タルブの森のシエスタさん   作:肉巻き団子

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シエスタさん、揺らぐ

得体の知れない者たちに追いかけられる。表現としては陳腐な部類に入るかもしれません。負ってくる者に男女や装備の違いはあっても、その目的ははっきりとしています。得体は知れませんが、彼らが何であり、誰の命令で動いているかははっきりとしているのです

 

「……一体なんでしょうね……あれ……」

 

猛烈な勢いで馬車を追いかけてくる奇怪な連中を振り返りながら、ミューズさんは首を傾げました。奇怪な連中の操る二台の馬車に追われている状況なのにミューズさんの顔には焦りはなく、いつもと同じおっとりした雰囲気を纏っています

 

なんというか、やはりミューズさん只者ではありませんね。たんに肝が据わっているというだけではなく、場慣れしているというべきでしょうか。熟練の兵士でも緊迫する場面なのですけどね……

 

「盗賊の類には間違いないでしょう」

 

「でもただの盗賊にしてはおかしいわよね」

 

そう。ミューズさんの言う通り、彼らはただの盗賊ではありません。私が荷台から放った矢を胴体や手足に受けながらも手綱を放さない常識外の存在です。彼らの存在には心当たりがありすぎます。まあ十中八九テファの人形たちでしょう

 

もうかれこれ一時間近く逃げ回っているのに一向に諦める気配がありません。工作のため、わざわざ筆跡を変えて、『魔女の娘はいただいていく』と書置きしてきたせいか、おそらくミューズさんが私を誘拐したとでも勘違いしているのでしょう。それで魔女の娘を取り返すために人形たちを送ってきたと……いやはや、ご苦労なことですね

 

だからといってテファのところに戻るつもりはありません。そうするくらいならミューズさんと世界の果てまでも逃げ続けます。ミューズさんなら苦笑しながらも付き合ってくれるでしょう。私を助けてくれたのがテファじゃなくミューズさんなら良かったのに……

 

「シエスタ」

 

御者台で手綱を握っていたミューズさんに呼びかけられます

 

「しばらく手綱をお願いしていいかしら」

 

即座に御者台に移り手綱を掴みます。そしてミューズさんはゆったりと荷台に移ると、隅に立てかけていた木箱を床に下ろし蓋を開きました。手綱を握りながらちらりと覗くと、小さな人形がそこにはやくさん収まっていました

 

「お願い、お人形さんたち。力を貸して」

 

ミューズさんの前髪に隠れた額が一瞬眩く輝いたあと、箱に収まっていた人形が次から次へと飛び出し、槍や剣、そして斧矛を持った人間大の戦士になってテファの人形たちに襲い掛かっていきました。そんな数十体もの人形を操り、ミューズさんは言う

 

「これでもう大丈夫だと思うわ」

 

「そうですね」

 

馬車の背後を確認すると、ミューズさんの人形たちに次々と身体を串刺しにされていくテファの人形たちの姿がありました

 

「わたしはね、あらゆるマジックアイテムが扱えるの」

 

「そうですか」

 

ただミューズさんにそう返しただけなのに、何がおかしかったのかにっこりと微笑む

 

「あなたは『前』もわたしにそう言ってくれたわ」

 

そう言って隣の御者台に座ってきました。ということは、ミューズさんとの付き合いは私が記憶を失う以前からのようですね

 

「ガーゴイルや魔道具の力に怯えていたわたしに、そんな力なんてぜんぜん大したことないって顔で『そうですか』って言ってくれたの。自分の力に怯え、我を失い狂いそうだったわたしをあなたが止めてくれたの」

 

ふむ、とりあえず昔の私よくやりました。ミューズさんが狂ってテファのようになっていたかと思うとぞっとします

 

「だけど、そんなあなたにとてもひどいことをわたしはしてしまった」

 

「覚えてないので構いません……」

 

「記憶を失ったのがわたしのせいだとしても?」

 

一瞬だけ体が硬直しました。思うところはいろいろありますが……

 

「構いません」

 

「でもわたしは構うわ」

 

ミューズさんは笑顔で

 

「たとえ主の命令に背く行動をしていようと、わたしはあなたの記憶を取り戻させる」

 

いつもの周囲にまで幸福感を与えるような微笑で

 

「たとえ記憶を取り戻したあなたに」

 

ミューズさんは言った

 

「わたしが殺されるとしても」

 

…………ロンディニウムなんかに向かわずにこのままミューズさんとどこか遠くに旅に出たい。この時の私は半ば本気でそんなことを思ったのでした




人形vsお人形さん

記憶を取り戻したシエスタさんが敵のミョズさんを見逃す可能性はほぼありません

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