ぎゅっとつむった目の裏側には、さっきまで見ていた夢の残照がある
温かい手、優しい声、大好きだった人の優しい笑顔
ゆっくりと目を開けると、夢の残照は瞬く間に消えてしまった。昔の幸せな記憶も、今はただ懐かしいだけだ。戻りたいとは思わない。今の私には何よりも愛おしい娘がいる
女になってしまったことも、もう慣れた。シエスタを育てるためには女の方が都合がいいと思えばすんなり受け入れられた。女の体に戸惑っていたのも最初だけで、今ではすっかり馴染んでしまっている
世界もどこか自分の知っていたものとは違う。貴族と平民という特殊な身分ならではの人間関係や、はてには魔法や魔物なんてのも実在する。まあ魔物に関してはこの世界のよりもやばそうなのが小屋のゲートの中にいっぱいいたりするんだけどね
まあそんなことは置いといてだ・・・
「学校がないってどういうことなの?馬鹿なの?死ぬの?」
うん、ファンタジー世界とはいえ学業機関はあるだろう。いずれシエスタ入学させよーって思ってたんだよ。したらば、平民は学校なんて行かない。学校に行くのは貴族くらいだですってよ!
一応、平民には寺院の神父さんやらが字の読み書きを教えてくれたりすることもあるらしいけど、そんなんじゃいけません!このままではうちのシエスタがお馬鹿になっちゃう!というわけで、学校に入れないなら私の持つ知識だけでもシエスタに教えることにしました
足し算と引き算はシエスタがちっこい頃から教えていたのでほぼ完璧です。満点とったら一日にプリン二個食べていい言ったら、シエスタってば満点しか取らないでやんの。プリンの力おそるべし……
掛け算と割り算もプリンをえさにしたら、二十日くらいでマスターしました。九九の七の段をたまに間違えるのはご愛嬌です。うん、でも十九×十九まで暗記させたのはちとやりすぎだったかもしれないと反省。まあそれからも、各三角形や四角形と円の面積の求め方やら、辺の比率やら、方程式やらを教えていったわけなのです
あ、なんかシエスタによく似た黒髪の娘が半年くらい一緒に私の授業を受けた時期があった。あの頃のシエスタの顔はいつも笑顔で、初めてできた友達のことを毎日のように満面の笑顔で話してくれてたっけ。その娘と一緒にどこからか日本の戦闘機もってきて私を驚かせたこともあったなぁ……
だけど、どうやら喧嘩別れをしてしまったようで、ある日を境に全くその姿を見かけなくなってしまった。早く仲直りしてきなさいって言う私にシエスタは初めて反抗した。泣きながら、あんな娘とはもう友達でもなんでもないと。あの娘はなんの関係もないただの他人だと
でもって、仲直りしなさいって言う私から逃げるように、プチオークさんが改造したばかりの戦闘機に乗って家出を敢行してくれましたよ。いやー、必死に探したねー。それこそ寝る間も惜しんで、寝るという言葉さえ忘れてハルケギニア中を探したよ
そうして、陸路が通じていない、とある孤島でシエスタが乗って行った戦闘機を発見した時は安堵で涙がこぼれそうだった。その孤島にあった小さな修道院と宿舎。シエスタはそこで保護されていた
面倒を見てくれていた人たちに礼を言うなりすぐさまシエスタを抱きしめたまま小屋に帰ってきたよ。後で失礼だったと思い返し、月に数度、お菓子を持っていったりお話を聞かせにいったりしている。みんな私を怖がらずにいてくれるのでちょっと嬉しかったりするのだ
まあそこからシエスタを連れ帰ってきてしばらく経ってからだったかなー。塞ぎこんでいたシエスタが突然この森を買い取って家族だけで静かに暮らしたいって言い出したのは……
いやー、間違っているとはすぐに思ったよ。でもシエスタの目があまりにも真剣で、あまりにも真っ直ぐで、どうしようもないほど思いつめたものだったから好きにさせることにした
きっと失敗すると思う。失敗して悔しい思いをする。叶わないことを思い知らされて挫折する。あるいは成功するかもしれないけど、どちらにせよ好きにやるといい。可愛い娘には旅をさせよってやつだ
どういう結果になるにしても、私はそれまで何も知らない振りでもしますかね。いずれ、そう遠くないうちにシエスタは望みを叶えるためにこの森を出て行くだろう。それまでは、今まで通りシエスタをめいっぱい愛してやればいい
でもどうしよう、シエスタが森からいなくなったら私絶対泣いちゃうだろうし……
シエスタさんが家出した孤島はかなーり先で出てくるあの場所ですw
過去に接点もたせてみました