電話をかけてきた少女はやはり時雨ではなかったようだ。俺でなきゃ見逃しちゃうね。
普通、こんな状況で時雨の電話番号から知らないやつがかけてきたらもっと緊迫した場面になるものじゃないだろうか?
「結構声マネ自信あったんだけどなぁ」
「いや、そういう問題じゃないだろ」
どうやら本気で落ち込んでるようだ。
「ねぇ、なんで時雨ちゃんじゃないってわかったの? 差し支えなければ聞いていい?」
やれやれ、この子は時雨の事を全然分かっていない。
「時雨はそんなに色気は無い」
声の主は確かに時雨に似ていたのだが、というかほぼ同じだったのだがなんというか……色気がありすぎる気がする。
いや、決して時雨に色気がないわけではない。しかし、いつも時雨の声を……というかさっき時雨の本物の声を聴いた俺からすれば直ぐにわかるというものだ。
この電話の少女は恐らく、寝ている俺を無理やり犯したりするやつじゃない。
なんというか、少し大人の余裕がある感じがするのだ。
それが、言葉の節々に出ていたからどうにも違和感があったのだ。
「それって、私が魅力的ってこと? 早々に艦娘を喜ばせるのが上手ね。でも、女の子に色気がないなんて言っちゃダメよ。特に時雨ちゃんああ見えてそういうのすごく敏感なんだからすぐに自殺……じゃなくて自失しちゃうわよ。この世から自分がいた痕跡がすべて消えるなんて怖いわよね」
お前艦娘かよ。まあ、当然かここに侵入できてるわけだし……
「私は白露から言われて提督に迷惑かけないように時雨ちゃんを逃がそうとしたの。本当は時雨ちゃんが待ち合わせ場所まで来る予定だったのだけれどなかなか来ないからこちらから迎えに来たら時雨ちゃんがいないのよ。そこでたまたま落ちてた時雨ちゃんのスマホで最後にかけてた相手にかけたらこれまた偶然あなたにかかったわけね」
嘘をつくなよ。どう考えても俺にかけるつもりでかけてただろ?
「白露や時雨ちゃんから聞いていないと思うけれど私は白露型の三番艦のなんでも知ってるお姉さんの村雨よ。話せてうれしいわ、提督」
ふむ、また白露型か……
まあいいよ。白露型は突拍子もないところから現れることはよく知っている。そもそもこの士官学校に一人も白露型は在籍していないのだ。
つまり、俺の目の前に現れる白露型は訳アリの上にもし時雨の部屋にいるのなら侵入者ということになる。
それならそれで俺の下に妹をよこすなら一言連絡くれてもいいんじゃないんですかね、白露さん?
「まあまあ、いいじゃない。少し予定が早まっただけよ。というか狂ったというべきかしら? あなたと接触するつもりはなかったのよ」
いや、しばらく白露型は御免だ。というかお前の姉のせいでこっちは散々振り回されたんだが? それも現在進行形で。
「いや、あのさ。まだ心の準備が出来てなかったから……」
「あらいいのよ、心の準備なんてしなくても私を受け入れてくれるのならすぐにゴールよ」
ゴールってなんだ!? もしかして絶望のか? 絶望がお前のゴールってか?
「うふふ、白露の言った通り面白い人ね。本当なら今すぐにでも会いたいんだけど今行けば普通に私、侵入者だからあまりよろしくないの。だから、電話越しで失礼したって事よ。安心して、私は誰かさんとは違って自分のエゴのために提督を巻き込んだりするような艦娘じゃないわ」
「……もしかして時雨の事怒ってる?」
「いえいえ、そんなまさか。提督のそばで提督を支えるための存在であるはずの艦娘が提督に迷惑をかけて、その上「史上最低の幸せ」をプレゼントするような艦娘が自分の姉であるなんてことをまさかまさか、怒ってるわけないじゃない」
うん、これ以上の詮索はやめたほうがいいだろう。
「実をいうと最上さん達に感づかれる前から時雨ちゃんはしばらく私たち白露型で保護するつもりだったのよ。最上さんが時雨ちゃんのことを嗅ぎまわってることは知っていたから場所を確保したらすぐにでもここを移動するつもりだったのよ」
ということは、俺は心配しなくても時雨は白露型のほうで逃がそうとしてくれていたということか。
「それで? 時雨がいなかったのか?」
「そうなのよねぇ。しかも、このスマホ血だらけだし、壁には戦った跡があるし、大淀さんに貸してもらってる部屋なのにもっときれいに使ってほしいわよね」
「ふーん……て、それ手遅れじゃねーか!!」
時雨攫われてるじゃん。完全に最上の仕業じゃん、もうバレてるじゃん!
