タルブの森のシエスタさん   作:肉巻き団子

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シエスタさん、発見される

アルビオン首都ロンディニウムに近付くにつれ、行き交う人々の顔から段々と笑顔がなくなっていきました。差異はあれど、みんな疲れきりなにかを諦めたような顔をしています。中には何度もロンディニウムがある方角に振り返り涙をにじませている人もいました。まるで生まれ育った故郷との別れを惜しんでいるかのようです

 

平民、貴族関係なく長蛇の列はロンディニウムに背を向け反対方向に力なくただ前進する。向かう先はおそらく港街ロサイス。目的はアルビオンからの脱出。だけど……

 

「どこに行こうと同じですのに」

 

街道脇に馬車を止め、人形劇を披露しているミューズさんを見ながら呟きました。星の魔女、私の母親がアルビオン・トリステイン・ゲルマニアと戦争を開始するまであと八日。ミューズさんの話では、三国がどれだけ軍備を固め協力体制をとっても星の魔女を打破するのは不可能とのことでした。戦争ではなく一方的な蹂躙、ただの殲滅戦だとも……、私の母親はどれだけ規格外なのでしょうね

 

三国に宣戦布告した理由が、娘の私が戦争に巻き込まれて生死不明になっているからでしたっけ。なんというか、本当に私は母親に愛されているようです。だけど、かなり親馬鹿すぎる気もしているのですよ

 

「それを止める唯一の方法が私の生存確認」

 

苦笑が漏れてしまいます。さぞかし各国は私の捜索を血眼になってしているのでしょうね。星の魔女によってすでに首都ロンディニウムが壊滅させられたアルビオンはともかく、トリステイン・ゲルマニアなんかは……

 

ひょっとしたら私の捜索をしていた人の中にはテファに人形にされた者もいるかもしれません。テファの人形たちの中に軍服らしきものをまとったのがちらほらいた気がするんですよね。テファはアルビオンの消滅を望んでいましたから、私の生存を確認させて星の魔女を止めるようなことはしないでしょう。テファからすれば私を捜索している者は邪魔者でしかないのです

 

はあ……、星の魔女もテファも少しはミューズさんのあり方を見習ってほしいものです。道行く人たちに人形劇を披露しているミューズさんのようにあってほしいものです

 

『せめて少しでも慰めになってくれたらいいの』

 

『別に優しくなんかないわ。やりたいことをやっているだけだもの』

 

『わたしはお人形さんたちを操れる。だからわたしの人形劇で少しでもみんなを笑顔にさせたいなって思っただけ』

 

『わたしのつまらない偽善行為なだけよ』

 

そう言って人形劇を披露し始めてから四時間あまり。足を止めてくれる人は稀で、多くは素通りしていく。中には苛立ったように人形を足蹴にしていく者もいた。つまらない因縁をつけて怒鳴り散らす者もいた。だけど、ミューズさんは絶対に笑顔を崩しませんでした。休むことなく人形を操り続けました。ただ静かに微笑んでいるだけで周囲まで幸せにさせるようないつもの表情を浮かべて、一心腐乱に劇を続けています

 

でも、今やっている劇が終われば強引な手段をとってでも止めさせることにします。平気そうな顔をしていようと、額や首筋にうっすらと浮かんだ汗粒からミューズさんがかなり疲弊しているのは分かっているのです。二時間前にせめて休憩するよう言ったのですが聞き入れられず、馬車の荷台からこうしてミューズさんを見守っていました

 

と、竜の人形を倒した剣士の人形が見物客に向かって一礼しています。やられ役だったメイジや竜も立ち上がり手を振っています。荷台から降りてミューズさんに近付いていく

 

すると、拍手をしていた金髪の少女と、肩口で揃えられた黒髪をした少女の二人がこちらに気付くなり……

 

「あ」

 

「え!」

 

……あ?……え?

 

「シエスタさん!」

 

「姉さま!」

 

そう叫んだのです。知り合いだとは思うのですが、懐かしさも喜びも感じません。でも、私のなかのなにかが明確に二人をこう位置付けたのです

 

二人の少女は敵には絶対にならないと。彼女たちは私の仲間なのだと……




再会

でもまだ記憶喪失なう

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