ラグドリアン湖の岸辺に人影が現れたのは、モンモランシ様を誠意ある説得で口止めをしてから、およそ二時間が経った頃でした
水の精霊が言っていた通り人数は二人。漆黒のローブを身にまとい、深くフードを被ってはいましたが、その隙間から見える体の線は若い女性のものです。それにしても襲撃者の身長差がありすぎです。あんな特徴があっては隠密行動には向かないでしょうに
やがてその二人組みは水辺に立つと杖を掲げました。呪文を唱えているらしく、これはもう間違いないでしょう。潜んでいた木の陰から一気に躍り出ます。すぐに二人組みはこちらに気付きましたが、すでに三歩足らずの距離です。と、おや?もしかして……
まずは背の高い方の襲撃者の懐に潜り込み、軽く鳩尾に拳を叩き込みます。杖を落とし、口から吐血しているその体を地面に叩きつけます。念のため両腕を折ったところで気を失ったのか、体から力が抜けぐったりと地面にうつ伏せになっているだけの状態になってしまいました
「こんばんはツェルプストー様。それにそちらはオルレアン様ですか?」
小さい方の襲撃者、オルレアン様の行動はすばやいものでした。杖を後ろに投げ捨てると両手を高々と上げて敵意がないことを示してきます。まさか何もせずに投降してくるとは予想していませんでした
「話がある」
「なんでしょうか」
オルレアン様は私の足元で痙攣し、こぷっ、こぷりと吐血しているだけのツェルプストー様を見ながら言いました
「なぜあなたが私たちを襲うのかその理由が知りたい」
「水の精霊に危害を加える襲撃者の排除が私の仕事です」
本当は頼まれただけですが、仕事と言った方がオルレアン様も気付いてくれるでしょう。もしわからないようでも私が損をするわけではありません
「私は襲撃者がいなくなればそれでいいのです」
じっとツェルプストー様を見つめたまま、やがてオルレアン様は口を開きました
「キュルケを連れていく。二度と水の精霊を襲撃しないことをあなたに約束する」
まだ足りませんよオルレアン様。ツェルプストー様の身柄は現在は私の預かりです。ツェルプストー様の顔を踏みオルレアン様に向かって指を突き出します
「四千」
「……ッ!高い、三千」
「三千七百」
「三千二百」
「三千五百、これ以上は下げません」
「わかった。それでいい」
まあこんなところですか。生死問わずの依頼も意外なところで臨時収入に結びつくものです。戦争のせいで仕事が極端に減ってしまったので、稼げる時に稼いでおかないとこれから先どうなるかわかりませんからね
いつも無表情だったオルレアン様の顔は憤怒に歪み、厳しい目つきで私を睨んでいます。ガリアの汚れ仕事専門部隊、北花壇騎士団でその人ありと囁かれているあなたも、私情をそんな風に表情に出したりするのですね
「モンモランシ様、出てきてくださいませ」
モンモランシ様の名を呼ぶと、隠れていた木陰から姿を現しました。足元のツェルプストー様を見て低くうなったあと、慌てて駆け寄ってきて水の魔法で治療を始めます
「ちょっとシエスタさん、さっきのはなんなのよ!ってああもうどうしよう、キュルケの怪我が大変!」
何と言われても身代金の交渉としか答えられません。ツェルプストー様は戦場で私に捕らえられたのですから、解放してほしかったら身代金を払うのが当然のことです。本来なら五千は要求するところですが、だいぶ割り引いてしまいました。仮にも学院の生徒だったので情でも湧いてしまったのでしょうかね
ラグドリアン湖でちょっとした働きをしただけで三千五百エキューですか。結果からすればモンモランシ様が薬を間違えたのは、やや吉だったかもしれません。あの娘のことを名前で呼んだのは……おや?あの娘のことを意識してもなんともありませんし、ましてや妹と思ったりもしません。ひょっとして自然に治ったのでしょうか
ということは高価な秘薬も手に入ることになりますね。私がもっていても仕方がないのでモンモランシ様にでも買い取っていただきましょう。モンモランシ様が薬を間違えたのが原因とはいえ、一応はお世話になった身です。こちらも多少の値引きはするべきですね
とりあえずは三千五百エキューと高価な秘薬を入手することができました。これでまた森を手に入れる夢に一歩近付きましたよ。これからも日々まじめにお仕事に励んでいきたいと思います
ルイズへの態度が異常なだけで通常はこんなものです
お金のためなら割となんでもやるのです