黒髪の少年兵に促されて執務室に入ると、トリステイン女王アンリエッタ様が直々に出迎えてくださいました。美姫と評判には嘘偽りなく、花が咲き誇るような邪気のない笑顔が私たちを出迎えます。背後にいるマザリーニ枢機卿は目を固く瞑り不安そうに首を振っているのですけどね……
「シエスタ様、わたくしはあなたさまに、まず最大の感謝をさせていただきます」
「もったいないお言葉です」
社交辞令は結構ですから早く報酬を下さい……、そう言いたいのを我慢して床に膝をつきます
「シエスタ様の働きがなければトリステインが未曾有の危機を迎えていたのは戦争に疎いわたくしでも分かります。トリステインに生きる全ての者たちを代表してお礼を申し上げます」
本当に心から感謝している『ような』顔で、アンリエッタ様は私の手を取り続けます
「本当に感謝しています。シエスタ様はまさに『トリステインの英雄』でいらっしゃいますわ。シエスタ様が『トリステインに居を構えている』のはこの国の誉れです」
そうきましたか。ご自分で考えられたのか誰かに入れ知恵されたのか存じませんが、どうやら私を囲うつもりのようです
「本当にシエスタ様が生きていてよかった。あなたを失うのはトリステインにとって大きな痛手となります……」
アンリエッタ様の笑顔が少しだけ崩れる。どうやら今の言葉は台本にはない本心だったようです。まあ私が生きてなかったら母さまがトリステインで暴れる予定だったそうですからね
「本当にありがとうございました。シエスタ様がいなかったらトリステインは」
アンリエッタ様は両手で顔を覆う。再び現れたアンリエッタ様の両目は涙で潤み、その美貌と合わさって庇護欲をそそるには十分だったでしょう。相手がよほどの能無しであれば……
まさかこんな演技で私がアンリエッタ様に靡くと思っていたのでしょうか。これならモンモランシーを人質にして要求を突きつける方がまだましです。アンリエッタ様の背後で居たたまれない顔をしている枢機卿が哀れでなりません
「そんな祖国を救ってくれた英雄にささやかながら感謝の気持ちを用意させていただきました」
感謝なんていりません。私は七万の敵を止め、トリステインは報酬を用意しておく。それだけの契約だったはずです
「どうぞお受けください」
膝をついたまま受け取る
数枚の羊皮紙でした。左上にはトリステインお受けの花押が施されています。正式な手段で手に入れた公式書類。そこに書いてあった。タルブの森を星の魔女ギンガとその娘シエスタに永久に明け渡すと……トリステインには属するものの王家の命令にすら拒否権を有すると……トリステインが重大な危機に瀕した時のみ助力することを条件にタルブの森を引き渡すと……そう書いてあった
「シ、シエスタさん!?」
横からモンモランシーの声がする。そちらを振り向こうとして視界を横切った水滴にようやく気付いた。はは……なんでしょうかこれは……、私泣いてるではないですか。アンリエッタ様の前だというのに、弟子のモンモランシーが見ているというのに、こんな情けなくみっともなくぼろぼろと涙を流してどうしたのですか私。あ、駄目です。立ち上がり、去ろうとして失敗した。足から力が抜け、隣にいたモンモランシーにしがみつく
「え……ちょっと、シエスタさん?」
モンモランシーに何か言おうとして、だけど何も口から出てこなくて、ただしがみついて泣いていた。モンモランシーはしばらく慌てていましたが、やがて『しょうがないなぁ……』と苦笑して頭を撫でてきます
「まったく、わたしはギンガさんじゃないのよ……」
だけど突き放すことなく、私が泣き止んで正気を取り戻すまでモンモランシーは優しくいたわるように抱きしめていてくれたのでした
次話にて原作主人公レギュラー復活