いつも柔らかい微笑みを浮かべているミューズさんとは逆に、モンモランシーさんはいつも物憂げで疲れた表情をしています。可愛らしい顔立ちをしているのですが、このどこか苦労人を滲ませた雰囲気のせいでモンモランシーさんは妙に老けて見える時があります
それが、ミューズさんと一緒に御者台に座っているうちに、目に見えて変化してきました。小柄な顔には歳相応の無邪気な笑顔が浮かび、小気味良い声音でずっとミューズさんと楽しく会話をしているのです。荒削りだけど気品のあるモンモランシーさんがそうしていると、膝の上で撫でられ可愛がられている猫を連想してしまいます
ちなみにセスタは荷台でずっと私の髪の手入れというか、髪をいじって好き放題しています。首の後ろで束ねていた紐はセスタの手で解かれ、今は頭の右側で髪を一房束ねるのに使われています。その紐がまた解かれ、セスタが私の長い髪を今度は三つ編みに結い始めた時点でさすがに煩わしくなってきました
セスタを無表情で見つめ、吐き捨てるように息を漏らす。これだけすれば煩わしいと思っていることが伝わったでしょう。だけどセスタは何事もなかったように髪を結う手を動かし続けます。まるでそんなことされても気にしない。そんなことには慣れているといった調子で触れてきます。さすが私の妹だけあって図太いですね……
「ねえシエスタ」
「なんでしょう」
廃墟同然と化した首都ロンディニウムを馬車が行きます。アルビオンの首都といっても、もう誰も信じないほどに壊滅した街の中を進みます
「あと少しで星の魔女がいる場所に着くわ」
「そうですか」
「もっと苦労するかと思ってたのよ。なんだか気が抜けたわ」
となると、私が記憶を取り戻すまでもうすぐですね。アルビオンをたった一人で壊滅させた魔法の破壊力に注目されがちですが、星の魔女は治癒の魔法の腕もすさまじく、知られていないところで多くの命を救ってきたそうです。その腕前は『死んでさえいなければ何でもこい!』とセスタに言い放ったこともあると
なので私の記憶喪失も星の魔女に会いさえすれば治るも同然。セスタが自分のことでもないのに誇らしげにそう話してくれました。そういえば私の妹ということは、セスタも星の魔女の娘になるのではないのでしょうか?
「シエスタさんの母親……」
「先生に会うのは久しぶりです」
生唾をごくりと飲み込んで緊張したモンモランシーさんと、まったく様子を変えずに私の髪で遊んでいるセスタ
「ここまで来たらもう話してしまうけどね、わたしの主からはシエスタを保護したら城まで連れて来いって命令されていたの」
「アルビオン、トリステイン、ゲルマニアではあり得ない話ですね。戦争に参加していなかった河リアかクルデンホルフ、ロマリア……先生の娘の姉さまをロマリアが保護なんてしないから、ガリアかクルデンホルフですか?」
私の髪に触れながらセスタがミューズさんの方を一瞥もせずに言います。ええとですねセスタ、その青い光を発するその大剣はどこから取り出したのですか?
「それは内緒よ」
「あなたって私には優しくないです」
「お互い様でしょう。あなた出会った時からずっと私のこと警戒してるんですもの」
クスクスとミューズさんが笑う
「ここまできてもあなたはずっと警戒を解かない。私がそんなに信用できない?」
「いいえ、信用してますよ」
セスタは私の髪にそっと唇を落とす
「あなたが姉さまに少しでも変なことをしたら、即座に斬り殺す程度にはあなたのことは信用しています」
「あらこわい。じゃあ姉妹が仲良くしているのを邪魔しちゃ駄目ね」
またミューズさんはクスクスと堪えきれずに小さく声を漏らす
本当にお姉ちゃん子すぎますよセスタ……、あなたが私にずっとくっついていたのは、ひょっとして私を守っていたからなのですか?母親だけではなく、妹からもすごく想われているようで、今の私は嬉しいというより、それを重く感じてしまいますよ……
その間にも馬車は進む。やがて大きく抉り取られた城壁を横目に、原型を留めていない城門をくぐる。ミューズさんはそこで馬車を停めました。停車を知ってモンモランシーさんは横を向き、セスタはようやく私の髪から手を放す
「ここからはシエスタ一人で行ってちょうだい。しばらく行くと廃墟の中に小さなテントがあるわ。星の魔女はそこにいる」
馬車から数歩歩いたあと、ミューズさんに尋ねます
「一緒には行かないのですか?」
御者台に座ったままのミューズさんは珍しく顔を歪めて……
「今の状態の星の魔女に他人が近付くのはただの自殺行動」
と言いました。だけどですねミューズさん……
「シエスタアアアアアアァァァァぁぁぁあああああああ!」
奥から聞こえてきた幼い声にどうしようもない懐かしさと狂おしいほどの愛しさを感じながら思います
向こうからきた場合はどうするのですか?……と
一言だけどシエスタサイドで登場のギンガ
セスタがシエスタさんにずっとべたべたくっついてた理由は素性の知れないミューズさんを警戒してのことでした