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叢雲と合流したあきつ丸は事の次第を話す。
「艤装を持ち出したのは時雨の仕業ってことで間違いないの?」
「ほかに犯人なんていないでしょう。それと余談ですが時雨殿はあまり提督の事を良く思っていないと思うであります」
「どうして?」
「時雨殿は研究機関に大金で売られてしまったんでありますよ。提督殿も沈めてしまった仲間たちへの感情や辞任するときのネガティブになった精神に付け込まれたんでしょうな。「無職になった後の生活を支えてやる」とでも言われたのでありましょう」
その前提督も決して不真面目な提督ではなかった。しかし、時雨率いる艦隊を沈めてしまい自分の立場も失墜するところに声を掛けられたのだ。
「その司令官はどうなったの?」
「自殺しましたね。恐らく自分のやってしまった事に対して耐えきれなかったのでしょうな」
「……そう。しかし、まさかそんな手口で艦娘を攫っていくなんて……って、司令官は? 司令官の事を快く思ってないんだとしたらあいつを独りにしたら危ないんじゃないの?」
「あっ、まずいでありますな」
「お疲れ様、提督」
もう見慣れてしまったこの部屋にいるのはやはり白露だった。
こいつがここにいるということは俺はまた死んだか気を失ったんじゃ
「……分かってるよ、ごめんね色々と教えてあげられなくって。あんな事突然話したからってなかなか受け入れてもらえることじゃないからね。まさかこんなに早く事が進むなんて思わなかったよ」
「言い訳がましいかもしれないけれど」と申し訳なさそうな顔をする。
とりあえず時雨の事について話してほしいんだけど。というかちょっと今までよりも話の内容が重いんだけど、白露さん?
「時雨は……研究室で何されてたんだ?」
「まあ、艦娘の兵器開発だね。今回作ってたのは兵器というより回復アイテムって感じだけど」
回復アイテム? 艦娘の?
「なんでも艦娘の傷が瞬時に治るんだってすごいね。まあ、前の世界じゃあ高速修復材って言われてたけど。まあ、この世界ではまた好きなように呼ぶんじゃないの?」
高速修復材……そんなもん出来たらすごいことになるんじゃないか?
「まあ、そうだね。ある意味革命かもね。艦娘を物凄い速さで戦場に出せるんだから」
う-ん、で俺はその時雨に……刺されたよな?
じゃあ、俺はどうなってるんだ? 時雨にでかいネジで胸を貫かれて……また死んだのか?
「あいつ俺に何をしたんだ? 殺したの?」
殺されたら殺されたで別にいい、前も同じことあったし。
「そんなわけないじゃない。私の妹にそんな娘はいないよ。もしそんなことをする子なら私がメッ! てしてるよ」
つまり躾けをするということか? 笑顔で言うな笑顔で。
「あれは一種のスキルみたいなものだよ。艦娘の力を失った時雨が代わりに自分で生み出した力だよ。あれを食らった人は時雨と同じで何もかもを失うけれども幸せに満たされている状態になる。満たされているからそれ以上何を得ようとも思わない。駆逐艦であることが出来なくなって今度は幸運艦として自分のそんな幸せを周りに運ぶんだよ。いや、押し付けるといってもいいかもね」
私がいなかったら今頃提督は幸せしか感じない廃人になってたかもねとドヤる白露。そもそもこうなったのお前のせいなんじゃないの?
「まあ、時雨にはもう一つ私からスキルを送ったけれどもうまく使ってくれるといいな」
ん? 今なんか不穏ことを言ったような?
「そして時雨に私の一京2858兆0519億6763万3865個あるスキルのうちの一つを時雨にプレゼントしたの」
「お前そんなに持ってたのか……」
時雨は確かに白露は何でも出来るって言ってたけれど、これやべぇな。
「フフッ、提督をゆりかごから宇宙の墓場までのイッチバンの白露だからね!」
いや、そんな会社のキャッチコピーみたいに言われてもな……
「それで? そのスキルって何なんだ?」
「現実をなかったことにするスキル。これがあればこの世のあらゆる事象から思想までなかったことにできるっていうものだよ。これで時雨の艤装を直して時雨自身も艦娘の力を取り戻せるんだよ。これで万事解決、流石白露ってことだね」
ふーん、あれ? でもあの感じだと艦娘の力を取り戻しているように見えなかったぞ?
