学院の仕事は今日は休み。ツェルプストー様とオルレアン様もどこかに出かけたらしく学院にその姿はない。モンモランシ様の恋人のグラモン様が、モンモランシ様がいないのをいいことに一年生の女生徒を口説いている大声さえ無視してしまえば、学院は概ね平穏でした
だが、誰かが扉を叩く音が鳴った。不可思議に思い一瞬動きを止める。自室の扉をノックするような知り合いは今日は学院にはいない。もしかして暇を持て余した貴族様がメイドにちょっかいでも出しにきたのでしょうか?それならばまだ納得できたのですが、扉を開けた先にいる人を見た瞬間、思考が止まってしまいました
背中の半ばまで伸びた金髪の下、優しげな青い瞳が泳ぐ。武神の鎧に身を包み、百合の紋章が描かれたキラキラと輝く精霊のマントをその上に羽織っている。その腰に下げられている大振りの剣は魔剣バルムンク。間違えようがない。この女騎士は……
「姉さま…」
「少し……痩せましたね。シエスタ」
そう言って苦笑しながら私の頬を撫でる。我慢しないと照れ笑いをしそうになる。我慢しないと涙が溢れそうになる。頬を撫でていた手が頭の後ろに回され、ふんわりと抱き寄せられた
「遅くなってごめんね。だけどシエスタが喜びそうな話を持ってきたから許してね」
私の大切な家族。私の敬愛する姉さま。アニエス姉さま……
何もかも忘れてしまいたくなる。姉さまの腕の中で子どもみたいにわんわんと泣き喚いてしまいたくなる。そんな私に姉さまはきっと言ってくれる。好きだよって。愛してるって。世界で一番シエスタが大事だよって。私が泣きつかれて眠ってしまうまでずっと……
そんな甘い誘惑をなんとか頭を振って霧散させて、姉さまの抱擁から身を離す
遠目に顔見知りのメイドがそそくさと廊下の角に消えていくのが見えた。またくだらない噂になるのだろうと小さくため息をつき、部屋に入るよう姉さまを促す
「それで……話って」
「ええ、それがね、今日は陛下の命令でシエスタを向かえにきたの」
姉さまがごそごそと懐から書簡を取り出すと、『はい、これ…』と私に差し出す。普段ならば王宮からの書簡など処分して無視するのですが、姉さまが私に持ってきたものです。読む価値はあると思っていたのですが……
内容を見て呆れてしまいました。自分のこめかみをぐにぐにとさする。要約するとウェールズ皇太子の話が聞きたいので城まで来るようにとのことでした。その案内人が姉さまということです
「シュバリエになったとは噂で聞いてたけど…」
「ええ、国の中である程度の地位を持ってた方がシエスタの為になると思ったの。最近のシエスタの行動も気になっていたし」
行動と言われましたが表向きは行儀見習いとして学院で働いていることになっています。間違っても裏の仕事をやっているなんて知られてしまったら……
「フーケを脱獄させた裏切り者のワルドを倒したことといい、だまし討ちのような形でトリステインに侵攻してきたアルビオン艦隊を殲滅したことといい、先日はアンドバリの指輪で操られたウェールズ皇太子から陛下を救ったことといい……、まったくもう、心配ばかりかける子なんだから」
………………どうしましょう。なにか全部ばれていませんか?アルビオン艦隊戦はゼロセンが大勢に目撃されたのでアニエスなら容易に気付くのはいいです。陛下を救ったのは枢機卿あたりから聞いて推測したにしても、なぜウェールズ皇太子がアンドバリの指輪に操られていたことを知っていたか。そして、ワルドがフーケを脱獄させたことなどは私しか知らないことだと思っていたのですけどね……
「それでね、シエスタ。ここからがシエスタが喜びそうな話なんだけど」
姉さまが言う
「陛下に進言したの。ウェールズ皇太子と親交のあった者を何の見返りもなく呼び出して話をさせるのは失礼にあたるって」
いつも私のことを一番に考えてくれる姉さまが言う
「シエスタを城に呼ぶ条件として、小規模の土地なら無償で譲渡するという条件を取り付けてきたわ」
「……え?」
頭が真っ白になったのは比喩でもなんでもなかった。本当に真っ白になってしまっていた
「じゃあシエスタ、城に行きましょうか。そうしたら、家族みんなであの森で幸せに暮らしましょう」
こぼれそうになる涙をぐっとこらえて、優しい笑みを浮かべている敬愛する姉さまに……、私の最高の弟子に小さく頷いた
姉+弟子=アニエスw
アニエスがこうなった話は次のギンガ視点でー
以前の話を覚えている方はアニエスについてはスルーの方向でw