一年の始まりを告げる夜空に打ち上がった満開の花火に、シティオブサウスゴータのあちこちで歓声があがります。ハルケギニア最大のお祭である降臨祭。気が早い者たちは花火が上がる前から飲めや歌えやと騒いでいました
ですが、まだ母さまに会えていない私は浮かれるはずもありません。サウスゴータに来てからすでに十日以上。母さまが次元船ガルガンチュワとともに現れるのはアルビオン首都ロンディニウムに集中していて、なかなか接触する機会に恵まれません。さすがに少し疲れがたまってきました
そんな時、降臨祭くらい悩むのはやめてくださいと言うロザリーに連れ出され、広場に設けられた魅惑の妖精亭の天幕の隅に今は陣取っています。連れ出したにも関わらず裏方に回って姿を見せないロザリー。見覚えのある王宮仕官の面々もあるので仕方ないですね
遠目で離れた席でヒラガ様たちとワインを薄めてちびちびやっているルイズを見て、対面に座っているあの娘をなるべく視界に入れないようにします。そんなあからさまな態度にも負けることなく、あの娘の目は私から少しも離れません
こんなことならあの教会でモンモランシーの手伝いをしているべきでした。グラモン様が訪れてきたので気をきかせて出てきたのですが、そもそもあの負傷兵だらけの教会では雰囲気もあったものではありませんね
軽くため息を吐き、顔を背けたまま渋々声を出す
「こんなところで何の話です。ロザリーに私を連れ出すようにしてまでする話ですか」
あの娘の眉がビクッと動き、初めて視線が外れる。うつむき、テーブルの下で拳を握ったような仕草をしました。そして、ぼそっと……
「先生……」
顔を正面に向け睨みつける
「先生は姉さまが森を出て行ったあと、村の人たちにいろいろなことを教えてくれました……」
…………初耳ですね。母さまがそんなことをしていたなんて
「最初は姉さまがいなくなったあとの先生の様子を見に行った私と父さまが相手でした。読み書きから始まり、簡単な計算の仕方まで無償で先生は父さまに教えてくれました」
母さまならありえます。絶大な力を持っていることで恐れられがちな母さまですが、その性格は涙もろくてお人よしなのですから
「それから村で希望者を募って、学校の真似事みたいなことを先生は始めました」
嘘ではないのでしょうね。私に嘘を言う必要がありません
「村の子どもは普通の平民では受けられないような授業を先生から無償で受けています」
母さまの知識が世に広まればあちこちでなんらかの変化が起きるでしょうね
「今では村のみんなが先生のことを『星の魔女』ではなく、『森の先生』と呼んでいます。親しみを込めてギンガ先生と呼ぶ子もいます」
あの娘のうつむいていた顔があがる。視線が交わった
「エルフだって話せばわかる。先生とだったら共存できる。村のみんなはようやくそのことに気付いたんです」
遅い……気付くのがあまりにも遅い……
「話せばわかる。だから、私たちと先生で話し合いをしたんです」
一体何を……
「姉さまを返してくださいって。姉さまを私たちに返してください……って」
ああ……、その場にいたら母さまが何と言おうと我を無くして暴れていたかもしれません。私にとって家族とは、母さまと姉さまと、そしていつも私を可愛がってくれる魔物さんたちだけです。それが私の家族です
「だけど……先生は嫌だって。それだけは駄目だって。シエスタは私の娘だって……お願いだからシエスタを奪わないでくれって、何でもするからシエスタの母親でいさせて下さいって、何度もそう言ったんです」
話しているうちに何を想ったのか、ぽろぽろと涙をこぼし出す。反射的にハンカチを取り出そうとして、その手を押さえた
「たった一人で軍を追い返すような先生が…長い間みんなから恐れられてきた先生が…地面に頭を擦り付けてお願いしますお願いしますって何度も言ったのッ…」
ポケットの中でハンカチを握り締めた指先が震えた
「そこでようやく私が間違ってたんだって気付いたの……姉さまと心を通わせていたあの頃の私の発言も、先生を泣かせていた私たちも、仲睦まじい親子を引き裂くただの悪者だって」
そう言って泣きながら、またうつむいてしまう
「姉さまと一緒にいたかった!大好きな姉さまのそばにずっといたかった!」
知っていますよ。私を追って学院にきたことも、いつも構って欲しそうに私を見ていたことも十分にわかっていました
「そんな風に想ってて、だけど、姉さまをいつも怒らせて…話してもらえないのがすごくつらくてッ」
ぐしぐしとあの娘は涙に濡れた目を手で拭う
「……ごめんなさい」
呟いた
「……先生と本当の親子じゃないって言ってごめんなさい」
あの時それをあなたがわかっていれば、きっと今も私はあなたの隣にいたのでしょう
「先生は姉さまのたった一人の母親です……」
そんな言葉に、知らずなにかが溢れそうになった
「姉さまは先生の愛する娘です……」
ルイズとはまた違う、遠い昔の感情の残り香が小さく胸を締め付ける。会うたびに溢れんばかりの嬉しさだけを感じていた。私の最初の友達……私のたった一人の……
「セスタ」
弾かれたように顔をあげてまじまじとこちらを見てくる、私のたった一人の妹。同じ日に生まれ、ともに産声をあげた姉妹
「私のいない森で母さまが何をしていたのかもっと聞かせてください」
昔に戻るつもりはありませんが、ほんの一歩だけ昔に歩み寄る。ただ名前を呼ぶだけ。そう、たったそれだけのことだ
たったそれだけのことだけど、セスタは……私の妹は真っ赤な瞳で花の咲き誇るような笑顔を向けてくれたのでした
姉妹の和解
しばらくしたらセスタも話によく絡んでくるようになります