「やっぱり、そう思います? しょうがないわね、新しい時雨を用意するしかないかぁ。ねぇ、ケモ耳のある時雨ちゃんなんてどう?」
おい、早々にあきらめて替え玉用意しようとしてんじゃないよ。発想が怖いだろ。
「うふふ、冗談よ。たった二人の私の姉だもの、大切にしなきゃ」
まあ、ほかにも言いたいことはあるけどそれは置いとくとして、俺に秘密で事件を解決しようとしていた白露型が俺に連絡を取ってきたということは俺に何か頼みがあるということだろう。
「それで? 時雨を助け出してほしいのか?」
「まあまあ、話を聞いてくださいな。時雨ちゃんは無事よ、ピンピンしてるもの。でも、問題なのは最上さんの目的なのよね……ハァ」
村雨は大きなため息ついた。まあ、村雨からすれば時雨を逃がすために準備してたのにパァになったわけだからしょうがないのか?
「というか、お前は最上の目的を知っているのか?」
「ええ、私たちはそれを阻止するために時雨ちゃんを早めに逃がそうとしたんだもの。提督は最上さんに時雨ちゃんの命が狙われていると思っていたみたいだけど実はそうじゃないのよ。最上さんの本当の目的は時雨ちゃんの艦娘の力を失う代わりに手に入れた力よ。あなたも経験したでしょ?」
ああ、あの螺子みたいなのを胸に刺されたときか……。確かあの時は白露が守ってくれていたから事なきを得た感じだったが……
「あれを刺されれば例外なく今の時雨ちゃんと同じになってしまう。すべてを失ってしまうのよ、その代わり心は幸福で満たされる。貴方と出会った頃の時雨ちゃんはあなたを幸せにするためならこの世界のどんなものを失っても構わないというスタンスだったけれど少し変化があったみたい、でもやっぱりその効力は健在だから野放しにしておくには危険なのよね」
前々から思ってたがなんでそんなやつを最初によこしたんだ。もう少し優しめのやつからよこしてもよかったんじゃないか? そのせいでみんなで大騒ぎしたんだぞ。
えーと、つまり最上は時雨を攫ってその力を使わせることが目的って事?
「いえいえ、あくまでお願い。正式な依頼としてお願いしに来たのよ。戦闘の跡があるけれど、多分時雨ちゃんが話も聞かずにおっぱじめたのね。最上さんはあくまで個人的にその力を必要としたの。それに時雨ちゃんはその提案を必ず受ける。最上さんはそこまで考えて接触したみたいね」
それで結局のところ最上は何のために時雨と接触したんだよ? 時雨の力を何の目的で使おうとしてるんだ? 遠回しに言わずに結論から言ってほしいものだ。
「時雨ちゃんの力はあくまで幸せを運ぶ力なの。つまるところ最上さんには幸せにしてあげたい人がいたんじゃないの? 例えその人がすべてを失うとしても幸せにしてあげたい人がいたんじゃないの?」
……俺には心当たりが一つしかなかった。
「普通そこまでダメージを受ければ艦娘でももう死んでるはずなんだけど……ふむ、どうやら君はお化けでもゾンビでもないみたいだね。君はまごうことなくあの時の幸運艦時雨だね」
「いやいや、ここまでやった後でその判断は遅くないかい? まあ、実のところ僕もよくわからないんだ。僕は昔から死神にも天からの使いにも嫌われてるみたいだったからね」
最上は床に胡坐をかいている。もう勝ったつもりでいるのかと思ったがセーラー服の中から明らかにキュロットの丈より長い刀ををとり左手に持っている。警戒態勢ではあるみたいだね。
「光栄だよ。あの一騎当千といわれた幸運艦時雨とこうしてまた出会うことが出来たんだからね。僕も艦娘だから、君の伝説の背中を追う存在になったのさ。そして、今の僕はお上の命令で僕っ娘キャラの君を始末しに来たわけだ。僕っ娘キャラはこの世に二人もいらない。君には消えてもらうよ」
なんてこった、僕っ娘キャラのキャラ被りを気にして僕を消しに来たってのは予想外だったな。
最上は地面に倒れた僕にそんなことをのたまう。いや、のたまうなんて初めて使ったんだけどね。
しかしまあ、どうしようか……提督と僕がつながってることはバレてるみたいだし何とか提督だけは助けないといけない。
最悪の場合、当初の予定通り僕が存在しなかった事にすればいいんだけどね。
「……まあ、冗談はさておき。本題に入ろうか? 君が軍の関係者ってことは僕を始末しに来たのかい?」
「もしそうだと言ったら?」
「大人しく始末されるよ。僕を最後まで艦娘として扱ってくれた提督に迷惑をかけるわけにはいかないからね」
