タルブの森のシエスタさん   作:肉巻き団子

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ギンガ、育てる

腹が空いた、おむつが気持ち悪い、そんな理由でやかましく泣き叫ぶ

 

最初に見たときは可愛いと思ったものだが、一緒に生活していると鬱陶しくもなる

 

赤ちゃんは先日、村人らしき集団と出会った場所にぽつんと存在していた。早朝の白く冷たい空気の中に置き去りにされていた

 

唖然としていたが、慌てて抱き上げる。毛布に包まれているとはいえ、冷たい地面にいつまでも置いてはおけない。あたりを見回しても人の気配は無く、面倒事を押し付けられたと思った

 

人見知りしない子なのか、赤ちゃんはきゃっきゃと声を上げている。まだ何にも染まっていない無垢さと無邪気さをもって、ただ声を上げていた

 

赤ちゃんを包む白地の布には見たことのない字で『シエスタ』とだけ書かれている。見たこともないのに読めたのは転生のサービスのようなものだろう

 

他に何かないかと探してみたが、布オムツがあるだけで手紙らしきものも無い。おそらくはシエスタというのが赤ちゃんの名前と推測して、この子を捨てたであろう親に小さな怒りを覚えた

 

その怒りを抱いたまま寝床にしている古びた小屋に戻ってきたのだが、一日が終わる前には怒りの矛先は赤ちゃんに向かっていた

 

鬱陶しいと思いつつ赤ちゃんを抱き、細かくしたプリンを口に運ぶ

 

夜中にも関わらず泣き出すと、いらいらとした気持ちで抱き上げてあやす

 

お腹もふくれやっと静かになったと思えば、おむつを替えろと再び喚く

 

最初に抱いた同情が鬱陶しさに塗りつぶされるのに数日とかからなかった

 

いっそ魔物の餌にでもしてしまおうかと邪まな考えすら浮かぶ

 

二度目の人生だというのに赤ちゃんにかかりきりでまだ何もしていない

 

いつも泣き喚くのを眠るまで抱きしめて宥め、自分の眠りは泣き声で奪われる

 

いなくなってしまえばいい。もともと自分の子供でもなんでもない

 

ふとそんなことを思ったのは、いつも聞こえてくる泣き声が聞こえてこなかったからだ。そんなことを思えなくなるほど自分の生活は赤ちゃんの鳴き声に支配されていた

 

泣いてない赤ちゃんを覗き込み、思わず絶句した

 

赤ちゃんの顔色が目に見えて悪い。いつもやかましく泣き喚いている口からは弱々しい息しか漏れていない

 

触ってみるといつもより体温が高い。赤ちゃんが熱を出した。熱を下げる術など自分は知らない

 

このままでは命に関わると確信できるほどに赤ちゃんの顔色は悪い。何も知らないまま死のうとしている。いなくなってしまう。一つの命が失われるかもしれない瞬間だった

 

あれほど自分が望んだものだった。何度もなぜ自分がこんなことをと思った

 

だけど湧き上がるのは微塵の嬉しさもなく大きな消失感と焦燥だけ

 

おそるおそるその小さな手を握る。あまりにも小さな手は熱かった。小さいながらも必至に死に抗っている熱だ

 

唐突に思う。もっと大事にしてやればよかったと……もっと好きになってやればよかったと……

 

本物の後悔というものを、こんな小さい生き物から思い知らされた

 

だけど、どうかと願う

 

小さな手をそっと握りながら請い願う

 

全てを投げ出してでも、ただこの子の…『シエスタ』の未来を奪わないでくれと

 

たくさん泣いてもいいから、何度でも眠りを妨げてくれていいから、まだ生きていてと。明日も明後日も自分の腕に抱かれてくれと

 

 

 

 

 

そして、夜が明けた

 

 

 

 

 

シエスタは昨日からは想像もつかないような安らかな寝息をしている

 

「ははは……よか……よかった」

 

シエスタの眠るベッドの横で、涙と鼻水に汚れた顔で力無い笑いと共につぶやく

 

どれだけ煩くても鬱陶しくても、そんなことはもう関係なかった

 

今日も明日も自分のそばで生きていてくれる

 

座り込み、こみ上げてくる笑いをかみしめながら

 

 

 

 

 

ただひたすらに自分の『娘』を眺めていた

 

 

 

 




エスポワール使っとけよとか突っ込んじゃ駄目w
きっと気が動転していたのです
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