「うーん、あくまで時雨は失ったままで君を幸せにしたいみたいだね」
目を覚ますとそこは俺と時雨が初めて出会った医務室だった。
慌てて胸を確認する。そこには刺されたネジも何もない。
「僕の幸せを受け入れてくれなかったんだね、提督。いや、もしかして白露の仕業かな」
「すまねぇな、人の考えをそのまま受け入れるような奴じゃないからな。しかも、お前のちっぽけな幸せじゃ、俺は満足しないからな」
すると時雨はにこりと笑うと俺の顔に自分の顔を近づけてきた。
「うん、やっぱりそうだよね。僕みたいな最底辺の幸せを受け入れてくれる人がいるなんて始めから思ってないよ。人は不幸に感じることでそれを乗り越えることを正義の様に思うし、みんなそうなりたいんだ」
「いや、そういうことが言いたいんじゃなくてな」
「いいんだよ、君がそういうと思ってもう別の方法を用意してある」
おいおいおい今度は何をするつもりだよ?
「まず、君があきつ丸や青葉に僕の事を広めてくれたおかげで賄賂をもらってた連中は皆左遷か辞職になった。そのおかげで空いたポストを埋めるため役所は繰り上がりになる、うまくやれば君は初めからそれなりのポストに付けるはずさ」
ん? 何? そんなことになってるの? ……俺が二階級特進? まあ、俺二回くらい死んでる気がするからな。
「そして……はいこれ、あげるね」
時雨はポケットから何かを出すと俺の手に握らせた。俺に渡されたのはUSBメモリだった。
「何だこれ?」
「それは艦娘といろんな化学薬品と素材の相性なんかを調べたデータさ。その中には艦娘の傷を一瞬で癒すものまでデータとして入ってる。他の鎮守府……それどころか今海軍が喉から手が出るほど欲しがってるものさ。これを君が使えば君の艦隊の戦果は他とは比べ物にならないくらい上がるよ」
……それってお前が実験台になった奴じゃないよな? いや、まさかね。
「それは僕が実験台になって完成したんだ」
……俺にどうしろっていうんだ? 時雨はこのつもりで俺に近づいてきたのか……
初めから時雨は自分の幸せを押し付けて俺が幸せになれないことをわかっていたようだ。自分の身を犠牲にして時雨が考えうる最大の物を俺に幸せの代わりとして与えるつもりらしい。
時雨は俺にまたがりさらにお互いの息が掛かるくらい顔を近づける。
「これが
「ねぇ、提督? 君は今幸せかい? 幸せだよね? 幸せだと言ってよ」
時雨はすごくおびえている様子だった。恐らく時雨は心配なんだろう、俺がこれで幸せになってくれるかどうかが心配なんだろう。
「あー、うん。すごく幸せだな。うん」
「そう、幸せなんだ……。嬉しいなぁ、フフフ」
時雨は頬を赤くしてから場をビクンッと震わせる。今もしかして……イッた?
何? もう性癖のレベルなの? 白露さんもう俺諦めていいかな?
時雨は俺から降りると、自分の艤装からネジを取り出した。
「フフフ……ふぅ。さて、僕にできるのはここまでかな。これで僕が君を幸せにするプランが完成する」
「おい、何をするつもりだよ」
時雨は、手のひらの上でネジを転がしながら椅子に座った。
「僕が存在しなかったことにする」
「お前それ白露からもらった……」
現実をなかったことにするスキル、白露はそれで艦娘の力を取り戻させるつもりであげたらしいが……
「それも聞いていたんだね。はぁ、ホントに皮肉が効いてるよね。すべてを失った僕に更に失わせる力をくれるなんて……」
やべぇ、白露の意図を完全に勘違いしてるんじゃないかコレ。
「でもね、失うことは決して不幸なだけとも限らないんだよ。幸せになるってことは、自分かもしくは他の誰かがその分の不幸を請け負ってるってことなんだ。それは失うことを望んでいたり、望んでなかったり、知っていたり、いつの間にか失ってたりすることもあるけれど。そして、その二つは決して引いても0にはならないんだ。たいていの場合不幸の方が大きい数字になるんだよ」
「今の僕ならロミオとジュリエットの物語をハッピーエンドにできる。でも、そのためには彼らは多くの物を失わないといけないんだ。失うことを受け入れた人だけが真の幸せを得られるということだよ」
「僕の幸せは、僕自身の消失で完成するんだ。僕がいなくなればこの一連の騒動でのことを実証できる証拠はなくなる。君がそのデータを誰からどうやって入手したのかもわからなくなる。君が昇進して、艦娘を高速で修復し戦場に出すことが出来る薬を手に入れたという結果だけが残るんだ」
「それに僕の体細胞は別の機関に送られた。そのうち僕の複製でも作るんじゃないかな? 僕みたいなのがいたらその子のマイナスイメージにしかならないからね」
とことん、白露の意図とは外れた解釈をするなぁ。まあ、何をしろとは言わなかった白露にも責任ある気はするが……あれ? これもしかして、時雨の事を白露から丸投げにされてるだけじゃね?
そして時雨は、自分の手の上で弄んでいたネジを大きくさせる。
「それじゃあね。僕を幸せにしてくれて、ありがとう提督」
そして、時雨は自分で自分の腹にネジを刺した。