てっきりルイズが密書を渡せば任務は終了と思っていたのですが、ニューカッスルの城まで足を運ばないと終わらないそうです
空賊の船を装おっていた軍艦『イーグル号』に船を乗り換え、しばらくして城に着いたのですが、城に着くまでのあいだ敵の貴族派からの襲撃は一切ありませんでした。内乱が起きているにしてはおかしい話です。ワルド子爵も腑に落ちないのか難しい顔をしていました
途中で反乱軍と思わしき巨艦と遭遇したものの、大砲も魔法も打ち込んでくることなく、上空からイーグル号を眺め下ろしていただけです
船を乗り換える際に、水兵たちが星を形取った巨大な旗をイーグル号のあとこちに掲揚していたことと何か関係あるのでしょうか?
そんなことを考えながら、バリーと名乗る老侍従に案内された部屋は平民のメイドに用意されたとは思えないほど豪華な造りの部屋でした
磨き上げられた床には上等な絨毯が敷かれ、繊細な意匠がされた天蓋付きのベッド。お茶用の小さなテーブルとセットの椅子が二脚。壁には空に浮かぶアルビオン大陸が描かれた絵画が飾られています
あまりの居心地の悪さにすぐに部屋を出てしまいました。傍にルイズでもいれば気が紛れて違ったかもしれませんが、ルイズたちは任務のためウェールズに付き従い、今は別行動を取っている。はずなのだが……
「君ならアルビオンを救えるのではないかね?」
「一介のメイドには過ぎた仕事でしょう」
薄暗い廊下の先には、壁を背に俯き加減で立ち尽くしているワルド子爵がいました。交わらない瞳にははっきりと敵意の色が浮かんでいます。ルイズや使い魔の少年に向けていた優しい色は微塵も見えません
「アンリエッタ姫殿下は悲しまれるだろうな」
「皇太子を亡命させては如何ですか」
「それはできない。貴族派にトリステインに攻め入る格好の口実を与えるだけだ」
「たいした忠誠心ですね……」
「咎人に忠誠を誓われても迷惑だろうがね」
「……ひょっとして、フーケはあなたが?」
「ああ」
「あなたのような方がなぜ?」
「あれは石才を組んで作られた薄暗い石牢にいた」
私に向けた言葉ではない。ワルド子爵の視線は壁を越えて遥か先にある何かにむけられている
「頑丈な造りの鉄製の扉。部屋の隅には用を足すための壷が一つ。あるのはそれだけで他には何もない牢獄だ」
ふとワルド子爵は顔を上げる
「あれはその中でさらに鎖で繋がれた状態で殴られ、鞭で打たれ、罵声を浴びせられ、時には犯されていた」
とても当たり前の話です。見目の良い罪人が捕まった時の典型ですね
「トリステイン内でフーケが起こした事で私は幾度と取調べを行った」
ワルド子爵ならば至って普通の取調べをしたのでしょう
「日々、あれが弱っていく様子が手に取るようにわかった。薬付けになった身体を毎日のように貴族たちにいいようにされていたのだ。声からは徐々に生気が失われ、老婆のようなしわがれたものになっていった」
それでよく自害しなかったものです。なにか心残りでもあったのでしょうか
「禁制の薬が連日投与された。貴族たちは尋問とは名ばかりの虐待を彼女に続けた。私はそれをとめることなく、ただひたすらに……忠実に己の仕事をした」
ワルド子爵の中でいろいろとせめぎ合っていたのでしょうね。口を出そうにもフーケはトリステインを騒がせた大罪人です
「取調べの中、呼びかけても答えが返ってくる回数が減り、答えが返ってくるまでにかかる時間が増えていった。そして、干からびた頬に一筋の涙を流して小さく掠れた声で彼女は言った……」
助けて、なんて言葉ならワルド子爵が揺れることはありません。罪人を助けるほどこの男は揺れやすくありません
「大事な妹を頼むと……私にしか頼める相手はいないと……」
……………………
「気付けば彼女の手を取り、あの監獄から連れ出していた……」
「馬鹿なのではないでしょうか?」
「ああ、まったくもってそのとおりだよ。しばらくして彼女を愛おしいと感じ、彼女の妹と三人で静かに生きたいと想っている私は愚かですらあるのだろう」
『ワルド』が私に敵意を抱く理由がようやくわかりました。それならば仕方ありません。完全なる私怨だろうと、正面から受けてたちましょう
「これは私の勝手な私怨だ。彼女が悪いとわかっていながら、彼女をあの境遇に落とした貴公を私は許せないのだ」
ワルドの決心はかたく、どうあっても私を討ちたいのでしょう。理不尽なのはワルドも十分に理解している。いまさら何を言っても何も変わりはしないでしょう
ワルドは一度目をつむった後、身体ごと真っ直ぐにこちらを見つけて言いました
「魔女の娘シエスタ、貴公に決闘を申し込む!」
正確には殺し合いになるのでしょうね……
就寝時、冷え込むようになってきましたね
冷えるとまだ治っていない右足様が涙余裕な痛みを訴えてきやがりますので勘弁してもらいたいものです……