タルブの森のシエスタさん   作:肉巻き団子

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シエスタさん、緊急依頼を受ける

サウスゴータに駐屯していた連合軍は、まっったく予想すらしていなかった反乱で指揮系統が混乱し、崩壊の憂き目をむかえていました。降臨祭と休戦期間を終え、アルビオンの首都ロンディニウムに進軍しようとしていた隊がこぞって反旗を翻し、進軍してきた道を引き返してサウスゴータの防衛線を次々と破っているそうです

 

将軍が反乱軍を組織して裏切った、未知の魔法で操られている、第三の軍勢が興りトリステインとアルビオン両国を相手にしている、等の噂が飛び交う街中をモンモランシーを連れて進みます。我先にロサイスに逃げようとしている人の群れとは全く逆の方向。目指すのは北東の街道です

 

連合軍がこうなってしまった以上、独自でロンディニウムを目指すことにしました。先にはアルビオン軍がいるものの、わざわざ遭遇するつもりはありません。確かサウスゴータには人が寄り付かない気味の悪い森があるので、そこで軍をやり過ごし先を急ぐつもりです

 

「このままだと……トリステインは……」

 

「サウスゴータとロサイスを押さえられればあとは攻め込まれるだけでしょう。蹂躙されると言い換えてもいいかもしれません」

 

とぼとぼと後ろを歩くモンモランシーに言います。反乱で数が膨れたアルビオンを止める術はもう今の連合にはありません。なにせロンディニウムを落とすべく進軍していた主力部隊のほぼ全てが反旗を翻したのです

 

そして、真っ先にその標的にされるトリステインの未来は明るいものにはならないでしょう。連合のゲルマニアに助けを求めても、対応を引き伸ばされて見捨てられるのがおちです。トリステインが攻められている間に軍備を固め対抗措置をとる。きっとゲルマニアならそうするはずです。始祖の血筋の国が滅ぼうとゲルマニアには関係ないのですから

 

それにしても、この戦争に一度も介入していないガリアが少し気になります。始祖の血を引くアルビオンとトリステインが争っているのに、同じ始祖の血を引くガリアが静観しているのはどういうことなのでしょう。ジョゼフ様にしてはこんな『面白そう』なことに介入しないのはおとなしすぎる気がするのですが……

 

「いたぞ!あのお二方だ!」

 

頭上で声がしました。グリフォンに騎乗した兵たちが、『どけどけ!』と地上にいる人にどなりながら着地します。全部で五人。その全てが隙のない顔立ちに、なにか刃物のような鋭さを秘めた瞳をしています

 

グリフォンに乗っていて、この油断のない雰囲気。おそらくはワルドの元部下たちでしょう。グリフォン隊は解体されたそうですが、散り散りになっても要職に近い位置に属しトリステインのために日夜励んでいるとの話です

 

「タルブの森のシエスタ様、その従者のモンモランシ様とお見受けします」

 

ひょっとしたら私に接触してくるかもしれないと片隅で思ってはいました。だけどそれはトリステインがなりふりかまっていられなくなったことを意味しています

 

「はい、そうです」

 

僅かな距離を隔てて黒髪をした若い少年兵と向かい合います。見覚えのある顔立ち。若い平民の出でよくここまで出世したものです

 

「これを。トリステイン女王アンリエッタ様、マザリーニ枢機卿の御両名からの緊急嘆願書です」

 

黒髪の少年はこちらに一礼して、書簡を手渡してきました。服に忍ばせていた短剣で封を開き、中の手紙を取り出し読み始める。その手紙の内容に……目が大きく見開いた。手紙に施されたトリステイン王家の紋章が本物かどうか何度も確かめ、食い入るように手紙を読み返す。間違いない

 

「シエスタさん……?」

 

それまで黙って事態を見据えていたモンモランシーが声をあげる。そうですね、さすがに今回はモンモランシーを助ける余裕はなさそうです

 

そう結論付けてモンモランシーの首筋を打って意識を奪う。地面に倒れたモンモランシーを一瞥だけして、少年に告げる

 

「トリステインの魔法学院に放り込んでおいてください。あとで取りにいきます」

 

その言葉に少年の背後から男が出てきてモンモランシーの身体を肩に担いでいく。さて、これであとは予定の通り北東の街道に向かうだけです。そのついでに、いつものように仕事をこなすことにいたしましょう

 

「死なないでください」

 

歩き始めた背に少年の声がかかる

 

「あなたが死ぬとセスタ姉が悲しみます」

 

死んでたまるものですか。ようやくなのです。やっと夢が叶うのです

 

少年たちに見送られながら、暗くなり始めた道をまっすぐに走り出す

 

受けた仕事は、アルビオン軍と反乱軍が進んでくる街道の死守

 

そして、その報酬はタルブの森なのでした




少年兵の正体はジュリアン
セスタの弟です
前にもちょこちょこ出てます

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