タルブの森のシエスタさん   作:肉巻き団子

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シエスタさん、静観する

先導するように走り出した軍服姿の姉さまの後を追い、自室から飛び出す。廊下で私の部屋を訪れてきたであろうルイズとすれ違いましたが、今は姉さまの後を追うのが優先です

 

心中穏やかではないものの、疾駆しているにも関わらず気配を無にし足音すら消している様はさすが姉さまと言わざるをえません

 

やがて、魔法学院のとある研究所の前で姉さまの足が止まります。どうやら学院の見取り図と各教室、生徒の部屋は頭に入っているようです。それから姉さまは、深い息を吐くと目の前の研究所を見つめて……

 

……え?ノックですか?そして

 

「出てきなさい。元魔法研究所実験小隊隊長、炎蛇のコルベール」

 

怒鳴ることもせずに平坦な声で扉の向こうにいるであろう炎蛇のコルベールへと呼びかけたのです。ですが扉は開かず、だけど姉さまと私には扉の向こうの気配は察知済みです

 

「メンヌヴィルが死の間際に私に託したあなたへの言葉があります」

 

なんでしょうか。私が想像していた事態とはかなり違った展開です。扉を強引に破り、炎蛇のコルベールを手に掛ける姉さまの姿がさっきまでははっきりと浮かんでいたのですが、今では先の展開がまったくわからなくなっています

 

そして、研究所のドアが音をたててゆっくりと開き、姿を見せたのは学院の教師コルベール。私の調べでは姉さまの故郷の村を焼き、多くの命を焼いた者です

 

「聞こう、あいつは何と言っていたのだ」

 

ですが、本当にこの男がそれをやったのでしょうか。生気は無く、今にも泣き出しそうに顔を歪めているこの男が

 

「一字一句違えることなく伝えます」

 

「ああ……」

 

「『隊長殿、俺が確認もせずにあんな仕事を請けたのが間違いだった。あんたを尊敬し追い付きたかったばかりに焦って隊長と隊員たちに多大な傷を作ってしまった。全て俺の責任だ。俺が全て悪い。悪いのは俺に嘘を言って村を焼かせたリッシュモンじゃねえ。リッシュモンの嘘に騙された俺が全部悪い。なあ知ってるか隊長。俺たちが焼いた村に一人だけ生き残りがいたんだ。まだ小さい女の子だった』」

 

姉さまはそこで一息入れると、拳を固く握りしめて続きを語る

 

「『みんなの目を盗んで俺が逃がしたんだ。俺が逃がした。助けたわけじゃねえ。いずれ俺たちを殺してもらうために逃がした。だってそうだろう隊長殿。騙されたとはいえ無実の人間を焼いた俺たちが生き長らえてちゃいけねえ。俺たちはあの女の子の恨みを十分に受け入れて殺されてやるべきだ。だから隊長、もしその女の子が隊長の目の前に現れたらおとなしく殺されてやってくれ。なあ隊長殿、俺は先に地獄で待っている。みんなが来るのを地獄で待っている。なあ隊長殿。あんたは地獄にきたら俺を叱ってくれるか。未熟者だって叱ってくれるか。あの戻れない昔みたいに、馬鹿者って笑いながら俺を殴ってくれるか。あんな嘘に騙された俺のことを、まだ殴る価値がある奴だって思って殴ってくれるか。なあ隊長殿。俺はまだあんたに部下だと思われているか。俺は隊のみんなにまだ兄弟だと思われているか。なあ隊長殿……、俺はまだあんたのことを兄だと思っていいのか……、ああ、くそったれ、死にたくねえ……、まだ生きていてえ……、またみん……』」

 

そこで言葉は止まる

 

「以上がメンヌヴィルが死の間際に私に託した貴方への言葉よ」

 

「どこだ…」

 

なにがでしょう?

 

「どこで……あの馬鹿はその言葉を吐いた」

 

それは私も気になります。姉さまからは復讐は終わったとしか実は聞いていないのです

 

「貴族の屋敷が並ぶ高級住宅街のとある一角。リッシュモンの屋敷でよ」

 

「どうして……あの馬鹿はそんな場所にいた」

 

それは答えなくてもわかる問いかけ。だけど、コルベールは村の唯一の生き残りである姉さまから答えが聞きたいのでしょう

 

「小隊の生き残りたちと共にリッシュモンの首をとるため」

 

「姉さま、もしかしてメンヌヴィルは……」

 

「ええ、リッシュモンの雇った傭兵を全てなぎ払い、リッシュモンの心臓を貫いたあと勝手に死んだわ」

 

そこに復讐を遂げにきた姉さまが居合わせたのは奇跡だったのかもしれない。復讐を遂げたのは姉さまだけじゃない。騙されて村を焼かされたメンヌヴィルたちの復讐も遂げられたのだ

 

「メンヌヴィルは生きている隊の生き残りは全て集めたと言っていたわ。もしそれが本当なら、もう生き残っているのは炎蛇のコルベール、あなただけよ」

 

「殺してくれ……」

 

地面にはいつくばり、大粒の涙を流しているコルベール

 

「嫌よ」

 

「殺してくれ……」

 

「嫌よ。私の復讐はもう終わったの」

 

「殺してくれ……」

 

「メンヌヴィルの最後の願いを聞くのなら、あなたは私に殺されなければいけない」

 

「殺してくれ……」

 

「だけど、私はもうあなたを殺してあげない。あなたは私に殺されるしか死ぬ方法がない」

 

「殺してくれ……」

 

「無様に生き長らえなさい。これから長い間、村の者たちに死ぬまで謝罪し続けなさい」

 

「殺してくれ……」

 

「嫌よ。あなたを簡単に仲間たちの所へなんかいかせてやらないわ」

 

「殺してくれ……」

 

「ダングルテールの村の跡地に村人全員の墓と、騙されて人生を狂わされた愚か者たちの墓があるわ」

 

「頼むから……」

 

「あなたは毎年そこに花をやり、祈りを捧げて、一生罪悪感に苛まれるといいわ」

 

「わたしを殺してくれ……」

 

「嫌よ。私は妹の世話をするのに忙しいんだもの」

 

コルベールを殺してやった方がいいんじゃないかと思った私は、きっと非情なのでしょうね……

 

 




蛇年なのでコルベールさんイジリ倒してみました

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