タルブの森のシエスタさん   作:肉巻き団子

55 / 85
シエスタさん、帰郷する

アルビオンへの侵攻作戦が魔法学院に発布されたのは、夏休みが終わって二ヶ月が過ぎた頃でした。正直遅すぎます。それに、いくら仕官不足だといっても貴族学生を仕官として登用するとは正気でしょうか?王軍の将軍たちはともかく、トリステインの最後の良心と呼ばれている枢機卿も賛成したというのだから少し驚いてしまいました。何か考えでもあるのでしょうか

 

「シエスタさん!旅ってわくわくするわね!」

 

隣に座っているルイズは、そう叫んで腕を絡めてきます

 

「わくわくというより、びくびくよ!」

 

向かいに座っているモンモランシ様が泣きはらした眼でやけっぱちに叫びます。二人とも大きい声を出しすぎですよ。馬車の中に響いて少しうるさいです

 

「星の魔女の愛娘ってなんなのよもおおおおおおおおおおおおおおお!」

 

そんなに大声を出さないでくださいモンモランシ様。貴族様とあろう者がはしたないですよ、と言えば

 

「こんな現状から逃げられるなら貴族なんてやめてやるわよ!」

 

とまったく間をおかず赤くなった目で言うのです。御者をしているヒラガ様と私たちしかいないとはいえ、モンモランシ様がこんなことを言うとは意外でした。いろいろと溜まっているようで、やはり上辺だけの優しい言葉でもかけるべきでしょうか

 

このままでは役に立つ駒どころか邪魔になってしまうかもしれません。姉さまほどは望めないにしても、せめて身体を使って要人から情報を引き出すくらいのことは出来るようになって欲しいものです

 

「そんなことを言うものではありませんよ。モンモランシ様はトリステインの中では中々の気骨を持つお方です。モンモランシ様を失うのはトリステインにとって大きな損失となりましょう」

 

急に腕に力を入れてどうしたんですかルイズ。頬を膨らませて睨んでも可愛ら……いえ、なんでもないです

 

「モンモランシ様は私が気にかけているお方です。その気骨ある魂を穢すような発言はお止めください」

 

そう言って頭を下げる。ここまで言えばモンモランシ様も少しは気持ちを持ち直すでしょう。それに、別に嘘をついたわけでもないのです。まあそれでも、モンモランシ様がどうなろうと構わないのですが

 

あ、タルブの森が見えてきました。モンモランシ様を幾分か強化するのが目的ですが、やはりこの森を見ると頭の中が母さまでいっぱいになってしまいます。考えてみると長いこと母さまには会っていません。会ったらルイズがいようがモンモランシ様に見られようが母さまにとことん甘えるつもりです。最優先事項です。最低でも五泊するのは決定事項です。ルイズたちはタルブ村にでも押し込みましょう

 

やがてヒラガ様が操る馬車が森に入ります。街道から細い枝道をたどって、およそ半時間。森の中に、まるで世界から切り離されたように、その丸太小屋は建っていました…………おかしいですね。母さまの姿はまだしも、家の警護をしているネコマタさんたちの姿がありません。母さまの留守を狙ってやってくる物取り対策に、常時、家の警護をしているはずなのですが…

 

気配を探ると……なんだ、家の中にいるのですか。よく知るネコマタさんたちの気配と母さ…まの気配ではありませんねこれは。それどころか私があまり会いたくない者の気配です。よし、学院に引き返しましょう。そうルイズたちに言おうとしたところで、背中からバタンと扉が開く音が聞こえました

 

「まあ!ネコマタさんたちが外を気にしていると思ったら嬉しいことがあったわ!」

 

桃色がかったブロンドが揺れる。ルイズと同じ髪の色。それはそうでしょう、だって彼女は

 

「ちいねえさま!」

 

ルイズが言ったように、ルイズの姉なのですから……

 

 




カトレアの病気は完治済みです

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。