タルブの森のシエスタさん   作:肉巻き団子

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シエスタさん、命じる

なかなかの美形ですね。細長い色気を含んだ唇に長い睫毛。化粧をして女装でもすれば女性にしか見えなくなる顔立ちをしています。彼の左眼はルイズと同じ鳶色でしたが、右眼は透き通るような碧眼をしていました。左右の瞳の色が違うそれが彼の色気をさらに高めています

 

まあ、それがどうしたという話ですよね。隣を見るとモンモランシ様も胡散臭げな顔をして彼を見ていました。私も表情は変えないながらも、心中はモンモランシ様と似たようなものです

 

学院にいる女生徒なら彼の容姿に惹かれたかもしれませんが、私もモンモランシ様も外見に惹かれるような在り方はしていません。だからこそ私たちに『美しい』などと声を掛けてきた彼を警戒しているのです

 

「おっと、そう警戒しないでくれよ。ぼくはロマリアの神官、ジュリオ・チェザーレだ。以後お見知りおきを……」

 

その彼の言葉で警戒度をさらに高めます。大っ嫌いなロマリアの神官がなぜこんなところにいるのでしょうか?正直に言うと今すぐにでもオークの餌にでもしてやりたいです

 

「あなたがロマリアの神官?僧籍に身を置いているのに女性に積極的に声を掛けたみたいだけど」

 

「なあに、神ならたまに目をつむるという慈悲深さも持ち合わせているさ」

 

モンモランシ様にこの返しよう。いつの間にかタルブの森に住み着いていたとある国の密偵にそっくりです。特徴としてガリアの密偵は遠巻きに母さまと私を観察する。ゲルマニアの密偵は気安く接触してくる。トリステインは密偵は使わず枢機卿とタルブ領主アストン伯を通じて正式な手順で手紙を運んでくる。そしてロマリアの密偵は平民をタルブの村に溶け込ませ偶然を装い接触してくるのです

 

なのでタルブの村で見かけただけではロマリアの密偵だけは区別が付きません。しかし見分ける方法はいたって簡単です。母さまか私に接触してくるか否か。ジュリオと名乗った今の彼のように……です

 

ジュリオの相手はしばしモンモランシ様に任せて、目を閉じて集中します。感覚を鋭敏に研ぎ澄まし、風の唸りや木々の葉がたてるざわめきにすら注意して、建物軋み、賑やかな街中の雑音の中から普通に紛れた異物を拾い出します。ある程度の距離をとっていても、集中すれば距離と方向をある程度は把握できる自信はあります

 

そうして眉をひそめながらゆっくりと目を開ける。わかったのは六人。それが私とモンモランシ様から一瞬たりとも注意をそらさなかった者の数です。ある者は恋人を装って人の群れから、ある者は迷彩装束をまとい木々の上や物陰から、ある者はさっきまで護衛していた補給部隊の中からと……ジュリオという分かりやすい囮に注意を向けさせて、影から私とモンモランシ様の動向を探るのが本命のようですね

 

母さまがアルビオン周辺に度々現れ、その娘の私までアルビオンの膝元に現れたとあっては動向や思惑を探られるのも仕方ないかもしれません。なにせ昔に母さまはほぼ一人でアルビオンを降伏させたことがあるのです。母さまがもしアルビオン側にいるのならこの戦争の勝敗などすでに決まったも同然なのですから

 

「モンモランシ様」

 

しかし、だからといって監視されるのは我慢できません。呼びかけられ振り向いたモンモランシ様に告げます

 

「私たち二人を監視している『敵』が最低でも六人います。あなたの腕でも敵う力量ですので見つけて始末してきなさい」

 

それがロマリアの神官とくれば『敵』とするには十分すぎるほどです。だってロマリアは母さまのことを……私が誰よりも愛する母さまのことを『悪魔』などと国ぐるみで罵ってくれたのですから。昔のアルビオンのことだってロマリアが裏で暗躍していたのは調べでわかっているのです

 

顔色を一気に変えたジュリオとは逆に、モンモランシ様は顔を引き締めて周囲の気配を探り始めました

 

私が敵をどうするか……それは弟子のモンモランシ様にもよく伝え実行するようにさせています。モンモランシ様の魔法が密やかに静かに最初の一人目を氷付けにしたのはそれから間もなくしてのことでした




まだギンガが悪魔だと知らないシエスタさん

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