タルブ村の静かな日常は村はずれにある森の中に一人の女が現れたことにより一変した
森で遊んでいた子供たちが長い黒髪の耳長な女を見たと言うのだ
それを聞いた時、震えながらも地面に立ち村中の男たちに知らせるよう伝えた自分を褒めてやりたい
村中に耳長の女のことが伝わると、すぐさま村の力自慢や腕の良い猟師が集められ探索に出された。自分も力自慢の若者として一員に加わった
とはいえ、力があるといっても自分たちは魔法が使えない低階級の平民だ。もしも森で子供が見たという耳長の女が噂で聞いたあの化物だというなら、腕っ節の強いだけでは心もとない
噂で聞くあの化物どもはとにかく残忍な上、貴族が使う魔法よりも恐ろしい力をもっているという
さらにその化物は人間を喰らい、好物は幼い子供の血肉ときている
横にいる中年の猟師を不意に見る。彼は村一番の猟師だ。先月は大きなイノシシをたった一人で仕留め、村中に振る舞い小さなお祭騒ぎをした
猟師の腕は村の誰もが認めるところであり、誰もが認める村の英雄だ
だが、今の彼の表情からは不安と未知なるものに対する恐怖が見て取れる。見渡すと探索隊の誰もが同じような表情をしていた
おそらくは自分も同じような表情をしているのだろう
もしも本当にこの先に化物がいるというなら、この中で何人が生き残れるのだろうか。この中で何人が化物に殺され食われるのだろうか
今すぐにでも村に引き返し、想いを通じ合わせたばかりの恋人を連れてどこか遠くへ逃げ出したい
他の奴らも似たようなものだと思う。愛する妻がいる者。何をしてでも守るべき子がいる者。大好きな恋人がいる者
夫であり、父親であり、好きな人を守ろうと……
だからこそ森を進む。逃げ出したいほどの恐怖を愛しき者への想いで上塗りをして進む
それに理解もしていたのだ。貴族の魔法から逃げられない自分たちが、さらに貴族よりも強い力を持つ化物から決して逃げられはしないのだということを……悔しいほどに自分も含めて皆は理解しているのだ
願わくばどうか子供の見間違いであってくれと願いながら
だけど皆の視線の先に女が現れる
悪いここというより、何かたちの悪い冗談を思わせた。子供たちの言ったように、長い黒髪をした耳長の女だった
「こんにちは」
女の言葉を理解するのに数秒の時を要した
「もしよろしければ」
挨拶されたのか?笑顔で?この愛らしい容姿をした女に?
「少しで構いませんので」
安堵した。あまりに安心しすぎて涙がこぼれそうになった。噂に聞いていた化物と随分と違う。もしかしたら少し耳が長いだけの普通の少女なのかもしれない
「こども……、食べ物を分けて頂けないでしょうか」
女の言葉を理解するのにまた数秒の時を要した。きっとこの先、俺はこの少女の姿をした化物の顔を一生忘れないだろう
優しそうな顔だった。良い印象を与える柔らかい笑顔だった。そんな表情で女は言った
噂では化物の好物は幼い子供の血肉ということだった
「その分、あなたたちの力になりますよ」
誰かが小さな声で化物の名前を呟いた
『エルフ』…………と
うっかり発言が長々と続く溝になっています