タルブの森のシエスタさん   作:肉巻き団子

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ギンガ、育てた

真っ青な空には雲一つなく、眩しい陽光が緑の森に破片のような煌めきを与えている。シエスタが森から出るには十分な良い天気だった

 

「母さま、行ってきます」

 

あぁ、もう駄目だ、と思う。今シエスタと目を合わせたら、恥も外聞もなく泣き声をあげ、娘に抱きついてしまう

 

「無理はしちゃ駄目よ。なにかあったら……すぐに駆けつけるからっ…」

 

毅然として言ったつもりの言葉尻が震えた。爪が食い込むことを気にせず拳をにぎり、こぼれそうになったものをぐっと堪える。シエスタの旅立ちを涙で鈍らせたくはない……それが、母親のちっぽけなプライドだ

 

「母さま」

 

シエスタに呼びかけられて顔をあげた瞬間、視線と視線が絡みあった。握り締めた拳にさらに力を込める

 

「……最後に……一つだけ、一つだけお願いがあります」

 

「…?いいよ、言ってごらん」

 

母親として微笑みを浮かべたまま、シエスタを見た。シエスタは恥ずかしそうに目をそらし、大人びた美貌を紅潮させる

 

「む、昔みたいに……抱きしめ……て、欲しい……」

 

言い終わらないうちに、シエスタの顔はさらに火照りを増した。なんだか、そんな可愛い娘の態度に全身の力が抜けてしまう

 

「おいで。っていうか」

 

笑ってシエスタを見ると、シエスタも笑ってたんだ

 

「私もシエスタを抱きしめたい」

 

「……母さま」

 

シエスタの顔に感極まった激情が一瞬だけ走ったように見えたのは、きっと気のせいなんかじゃない。セスタちゃんとの一件以来、シエスタってば感情を中々顔に出さなくなっちゃってもうね。でも長年母親やってきた私にはシエスタの微細な変化もお見通しですよーだ

 

両手を広げてシエスタに近付くと、その華奢な身体をそっと抱き寄せる。やがてその両手に切ない力が漲り、シエスタの身体を思い切り掻き抱いてしまう。シエスタは短く吐息を漏らしながら、されるがままに身を任せている

 

なんとも言えない満ち足りた想い。その感情の名を数え切れないほどシエスタに教えて貰った。最初に教えてもらったのは、病気が治ったばかりのシエスタを抱き上げた時。何をしても、自分よりもシエスタの幸せを優先させると誓った。自分の娘を幸せにしろと自分自身に命じた

 

溢れてくるシエスタへの愛情

 

それがいつの間にか私の生きる理由になっていた

 

「元気でね。困ったことがあったら、すぐに助けにいくからね」

 

「はい。ありがとうございます……母さま……」

 

小さく娘の名を呟くと、シエスタはそっと目を閉じた。その頬に触れるだけの唇を落としていく。そうしてからシエスタから離れ、憎々しげに空を見上げる。雨だったらシエスタの出立は延期になったのにと考え、そんなことくらいで私の娘が予定を変えるわけがないと思いなおして苦笑が漏れた

 

「母さま、行ってきます」

 

もう一度シエスタは言った

 

「行ってらっしゃい、愛娘」

 

シエスタは私に背を向けて歩き出した。一度もこちらを振り返ることなく、シエスタの姿はあっという間に小さくなり、やがて視界から消えた。膝から力が抜け、ぺたりとその場に座り込む

 

「あーあ、行っちゃった……行っちゃったなぁ……」

 

ぽたり……ぽたり……と瞳からこぼれる

 

「……行っちゃったから、もう我慢しなくてもいっか」

 

『えぐ……えぐ……』とうなり、大きな双眸からボロボロと涙を流す。幼い子どものように泣き声を上げてうずくまる。唇が震える……顔がくしゃくしゃになる……握っていた拳は開かれ、弱々しく地面を引っ掻く

 

顔を上げたくなかった。上げるのが怖かった。シエスタは行った。もうここにはいない。それを確認したくなかった。見たくなかった

 

泣いた。声を上げて泣いた。地面に顔を埋めて泣いた。自らの弱さを呪って泣いた

 

涙を拭った。息を詰めた。でも、熱い感情が胸の奥から突き上げてきて、もう止めようがなかった……

 

雲一つない青空の下、しばらく森の大地に大粒の雫が滴った

 

 




過去編はこれで終了

でもそのうちなんか書きます
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