タルブの森のシエスタさん   作:肉巻き団子

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シエスタさん、覚醒させる

トリステインの魔法学院にアルビオンからの宣戦布告の報が入ったのは、アルビオンがタルブ領手前の草原に陣を敷いた翌朝のことでした

 

宣戦布告をしたもののタルブ領に進軍してこないアルビオン軍に混乱して連絡が一日遅れたと、タルブ領主アストン伯爵からの使いは私に言います

 

ルイズ御指名のお付メイドとして、これから一緒にゲルマニアに向かうところでしたのに、次から次へとアルビオンはやってくれるものです。おそらくは、こんな情勢ではアンリエッタ姫殿下のゲルマニア皇帝への輿入れは延期になってしまうでしょう

 

「タルブ領にはまだ侵攻してきていないのですか」

 

「はい、アストン伯爵様率いる隊とにらみ合いをしたまま動きはありません。それと、巨艦レキシントン号から下船した数人のアルビオン兵が人目を避けるようにタルブの森に入っていく目撃されています」

 

賢いやり方です。敵意を持って接しなければ、母さまは害にはなりません。領主と交わした約束もタルブ領を魔物や略奪者から守るもので、トリステインを守ることではありません。森に入って行ったアルビオン貴族の目的は、タルブには手を出さない代わりにタルブ上空を通過させてもらうことでしょう

 

よく母さまのことを調べたものです。どうせ、いつの間にかタルブの森に住み着いていたうちの誰かがアルビオンの諜報員だったのでしょう。他の流れ者もどこかの密偵のはずです。そうでもなければ、あの村の住人の一部を除き、私たちに話しかけてくることなどないのですから

 

願わくば母さまが問答無用でアルビオン艦隊を撃墜させてくれると話は簡単なのですが、相手が話し合いを望むのであれば、甘い母さまのことです。害がなければ関与しないでしょう。そうなると……

 

「ルイズ、タルブに行きますよ」

 

「え…」

 

近いうちにここは戦場になる。トリステインで戦地にならずに安全が確証されているのはタルブだけです。ルイズだけでも共に連れていく

 

「数年前の『事故』のせいでトリステインと同等にまで国力が低下したとはいえ、戦艦の技術力はアルビオンの方が遥かに上です。制空権を支配されればトリステインに勝ち目はありません」

 

だから、トリステインが戦火に包まれる前にルイズとタルブに避難する。魔法も使えない無力な…………いや、違う。私に好意を抱いてくれている友達をここには置いていけない

 

「アルビオンはタルブにだけは絶対に気概を加えません。ですから戦争に巻き込まれる前にタルブに避難します」

 

ルイズの手を引いた瞬間、その手がはねのけられた。初めてルイズに拒絶された。そう感じて、全身が固まって、ルイズもあの娘のように私を傷付けるのかと思って……

 

「わたしは逃げないわ!」

 

目が真剣だった。何を言われようと決して己の意思を貫こうとする色

 

「アルビオンは早ければ明後日にでも攻めてきます。ここに留まれば辱められ殺されるだけです」

 

「その時は噛み付いてでも多くの敵を道連れにしてやるわ」

 

そう言って、ルイズはぐっと私を見つめる。そこには、いつも私に甘えるだけだったルイズの姿はない

 

「シエスタさん、言ったもの」

 

「……何をですか」

 

「男子生徒たちに囲まれたとき、堂々と言ったじゃない」

 

いつのことでしょうか。心当たりが多すぎてわかりません

 

「わたしはシエスタさんが言ったような誇りある貴族になりたい。ここで守りたいものも守れず逃げたんじゃそんな貴族には絶対になれない!」

 

あぁ……あの時のことでしたか

 

「ですが、武術の心得もなく魔法も使えないルイズに何ができるというのです」

 

「確かに私は魔法を使えない!剣も握ったことなんてない!だけど想い描く貴族として在るために絶対にわたしはここで逃げない!」

 

はぁ……これはもう何を言っても無駄ですね」

 

「その身に気高き誇りを宿す貴族たらんとするために、ルイズ・フランソワーズ・ド・ラ・ヴァリエールは絶対に敵に後ろを見せたりしない

 

そう言った瞬間、ルイズの指に嵌められた指輪と手に持っていた古ぼけた本がまばゆい光を発したのでした




ただの蛮勇ですなー…

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