそれを受け入れて、殺し続けた。
「コイツがさ、「あいつら」を滅多刺しにしたところを見たんだ。もう動いてないのに、何度も、何度も…。きっと不安だったんだ。音だけじゃ、どうやったって確認するのに限界がある。だから、念入りに」
くるみ先輩の頬が一筋の涙で濡れた。
「あたしはしずくを知った気でいたんだ。なんにも知らなかったクセしてさ…」
そう独白すると、静かに嗚咽を漏らし始めた。私は何も言えず、黙り込んだまま。
結局そのまま会話は終わり、無言の時間が車内を支配した。重苦しい空気のまま車を走らせることおよそ1時間、学校に着いたころには辺りはすっかり真っ暗。
市街に明かりなど一つもなく、見えるものと言えばわずかに光の漏れる学校の窓と、空に猫の爪でも引っかけたのかと思うほど細い月の光だけ。
「こんな時にしずくが居れば心強いんだけどな」
はは、と、力なく笑うくるみ先輩。まるで自虐にでも聞こえるその言葉にはどんな気持ちが込められているのか。
「誰か呼んでくるよ。だから、二人をお願いな」
その言葉と共にくるみ先輩は車から離れていった。
しずく先輩は目覚める気配はなく、佐倉先生は茫然と虚空を眺め続け、太郎丸は私から距離を取ってトランクルームから頭だけを出しこちらを覗いている。
人も犬も居るはずなのに、私は孤独だった。
「みき!」
学校に着いてバリケードを乗り越えると抱きしめられた。
祠堂けい。私の親友。喧嘩別れして、もしかしたらもう逢えないと思っていたひと。
彼女の体温を感じると思わず涙が出た。
それから抑えが利かなくなって声を上げて泣いた。何度も謝った。
涙が止まってからはお互いの事を話し合った。
そして不意に先輩の話題が出る。
「あ、そうだ!雪野先輩スゴかったでしょ!こう…バタバターって倒して!」
けいが腕を振り回しながら興奮し、まくしたてる。
「先輩ってスゴイんだよ!もう真っ暗になった時間に私を助けに来てさ、明かりもないのに「あいつら」をバシーッて!」
そうか。彼女は知らないんだ。
「頭から血を被ってるのは流石に引いたけど、まるでヒーローだったの!」
しずく先輩の常識は、私たちの常識とはかけ離れていることを。
朝。ここでは朝食を全員そろって食べるらしい。
ゆき先輩。くるみ先輩。たかえ先輩、ゆうり先輩……いや、りーさん。太郎丸と、けいと、私。
たくさん居るはずなのに、部屋の空気は冷え切っていた。
しずく先輩と佐倉先生はまだ寝ている。いや、気を失っているといった方が良いのかもしれない。
「思い返せば、変なことばっかりやってたよな、アイツ」
口を開いたのはたかえ先輩だ。アイツとは、やはりしずく先輩の事だろう。
「漢字は読めない、バリケードの修理は押し付けてくる、絵はめちゃくちゃ…。そのくせ誰より音に敏感で、見てもないのに「奴ら」の襲撃に感づいたりしてさ」
はぁ、とため息。空気がまた重くなる。
次に口を開いたのはりーさんだった。
「先生はしずくさんの事で悩んでいたわ。……そのことで元気づけようとある提案をしたのだけれど、」
そう言って押し黙る。きっとそれは彼女の心をえぐるようなものだったのだろう。
次はゆき先輩の番だった。
「しずくちゃんね、シャワーが嫌いなの。だから猫とか犬みたいだなーって思ってたんだけど…」
そう言って視線は太郎丸の方へ。
そういえば聞いたことがある。犬がシャワー嫌いなのは水音に警戒しているからだと。
鼻の良さばかり話題に上がるが、犬の耳は人間よりよほど敏感だ。
「……あのさ、前に、なんでいっつも目を閉じてるのって聞いたことがあるの」
次はけいだった。
「見えてないって言ってた。私は、ただの冗談だと思って笑い飛ばしちゃった…」
縮こまる、けい。
しずく先輩は伝えていたはずなのに、それを受け取らなかった彼女たち。
それは悲しいすれ違いだったのだろう。
だけれど。
「それって、なにか問題なんですか」
気づけばそんなことを口走っていた。みんなの視線が自分に集まる。
「話を聞く限りでは、彼女は「戦う」という仕事を全うしています。それに日常生活でも極端な支障はなかったはずです」
そうだ。彼女は強い。今回はすぐそばで防犯ブザーを鳴らされるというアクシデントがあっただけで、戦闘面ではむしろ有能だと聞く。
私も彼女が「彼ら」を仕留める瞬間を目撃した。彼女は、強いのだ。
「なのに、目が見えないことを問題みたいに語って。それって、ただの」
「みき!」
突然のけいの大声でハッとした。
私は、なんて酷い事を言いそうになったのだ。
「…ごめんなさい、少し、言いすぎました」
これは私が悪かった。だから頭を素直に下げる。
「悪い。あたしたちも、ちょっと考え無しだったかもな」
頭をあげてくれ、と、くるみ先輩に声を掛けられる。
その声で頭を上げると、彼女は優しく笑っていた。
「そうだよな。難しく考える必要なんてなかったんだ」
「……確かに。見えてても見えてなくても、アイツはただの戦闘狂で、頭のわるい、手のかかる奴だ」
「そうよね。それを理由に見方を変えるだなんて失礼だわ。私ったら何を考えていたのかしら」
「今度からは後ろからぶつかっても大丈夫かな?」
「ゆきちゃん?」
「はうっ!?もうやりません!」
先輩たちに笑顔が戻っていく。
なんだかよくわからないけど、話はいい方向に転がったようだった。けいと向かい合い、思わず笑顔になる。
「おはようございまーーーーす」
そんな団欒の時間に闖入者が現れた。それは勿論話の中心であったしずく先輩だ。
首に違和感があるようで喉をしきりに触っているが、元気そのものと言った感じ。
「あ、クルミ。昨日さ、なんか耳元でスゴイ音がしたと思ったら朝になってたんだけど何があったの?」
「覚えてないのか?お前がめちゃくちゃに暴れてたから締め落とした」
「締め落とした?やっぱゴリラじゃん」
「…このやろー!今日こそはひっぱたいてやる!」
「死ぬからやめて」
突然始まる追いかけっこ。机の周りをぐるぐる回る彼女たちは、正直楽しそうで羨ましい。
「ね、みき」
けいに手を握られる。
「生きてるだけでもよかった?」
『生きていればそれでいいの?』
それは私たちの決別の原因となった言葉。それを聞いて、私は静かに手を握りかえす。
「ううん。私はこっちの方がいい」