タルブの森のシエスタさん   作:肉巻き団子

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シエスタさん、弟子に困る

シティオブサウスゴータの城壁から、一リーグ離れた突撃開始地点で、私とモンモランシ様が臨時入隊した集団はラッパの合図を待ち構えていました

 

ロサイスにいる間も母さまが出没したというアルビオン首都ロンディニウムに早く行きたかったのですが、兵でもない私たちが戦時中にアルビオン行きの船を利用できるはずもなく、仕方なく今はこの隊に臨時入隊しています

 

当然のことながら表立って入隊したのはモンモランシ様で、私はその付き人となっています。そのことをモンモランシ様に告げた当初はいつものように私に噛み付いてきたものでしたが、この隊の隊長が恋人のグラモン様だと教えると、打って変わってやる気を漲らせていました

 

ちなみに学院を出てから今まで二十日ばかりの旅費、滞在費はジュリオを娼館に売り飛ばしたことでお釣りがくるほどになりました。手と足の腱を斬り、喋れないように喉を潰したにしては中々の値段でした。やはり見た目が良いとなにかとお得ですね

 

そのジュリオを売ったお金で身支度を整え、隊のみんなに美味しい料理や酒を振舞ったおかげでここでもモンモランシ様と私は好意的に隊に受け入れられています

 

「シエスタさん」

 

「なんでしょう?」

 

傍にいたモンモランシ様が私にしか聞こえない声でそっと呟いてきます

 

「遠くにいるせいかもしれないけど、人の兵隊が見当たらない気がするわ。見えるのは槍や棍棒を担いでいる大柄な亜人ばかり。それに……」

 

「一匹一匹がトライアングルメイジを上回る力を持っていますね。それがざっと見ただけで三桁に達してそうですね。まともにぶつかれば敗色が濃厚でしょう」

 

「……じゃあ、この戦いって」

 

「サウスゴータの敵戦力を分析するための捨て駒部隊」

 

そう言うとモンモランシ様はうつむいた後、まっすぐに前を見つめました。視線の先にいるのは老兵軍曹と笑みを浮かべて話しているグラモン様の姿です。モンモランシ様の視線に気付き軽くこちらに手を振ると、また軍曹となにやら話を再開しました

 

「戦争では情報が重要です。たった五十人程度の中隊の犠牲でサウスゴータの敵戦力が測れるならば犠牲にするに越したことはありません」

 

だから私はこの中隊に潜り込んだのです。全員戦死したということになれば、これから先は単独行動が取れますしね。もっと言ってしまえば、アルビオン大陸のサウスゴータまで運んでもらった今、この中隊は私の中ではすでに価値のないものになっているのです

 

空には味方の艦隊は無く、中隊五十人の他には、ここからさらに一リーグ離れた場所から敵戦力を測ろうとしている竜騎士が数名いるだけです。中隊の者も捨て駒にされたことはもう全員が気付いていて、悲壮さを通り越して逆に清々しい顔をしていました

 

「シ……シエスタさんならっ!」

 

「先程グラモン様から命令されたではありませんか。突撃開始のラッパが鳴る前に私とモンモランシ様は伝令として引き返せと。この手紙を家族に届けてくれと」

 

伝令として私とモンモランシ様は逃され、荷物の中に収められているのは手紙ではなく遺書です。短い間とはいえ同じ食事をした人たちです。トリステインに戻った暁にはきちんと家族の元へと届けさせていただきますよ

 

モンモランシ様が涙目で睨んできますが知ったことではありません。そんな反応の私をどう思ったのか、モンモランシ様は右手で目をごしごしと拭うと何かを吹っ切ったかのように、さばさばとした口調で言いました

 

「トライアングルメイジでも敵わない亜人が百以上。上等じゃないのよ!」

 

はあ……ルイズといいモンモランシ様といい、どうして私が気に掛ける貴族は逃げるということを知らないのでしょうか。ほら、今のモンモランシ様の声を聞いたグラモン様の顔色が目に見えて泣きそうなものになってきましたよ

 

「ごめんなさいねギーシュ!わたしは伝令なんて仕事やってあげないわ!」

 

考え直してくださいモンモランシ様。私は面倒なことは極力遠慮したいのです。あなたは私の弟子なのですよ

 

「だからギーシュ!わたしはみんなと戦う!ねえ聞いてるギーシュ!」

 

はらりと、グラモン様の瞳から雫が流れて地面へと落ちた

 

「わたしはあんたと一緒に死んであげる!」

 

ああもう……面倒なことになりました。母さまの教えとして、私は見えるところで弟子が死の危機にいるのならそれを助ける義務があるのです

 

だから私はいつも言っているではありませんか。私のいないところで、私の見えないところで勝手にしてくれと




弟子は見える範囲でなら助ける

ギンガの師弟関係における教えです

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