まあ、嘘だけどね。僕が大人しくやられるわけないじゃないか。例え負け戦でも相手も一緒に負かすのが僕なんだよ。
「まあ、始末しに来たのは冗談だよ、君の協力を得たいだけさ。昔の上司たちは君のせいで皆閑職に追いやられてたけれど、それに対してどうこう思う僕じゃないさ。そもそも君が僕の話も聞かずにそのでかいネジを僕に投げ飛ばしたのがいけないんじゃないか」
「僕は悪くない」
最上は僕に刺さった、ナイフや矢を引き抜きながら話す。助けるつもりなら少しくらい手心を加えてくれてもいいんじゃないかな? 結構痛いんだよ? もう体は死んでいるけれど痛いものは痛いんだ。
「全く……君を探すのにどれだけ苦労したと思ってるんだい? 君を連れて行ったっていう研究所をやっと突き止めたと思ったらもぬけの殻だし、かと思ったら今度は突然出てきた時雨の轟沈書類が原因で軍の元上司たちがお縄になるし……。少しくらい何があったのか話してほしいな」
「……なんてことはないよ。あのほとんどの艦が沈んでしまった戦いの中で生き残った側になったってだけだよ」
「そんなことを聞いているんじゃないよ。どうやって生き残ったのかを聞いているんだ」
……それはわからない。本当に何で生き残ってしまったのかわからない。
でも少なくともその時僕自身は幸せではなかった。
「ふーん、伝説の幸運艦の名は伊達じゃないわけだ」
「ううん、たまたまだよ」
「それを幸運というんじゃないのかい」
それは違う、幸運はいつだって何かの犠牲のもとになりたっている。でも、僕にはあのとき何を犠牲にこんな現象が起こったのか僕にはわからない。
少なくとも僕は確かにあの時沈んだ。真夜中の燃える海で遠ざかっていく水面を見ていたことを覚えている。でもその記憶があるのに次に目を覚ました時には破壊された艤装と一緒に海岸に打ち上げられていた。
「……失望したかい?」
「何が?」
「僕の事調べたんだよね? だったら僕の中には何も残ってないことくらい知ってるんでしょ?」
あの時の僕の事をみんながどれだけ囃し立てていたのかはわからないけれど、あの時の僕はもういない。
今の僕はただ失うことしか出来ないただの死にきれなかったバグみたいな存在だ。僕に何かしてあげられることがあるとは思えないな。
「ああ、調べたよ。君が艦娘の力を失ったこともその力の代わりに手に入れた力の事も知っている。でも、そんなのどうでもいいよ。問題なのは君がどんな状態でも「幸せ」を引き寄せるっていう君の特性が本物だってことだよ。それは君がここにいるということがすでに証明している」
最上は僕の矢やナイフを抜き終わると僕の前で膝をついた。
「どうか僕に力を貸してもらえないかい? 君の幸せを分けてほしい奴がいるんだ」
「……相談する相手を間違えてるんじゃないかな? 僕は失うことしか出来ないんだよ?」
まさか僕に誰かを幸せにするように頼まれるなんて思わなかった。僕には普通の人が欲しがる幸せなんて分けてあげられないんだけれど……
「それでいいさ。僕がやってほしいことは扶桑たちの艦娘の力を失わせること。それで、彼女たちは戦場に出なくて済む」
……本当に僕の事調べたんだね。ほとんど誰にも言ったことないんだけど。
「艦娘はなりたくてなるものじゃない。運命がそうさせたんだ、逃げる事なんてできない。でも君は艦娘の運命に抗ってその上逃げることが出来た。君なら死に場所を求めてるあの二人を解放してあげられると思ったんだ」
「だから、そうなる前に彼女たちの力をなかったことにしたいっていうのかい?」
「うん、今までたくさん手を汚してきた僕だけど死んでほしくないやつだっているってことさ」
最上は静かにうなずく。ふーん、友達思いなんだね。僕には、どんなに強くたって活躍したってそんな風に思ってくれる奴なんていなかった。……まあいいさ。
「僕はこれでも追われる身で結構動くのも危険なんだ。そんな僕を使うってことはそれ相応の事をしてもらわないといけないんだけど?」
「うん、そうだよね。そういうと思った。だからこちらもそっちにとって良い事をしてあげようと思うんだ。交換条件ってやつさ」
フーン交換条件ね、悪いけれど僕にその手は利かないよ。僕にとって価値のあるものは提督の安全と幸せだけだからね。君が何を僕にくれるかは知らないけれど初めから交渉の余地はないというわけだね、残念だったね。
「実は僕は君の提督の卒業演習の相手の提督の所に所属しようと思っているんだ。つまり僕もそれに出るというわけだね」
「……」
「その演習で負けてあげる」